#2:第3日 (4) 夕べの岬と少女・その2
今日の調査を終えて、岬まで戻ってきた。昨日とほとんど同じ時間、そして昨日と同じように、ジェシーに会うためだ。別に、彼女が俺を待っているということはないだろう。いつものようにそこにいるだろうが、何かしら話を聞きたがっているかもしれないという気がする。小道を行き、断崖のところまで来ると、やはりジェシーが座っていた。昨日とは違って、彼女は俺が来たことにすぐ気が付き、ゆっくりと立ち上がって俺の方を見た。俺が来ることを予想していて、気配を察知したのだろう。やっぱり神経が鋭いな。彼女の前に来るのはフットボールのゲームで先発するより緊張するよ。どっちも滅多にないことだからな。
「あの……」
ジェシーが小さい声で話しかけてくる。崖の下から響いてくる波の音に半分以上かき消されている。だが、まさか彼女の方から切り出してくるとは思わなかった。
「やあ、今日もいると思った」
「今朝、聖堂、泥棒が入ったって……」
挨拶抜きでいきなり本題に入られた。やはり気になるのか。
「ああ、そうらしい。よく知ってるな」
「
「もちろん、俺じゃない。俺が昨日の夜から今朝までゲストハウスを出なかったのは、君も知ってるんじゃないのかな」
今朝の青白い顔を見て、彼女が一晩中よく眠れなかったのはすぐ判ったのだが、後であれはもしかしたら俺のことを監視しようとしていたのかもしれない、と思い付いた。俺は昨夜は
「ええ、知ってるわ……それに、泥棒は何も盗らなかったって……」
やはり俺を監視していたか。
「そうだ」
「
「どうしてだと思う?」
答えはなかった。
「盗ろうとした物があったんだが、それは噂には聞いてないのか?」
「
「そうだ」
「じゃあ、あなたと同じように……」
「そうらしい」
「でも、盗らなかった……」
「どうしてだと思う?」
無言。今度は解らないんじゃなくて、答えるのを躊躇しているだけに見えた。
「じゃあ、やっぱり……あの王冠じゃなくて……」
「そうらしい」
「そうなのね……」
それ以上の言葉はなかった。訳が解らないんだろう。俺だって同じだ。本物がどこかにあるだろう、そしてそれは神父から聞き出す必要があるだろう、ということくらいだ。
「ダニエルに偶然会えたんだがね」
「えっ……」
これは言うか言うまいか迷ったのだが、ジェシーに隠しごとをするのは嫌なので話してしまおう。
「彼女は、君に今朝のことをあまり知られたくないみたいだったよ」
「そうなの?
「そこまでは聞いてないな。何しろ、彼女のいるレストランに偶然入って、挨拶代わりに二言三言話しただけだったからね。王冠のことを訊かない約束も、君としていたし」
「そう……」
「君はシスター・ジェルメーヌのことはどれくらい知ってる?」
話を急に変えたので、ジェシーが戸惑いの表情を見せた。
「そんなにはよく知らない……確かサント・マキシムの修道院にいて、年に2、3回だけお手伝いに来る人で……」
俺が調べられたのも、それだけだった。カフェでの情報収集にはまた失敗した。花屋のマダムの持っていた情報以上のものは聞き出せなかった。聖堂に手伝いに行っている女が他にどれくらいいるかを知る必要がある。ダニエルに訊くのが一番早いと思うのだが、今日は保留した。
「じゃあ、ベルターニ神父のことは? 最近来た人らしいが」
「
「ダニエルの他に手伝いをする人はどれくらいいる?」
「よく知らないけど、たくさんいるはず……女性の信徒の会があるから……」
「マリアの月の行事の準備にも、たくさん手伝いが来たんだろうね」
「ええ、たぶん……」
声は小さいながら、ジェシーは昨日と違って色々と教えてくれる。彼女自身が真実を知りたいという気持ちがあるからだろう。もっとも、訊いていることに核心の話はなくて、その周辺のゴシップみたいなものばかりだからかもしれないが。そもそも、彼女が全ての情報を持っているとは思わない。
「ダニエルはその中でも熱心な方なのか?」
「そんなことはないと思うけど……」
俺はこの3日連続で聖堂に行ったが、そのうちの2回はダニエルがいた。他にはシスター・ジェルメーヌと、あと二人は名前も知らない。そういう巡り合わせなのか、ゲームの世界のシナリオだからなのか。おそらく後者だろうが。
「ダニエルのレストランに行ったことは?」
それまで伏し目がちだったジェシーが顔を上げて、少し驚いたような表情で俺を見つめた。意外な質問だったからだろう。
「あるけど……」
「何度も?」
「ええ」
「味はどうだった」
「私は好きな味だったけど……」
特別おいしいとは思わなかった、という意味と受け取る。感想が同じで安心した。
「フッサール氏は昔からあのレストランをやっていた?」
「ああ、
そう言ってジェシーが少し考え込んだ。面白いことに、表情の憂鬱さが少し薄れている。昔のことを思い出すときは、憂鬱じゃなくなるのかもしれない。そういうのはミドルティーンの女の子の仕草とは思えんね。そもそも、彼女はなぜいつも憂鬱そうな顔をしてるんだろうか。俺はそれを探る必要があるだろうか。
「……私が小さいころに、レストランを開店したからって、呼ばれたことがあったと思うわ」
「そうすると、まだ10年くらいか」
「ええ、たぶん」
道理で素人料理っぽい感じがしたと思った。だが、あの味で、わずか10年にしては大した店の規模だったと思うが。何か秘訣があるのか。昔からの知り合いが多いとか?
「それまでは何をしてたんだろう?」
「……知らないわ」
「君とダニエルはどういう関係なんだ?」
「私の
「申し訳ないな。今日は大して収穫がなかったんだ。だから、人間関係だけでも整理しておこうと思ってね。君がこうして話してくれなかったら、それこそ
「そう……」
宝石店まではおおむね順調だったが、その後がいけなかった。カフェのウェイトレスからは相手にされず。土産物屋は聖堂に興味なし。本屋では聖堂の薄っぺらい写真集を売っていたが、その他の情報は手に入らず。諦めてパン屋へ行くも既に閉店。花屋のマダムはどこかへ配達に行って不在。これもシナリオどおりなのだろうか。
神父には信徒か警官がずっと張り付いたままだった。話をしようと思えばできただろうが、宝石のことは他言無用だろうし、シスター・ジェルメーヌや手伝いの女のことを訊くのは不自然だ。直接話をして人柄を確かめるのでも、できれば警官がいないときがいい。明日にするつもりで帰ってきた。
「さて、今日の俺の活動はここまでだ。これ以上質問はしないし、夜中に出掛けるつもりもないから、安心してくれ」
「え……私、あなたを疑ってるわけじゃなくて……」
「ありがとう。それだけで充分だよ」
だが、最後の最後には俺は彼女の期待を裏切ることになるだろう。俺はあの
「それじゃあ、俺はもうゲストハウスに戻るが、君はどうする?」
「後で……一人で帰るわ」
「解った。ああ、そうだ。君は花が好きか?」
ジェシーはしばらく固まった後で、小さく頷いた。
「色々と話してくれたお礼に、これをプレゼントしようと思うが、受け取ってくれるか」
近付いていって――彼女の1ヤード以内に入ったのは、昨日の朝、挨拶したとき以来だが――マーガレットの花を差し出した。
「……
礼を言って受け取ってくれたが、さほど嬉しそうでもなく、意外なことに驚いているといった感じだ。まあ、俺も彼女にプレゼントするために花を買ったわけではないので、困惑させただけ申し訳ない気がしたが。俺はジェシーに「また明日な」と言い、振り返って小道を歩き始めた。どうも、彼女のこのステージ内での役割がよく判らない。彼女の心を開くことが鍵、なんていう展開になるとは信じられない。彼女はこれ以上、情報を持っていそうにないからだ。それでも彼女は何かの形で、鍵として絡んでくるはずなのだが。
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