#3:第6日 (2) ダッシュ&奪取
「現時点から24時間以内に、ゲートを通ってステージを退出してください。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言してください」
「待て、ゲートの位置をもう一度だ。ゴッドストウ・ロック・コテージと言ったか? ゴッドストウ・ロックってのは何だ?」
「固有名詞です。これ以上の説明はありません」
まるで、それを知っているのが当然であるような言い方だった。
「地名か? ゴッドストウ修道院遺跡ってのがあったが、その近くにあるのか?」
「お答えできません」
「なんだそりゃあ……まさか、ゲートを探すのもこのステージの仕様か?」
「そう考えていただいて結構です。獲得の確認のための規定の時間が経過しました。ステージを再開します」
「
いやだ、動く。前へ行くと見せかけて下がる。警備員が踏み込んできた。そこで左へ動く。警備員も付いてくる。飛びかかってきた瞬間、素早く右へスピンでかわす。警備員がバランスを崩す。慌ててこちらへ手を伸ばしてきたところで、その手をつかんで引く。警備員がつんのめって転倒する。フットボールなら
「
だから、動くって。さっき倒した警備員が後ろから追ってくるだろうから、いつまでもお見合いしているわけにはいかない。右手側、上への階段は奥。手前は下への階段だ。強行突破で階段を降りるふりをして、右へ行く。警備員が進路を塞ごうとする。そこで左へカットする。警備員が階段で足を踏み外してあっと叫ぶ。革靴がリノリウムの床で滑ったのだろう。その隙に左脇をすり抜けて、階段を二段飛ばしで駆け上がる。もう一人いたらかわせないところだった。二人でよかった。
レストランへ駆け込んでキッチンを通り抜け、ガラス扉を押し開けて
「ごはっ!」
頭の中に閃光が走った。情けないうめき声をあげながら、床の上に倒れ込んだ。首の後ろに強烈な当て身を喰らわされたようだ。ターゲットを獲得した以上、どこかで
意識が飛ぶことはなかったが、あまりの激痛に身動きすることもできない。フットボールでプロテクター越しに喰らうタックルとは違って、急所にピンポイントだから痛さは比べものにならない。オレンジ・ボウルでミシガン大学のDTビル・ジョンソンのサックを喰らった時よりもひどい。もっとも、相手に必要以上の乱暴を働くことはルール違反だから、これでも手加減してくれたのだろう。まさに絶妙な力加減……ということになるのか?
いや、そんなことを感心してる場合じゃない。が、身体が動かないからどうすることもできない。そして俺に乱暴行為を働いた奴は、俺が左手に握っていたゴッドストウ・キーを奪い取ろうとする。できる限り左手に力を込めようとしたが、今度は左手首に激痛が走った。
「あおうっ!」
またしても情けない声をあげてしまう。そして反射的に左手の力が抜けた。どうやら手首を思いっきり踏んづけられたようだ。これがフットボールならレイト・ヒットだぜ。15ヤード罰退だ。だが、為す術もなくゴッドストウ・キーが奪われたことだけが判った。ボール・デッド後のファンブルをリカヴァーするんじゃねえって!
そして足音が階段を降りていく。もう1分ほどすると、ようやく身体が動くようになってきた。身を起こすと、窓を叩く音が聞こえてきた。警備員がようやく追いついてきたのだ。だが、窓は閉まっていた。気が付かなかったが、どうやらさっきの襲撃者が閉めてくれたらしい。俺が捕まらないようにしてくれた、というよりは、自分が追いかけられるのを避けようとしたんだろうな。
手近にあった椅子を支えにして立ち上がり、靴の上に被せてあった靴下を脱ぎ捨て、窓を叩き続ける警備員を横目に見ながら、階段を降りる。まだ頭がくらくらする。さっきの襲撃者がフットボール
さて、ターゲットは奪われたが、取り返すためにもゲートへ向かわなければならない。だが、ゴッドストウ・ロックとは何だ? ゴッドストウの
何が何だか判らないが、とりあえずゴッドストウの集落へ向かった方がよさそうだ。
図書館の裏手のピュージー
北へ向かって走り出し、セント・ジョン
そもそも、ゲートがこちらの方向で合っているかどうかの自信もない。俺を襲った
ウルヴァーコート・ラウンドアバウトにようやく到着した。ここで左へ折れて、ゴッドストウ
「ヘイ、
自転車を停め、タクシーの窓をノックして運転手に話しかけた。40歳くらいの、正直そうな男だ。驚いたような顔で俺のことを見ながらも、窓を少し開けてくれた。自転車に乗っている人間が、タクシーに何の用だと思っているのに違いない。
「もしかして、ザ・ランドルフからここまで客を乗せてきたんじゃないか?」
「ああ、そうだよ」
やっぱりそうか! ホテルなら、真夜中だってタクシーを呼んでもらえるのは当たり前じゃないか。しかもザ・ランドルフなら博物館の目の前だし、
「どうしてこんなところに停まってるんだ?」
言いながらジーンズのポケットから財布を取り出し、中の紙幣を1枚取り出して運転手に渡した。情報を聞き出すためのチップのつもりだったが、50ポンド紙幣だったのにはびっくりした。運転手も驚いている。10ポンドくらいで充分だろうと思っていたのだが、今さら引っ込めるわけにもいかない。まあ、俺の金じゃないからどうだっていいが。
「俺もよく解らんのだが、ここまで来たら急にエンジンがストールしてよ。何度エンジンをかけ直しても動かなくなっちまったんで、客を降ろして
なるほど、これで昼間の疑問が一つだけ解けた。
「客はどうしたんだ?」
「仕方ないからここから歩くって言って、行っちまったよ。雨ん中を傘差してな」
「どこへ? どこまで乗せる予定だった?」
「トラウト・インだ。急いでくれって言われたが、俺はどんな時でも制限速度を守ることにしてるから急がなかったがね。まあ、どうせトラウト・インなら近いから倍のスピードを出したって時間はたいして違わないしよ」
トラウト・インか。どうやらゲートがあの辺りにあるだろうという俺の勘は当たっていたようだ。ま、ゴッドストウという名前からして誰でも考えつくことだがな。
「あともう一つ。客はとんでもない美女だったんじゃないか?」
「ああ、そうそう。大きな帽子を被っていてよく見えなかったが、ありゃあ飛び抜けて美しかったね。ケイト・ウィンスレットよりもっと綺麗だった」
ケイト・ウィンスレットはよく判らないが、乗せてきた客は誰だか判った。やっぱりアンナだったか!
「ありがとう。ところで、そろそろエンジンがかかるんじゃないか?」
怪訝な顔をする運転手を尻目に、再び自転車で走り出した。後ろで車のエンジン音が聞こえ、ライトで後ろから照らされるのが判った。やっぱりさっき考えたとおりだったようだな。アンナが下りたら、車が動けるようになるということだ。
さて、これからアンナに追いつかなければならない。タクシーの運転手は10分ほど前にここに着いたというようなことを言っていたが、俺が色々と質問をしている間に経った時間も入れると、アンナは今から15分ほど前に歩いて行ったと考えられる。トラウト・インまではここから1マイルと少しだったはずだから、この自転車だと7、8分、いや暗くて道が狭いから10分くらいかかるかもしれない。対してアンナは徒歩だから25分ほどだろうか。15分の時間差を詰められるかどうかは微妙なところだ。とにかく、急ぐしかない。
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