ステージ#3:第2日

#3:第2日 (1) 大学街の朝の風景

  第2日-2010年6月19日(土)


 6時に目が覚めた。7時間くらいは寝たのかな。前夜はパブから帰ってきたのが10時くらいで、そこからシャワーを浴びて、本屋で買ってきた資料を眺めていたのだが、酔いが回っていたせいか30分くらいで眠くなったのでそのまま寝てしまった。やはり歴史の研究というのは俺に向いていない。寝起きのシャワーを浴びて頭をはっきりさせ、着替えてから中庭に降りた。

 土曜日の朝で、まだ誰も起きてくる様子はない。芝生が朝露に濡れて、朝日に輝いている。鳥の啼き声だけが聞こえる静けさだ。時間があるので、カレッジの北東にあるオックスフォード大学公園パークスに行ってみる。公園パークスといっても、サッカーなどのグラウンドが並んでいるところだ。南西の角の所に門があったが、まだ開いていなかった。パークス通りロードを北へ300ヤードほど歩くと詰所があったが、やはり開いていない。入り口の柵越しに、利用案内を記した園内の看板が見えていて、開園は7時から、とある。せっかく来たんだし、申し訳ないが勝手に入らせてもらおう。よくあるピンタンブラー錠だから、こんなものはあっという間だ。門を開け、また錠を下ろしておく。

 公園パークスの中の小道を歩く。ノース・ウォークという名前がついている。右手にはラグビーとサッカーのグラウンドがある。その他にもよく判らないスポーツのグラウンドがあるようだが、とにかくかなりの広さだ。600ヤードほど行くと、川に出た。細い川なので、特段の景色ではない。周りはほとんど大学の敷地で、緑地の中に林がぽつんぽつんとあるだけで、田舎の農地の眺めというわけでもなく、不思議な感じだ。

 身体がなまっているので、少しストレッチや柔軟体操カリステニクスをしてから、今度は南へ歩く。川に橋が架かっていたが、門があって錠が下りていて、渡ることができない。錠を開けようと思えば開けられるだろうが、特に目的はないので引き返す。さらに川沿いに南へ歩き、小道を曲がったりして、うろうろしている間に門にたどり着いた。最初に入ったところとは別の門だ。たぶん、公園の東南辺りだろう。これも勝手に錠を開けて外へ出る。西へ歩いて寮に戻った。

 7時になったので、朝食へ行く。寮の隣の建物に入り、2階へ上がると大きなホールがあって、そこが朝食会場だ。天井が高いが、薄暗くて、長いテーブルの上に二灯式の照明がずらりと並んでいる。伝統的トラディショナルな、格調高い部屋が好きな人にはいいところだが、俺としてはもっと明るいところで朝食を摂りたい。奥の方の一角に食器とコーヒー・カップ、ポット、調味料などが並んでいるテーブルがあって、これが外来の宿泊者用の朝食席だ。ビュッフェ式で、自分で好きなものを取って食べるようになっているが、朝は食欲旺盛というわけではないのでベーグルを二つとコーンフレーク、それにフルーツだけにしておいた。コーヒーは飲まず、オレンジ・ジュースを飲む。食べるのに10分もかからなかったので、俺が帰る頃に他の宿泊客が何人かやって来た。いったん、部屋に戻る。

 目指すターゲットがアッシュモレアン博物館にあるのはほぼ確定なのだが、昨日の帰り際にトラブルがあったので、あれがあの後どうなったのかの確認を兼ねて、もう一度偵察に行きたい。だが、開館時間は10時なので、まだかなり時間がある。その間に歴史書を読むなりして調査をしておくべきなのだが、文字を読むのはうんざりしかけているので、地図を見ることにした。盗みをした後はゲートまで行かねばならないが、それがどこになっても道に迷わないで済むよう、この辺りの地理に慣れておく必要がある。なにしろ、今回は競争者コンテスタンツが俺の他に3人もいる。ターゲットを確保した後は奪われる心配が前回よりも増えるわけで、それを避けるには速やかにゲートに到達する必要がある。

 今いるキーブル大学カレッジからアッシュモレアン博物館までの道筋は、もちろん大学の西側のセント・ジャイルズ大通りブールバードに出て、それを南へ行くのが早い。距離にして4分の1マイルほど。位置的にはかなり便利なところに泊まれたと言える。まあ、これもこのステージの仕様なのかもしれないが。

 そして昨日の帰りは博物館から南に歩いてブロードストリートへ出て、そこから東へ行き、パークス通りロードを北へ行ったのだが、これだと先ほどの倍くらいの距離になる。しかし、店などが並んでいるのはブロードストリートなので、やはり帰り道にはこちらを通る方が便利だ。また、オックスフォードの著名な建物は、このブロードストリートよりも南に多くある。昨日もいくつか見てきたが、といっても外から見ただけのものがほとんどだが、ボドリアン図書館、ラドクリフ・カメラ、カーファックス塔、クライスト・チャーチ大聖堂、そしてオックスフォード城などだ。もちろん、俺が昨日放り出された場所であるクライスト・チャーチ・メドウもそうだ。

 前回の南フランスでは、ゲートはサン・トロペの街から南へ少し入った小集落の、聖アンナ教会だった。ターゲットであるマリアの王冠の宝石と関連があるなと思ったのだが、そうすると今回もターゲットであるアルフレッド・ジュエルと何らかの関係があるところがゲートになると考えてもいい。その肝心のアルフレッド大王についてまだ研究が済んでいないのだが、アルフレッド大王に関連があるか、あるいはその時代頃に建てられた歴史的建造物がゲートになるのでは、と思われる。

 例えば、オックスフォード城はどうだろうか。まあ、この城に限らず、時間がある限り一通り見て回ろうとは思っているが。うろうろしているうちに、ゲートだけでなくターゲットに関するヒント、特に“盗んでもいい理由”を発見するかもしれないからな。それに、そういう行動を取る必要があるのが、この世界の仕様だろうし。

 資料をまた少し斜め読みして――眠くなるので頻繁に休憩しながらだが――、9時半になったので出掛けることにした。外へ出ると、学生らしき若い男女の姿もちらほら見える。土曜日なのにご苦労なことだ。

 西へ少し歩いて予定どおりセント・ジャイルズ大通りブールバードへ。広い道路だが、横断歩道が少ない。だが、車通りも少ないので、南へ歩きながら適当なところで道を横断する。新聞スタンドが開いていたので、新聞を買ってまた歩く。昨日の博物館の事故について何か記事が出ているかもしれないので後で読む。こういうとき、英語圏のステージは助かる。前回のフランスでは、新聞から情報を得ることができなかったからな。開館にはまだ20分以上時間があるので、新聞を読みながら待てばちょうどいいだろう。

 数百ヤード歩くと、アッシュモレアン博物館の側面に出る。ここにも一応小さな出入り口があって、博物館の時間外に最上階のレストランへ出入りするのに使うのだが、今はまだ閉まっている。角を右へ曲がって博物館の正面に出られる。もちろんこちらの門も閉まっている。開館を待っている客もいなかった。

 さて、新聞記事のチェックだ。第1面にはそれらしい記事はなかった。アッシュモレアン(Ashmolean)とか博物館(Museum)とかいう単語を探しながらページをめくる。あった。買ったのはタブロイド新聞だが、こんな新聞にも出ているということはよほどの事件だったのだろう。“博物館の衝撃ミュージアム・ショック”とある。3階フォース・フロアで展示物を見ていた客に別の客が突然襲いかかり、それを制止しようとした係員と揉み合いになって、結果的に刃物でその係員を刺した、ということだ。犯人の男はスコットランド人スコッツマン。名前は載っていない。刺された係員は重傷を負ったが、命に別状はなしとのこと。

 こんな物騒なことが、ターゲットの最有力候補であるアルフレッド・ジュエルがある3階で発生するというのは、競争者コンテスタントの盗犯行為が原因なのか、それともシナリオどおりのことなのか。初日だから、さすがに競争者コンテスタントの犯行はないかなあ。ステージに来てから数時間ではしないだろう。だが、犯人の素性を調べることはできるだろうか。それはともかく、3階に限らず、事件があったことで博物館の警備が強化されたら、盗みに入りにくくなる。しかも、初日からこんな事件を起こさなくても。

「失礼ですが、そこのあなた」

 不意に後ろから声をかけられた。門にもたれかかって新聞を読んでいたので、博物館の警備員か係員が門を開けに来たのかと思った。そういえばもう少しで開館時間になるはずだ。

「おっと、失礼」

 振り返ると、警備員……いや待て。この服装は昨日、館内で見た警備員と違う。これは、警官の服装じゃないのか?

「博物館が開くのを待っているのですか?」

「ああ、そうだが」

「申し訳ありませんが、今日の午前中は臨時休館になります。開くのは午後からです」

 おいおい、これってこの前のステージと同じ展開じゃないか! 全く、単純なシナリオばっかり作りやがって。

「臨時休館……あんた、警官?」

「はい」

「昨日の夕方に事件があったのは知ってるけど、それと関係ある?」

「いや、昨日の事件とは別です。詳しくはまだお話しできません。申し訳ありませんが、午後から出直してきて下さい」

「……解った」

 大人しく引き下がることにした。前回は事件の後で聖堂に忍び込めたが、今回はおそらく無理だ。中には間違いなく多数の警官がいる。もちろん警備員もいる。とにかく、作戦の練り直しだ。寮は近いからいったん戻るという手もあるが、先に周辺の偵察を済ませるというやり方もある。さて、どうするか?

 立ち止まったまましばらく考える。警官は俺の方を見ながら門の内側にじっと立っている。俺が立ち去らないので、警官も動けないのだろう。まあ、そのうち別の観光客がやってくるはずなので、その応対をするつもりなのかもしれないが。

 とりあえずここを離れて、しばらく博物館を“見張る”ことにしようか。道の反対側に、ホテルがある。その1階のレストランで休憩しながら博物館の方を見ていれば、どんな事件が起こったかが判るかもしれない。いや、出入りする警官の人数くらいでもいい。交差点まで戻って、信号に従って道路を渡る。観光客の姿が多くなってきた。

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