#2:第1日 (4) 夜の秘密通信

 明日の計画を考えながら下の様子を窺っていたが、10時頃には静かになってしまった。やはり農村というのは夜が早いようだ。11時半になり、下が完全に寝静まったのを確認してから、岬へ行くことにした。日が変わってからと思っていたが、早く行けるのなら早い方がいいだろう。夜中に起きて眠い思いをしなくて済む。

 音を立てないように部屋を抜け出て下へ降りる。玄関の扉は……錠が下りていなかった。不用心だな。まあ、周りに民家もほとんどないようなところだからかもしれない。外に滑り出て扉を閉じる。本当に真っ暗だ。空は晴れているのだが、月は先ほど沈んでしまった。泥棒をするならこんな夜の方がお誂え向きなのだが、今夜は単に岬に行きたいだけだ。夜歩きには慣れているものの、真っ暗な山道のようなところを懐中電灯フラッシュ・ライトの光だけでたどるのはさすがに心許ない。ましてや、岬には崖のようなところがあるんだから、落っこちてゲーム・オーヴァー、なんてのは願い下げだ。それでも、とにかく行ってみることにする。岬の先端までたどり着けなければ、引き返せばいい。

 懐中電灯フラッシュ・ライトの頼りない光と、朝の記憶を頼りに、夜道を歩く。前のステージでも夜道を歩いたが、あの時は舗装されていた。こちらは砂地だが歩きにくくはない。道が少し曲がったりしているので距離感はこちらの方が掴みやすい。ほぼ一本道であるところだけは同じだ。

 見上げると、木立の間に細い帯のように星空が見えている。15分ほど歩くと、見覚えのある曲がり角に出た。波の音が聞こえて、潮風が吹く。海側が開けて、水平線まで星空が広がっている。ところどころぼんやりと明るいのは、地中海に浮かぶ島の灯りだろうか。200ヤードほと海岸沿いに歩き、砂州の上に降りる。ここまではいいが、岬の小道をたどるのが難関だ。いくつか道が枝分かれしていて……何度か間違ったが、ようやく見覚えのある入り江の崖のところまできた。あの娘が座っていたところだ。波が岩壁に打ち付ける音が響く。もし月が明るく照らしていれば、夜の海を眺める恋人どうしにはちょうどいい場所かもしれない。出発地点はもう少し先だが、試しにここで腕時計に呼びかけてみることにした。

裁定者アービター!」

 一瞬、間があって、風が止まった。そして、波音も消えた。さらに……頭上からスポットライトだと!?

「ステージを中断します。裁定者アービターがアーティー・ナイトに応答中です」

 天から女の声が降ってきた。気が付けば、足下は木の床に変わっていた。後ろには椅子がある。例のディレクターズ・チェアだ。見えているのはそれだけで、周りは真っ暗でよくわからないが、おそらく四方に黒幕が降りているんだろう。俺の周囲はいつの間にか舞台裏バックステージに変わってるんだ。今なら崖があった方に歩いて行っても落っこちないかもしれないな。試す必要性を感じないが。

「ターゲットの、王冠の宝石クラウン・ジュエルについてもっと情報が欲しい」

「お答えできません」

 間髪を入れずに裁定者アービターが答えた。

「自分で調べる以外にないのか?」

「はい」

「他の競争者コンテスタントのことについての情報は?」

「このステージにいるのは他に一人だけです。それ以外はお答えできません」

「そいつはまだターゲットを確保してないのか?」

「確保した場合、ゲートが開きますのでお知らせします」

裁定者アービターはあんた一人か?」

「このステージでアーティー・ナイトを監視しているのは私だけです」

 答えになってねえよ。

「あんたの名前は?」

裁定者アービター13番です」

 そりゃ、コード・ネームだろ。まあ、どうせ本名は教えてくれないだろうと思ったが、一応訊いてみただけだ。

「あんたと通信が可能な範囲はどこからどこまでだ?」

「タイヤー岬内のどこからでも可能です。ただし、岬の付け根の砂浜の部分は除きます」

 先に言えよ! 砂州からここに上がってくるまでが一番大変だったんだぞ。通信が可能な時間の情報だけ頭に勝手に入れておいて、場所の詳細な情報を入れてくれんとは、不親切すぎるぜ。

「側に誰かいても通信は可能?」

「状況により異なります。通信が可能な場合のみ、応答します」

 俺の時代じゃあ、腕時計に話しかけるのは普通の光景だが、古い時代では違うんだろう。周りの状況には気を付けないとな。携帯電話モバイルフォンが使えないのは仕方ないとしても、固定電話ランドライン裁定者アービターと会話できる方がまだよかった。

「他に質問がなければ通信を切断ディスコネクトし、ステージを再開します」

 しばらく俺が黙っていたら裁定者アービターがそう言った。

「いや、まだある。ターゲットを確保したら、腕時計にかざせと言ったな。かざしたらどうなるんだ?」

「今と同じ状態になります。即ち、ステージを一時中断し、私から退出ゲートの位置をお知らせします。その際、いくつかの質問を受け付けることができます」

「じゃ、側に誰かがいたらこうはならないってことか」

「はい。その際、音あるいは振動でターゲットの真偽のみお知らせすることが可能です」

「正解と不正解の音や振動の仕方を教えろ」

「真の場合の音と振動を実行します」

 三点鐘が2度繰り返され、それに合わせて腕時計が振動した。続いて偽の場合。こちらは一拍おきの4回打ち。地味なものだ。まあ、古い時代に合わせるのなら、派手な音楽を鳴らすわけにもいかないだろうからな。

「以上です」

「解った」

「他に質問がなければ通信を切断ディスコネクトし、ステージを再開します」

 しばらく黙っているともう一度「ステージを再開します」という声が聞こえ、スポットライトが消えて、風が吹いてきた。波の音も聞こえてきた。もし周りが明るかったら、幕が上がるあの気持ち悪い景色も見えていただろう。足下には岩場。そして頭上には星。後は帰って寝るしかない。

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