#1:第2日 (4) 議長の家

 まず、ルーミス氏の家を観察する。町へ向かって歩く途中、タクシー運転手に教えてもらったところで立ち止まる。道路とは小道でつながっていて、生け垣に囲まれた1階建てだ。だが、道路から眺めているだけでは遠すぎて、どういう間取りになっているかも判らない。かといって、こんな昼間から覗きに行くわけにもいかない。昼食会が終わったことだし、ルーミス氏も家に戻っているだろう。夜中の、人目のないときに偵察に来るしかない。まあ、そういうのは今までにもやったことがある。

 続いて町での調査。オードリーストリートに着いたのが4時という中途半端な時間で、なおかつ今日は土曜日なので、商店はほとんどが閉まっていた。レストランも夕食の時間帯まで休みだ。とりあえずハワードの店ハワーズへ行ってみた。開いていたが、満席で入れなかった。中年美女がにこやかに笑いながら、別のカフェを教えてくれた。質屋ポーン・ショップがあるのと同じ、サンディーストリートに、スマイリーの店スマイリーズがあるという。

 行ってみると、ハワードの店ハワーズの混み具合が嘘のように、全く客がいなかった。ドアに掛けられた“OPEN”の札は、本当は“CLOSE”であるべきなのに、ひっくり返し忘れてるんじゃないかと思ったくらいだ。店主は老人だったが愛想が良く、「パート・タイマーのウェイトレスはさっき帰っちまったんで」と言いながらコマネズミのようにせわしなく動き回って、メニューや砂糖壺をテーブルに持ってきてくれたり、コーヒーを豆から挽いて淹れたりしてくれた。俺が旅行者であるということは容易に察しがついたらしく、ヒストリック・トレイルは見たかと訊いてきた。

「まだ行ってないけど、何が見られるんだ?」

「兵舎、士官舎、倉庫、演習場、それから墓地くらいかな。石碑もいろんなところに建っとるよ。城塞があった頃は街道の要衝だったらしくてなあ」

 それから長々と町の昔話が続き、こちらは町の引っ越しのことや議会のことを聞きたいので辛抱して聞いていたが、特に大きな戦争もないままに城塞は廃止され、隣町の都合で鉄道が町の南に通ることになって、それからなかなか町が発展しなかった、という愚痴でようやく終わった。

「しかし、議会が色々計画してるんだろう? 引っ越しとか」

「あんなものが、どれほどの役に立つか判らんでなあ」

 とまた長話が始まったが、結局のところ、引っ越しについてはこの老人は反対派で、先代の議長の主張である穀物工場の誘致を進めるべきだったと一席ぶってくれた。ルーミス氏のことを良く思っていないようで、“俗物スノッブ”と呼んでみたり、彼の父親については“成り上がり者アップスタート”とこき下ろすなど、さんざんな言い様だった。ただし、ルーミス夫人については同情的で、あの男にはもったいないなどと言う。鉄道王のクリスティー氏のことも知っていた。コーヒーはハワードの店ハワーズよりずっとうまかったが、飲み終わるとすぐに店を出た。ルーミス氏に関する否定的な情報を集めるのも大事だとは思うが、愚痴ばかり聞かされるのは閉口だった。

 他に開いている店がなかったので酒屋へ。店主はブルドッグのような顔をした太った中年男だったが、バーボン・ウィスキーを買いたいと言って話しかけると意外に愛想よく応対してくれた。

「あんた、知ってるかね、カンザス州にもバーボン郡というところがあるんだよ。こいつはそこのじゃなくて、ケンタッキー州で作ってるやつだから安心してくれ」

 見知らぬ客が買いに来たのがよほど嬉しいようだ。地名が出たついでに、町の規模などの話をして、それから強引に引っ越しの話に持っていった。この店主は賛成派で、町の活性化のためには思い切った施策が必要という考えのようだった。ルーミス氏の評価を聞くと“有能”で“愛妻家”。ただ、愛妻家という評価の理由を聞こうとしたら、別の客が入ってきて話はそれきりになってしまった。しかたなく店を出たが、バーボンは飲みたくて買ったわけじゃないので、どうしようかと思う。ホテルに持って帰るしかなさそうだが。

 その後は本当に入る店がなくなって、留保していたヒストリック・トレイルを見ることにした。町の一番東の通りまで歩き、そこから南へ下りてメイン・ストリートに出る。本当はこの東側にもいくつか建物があるらしいのだが、それは無視する。

 西へ歩き始めたが、この辺りには民家はない。格子ブロックも空き地ばかりだ。その中に、たまに古い建物がある。兵舎や倉庫らしく見えるのだが、案内板すらない。時々、石碑が建っている。そこにかつてあった建物の説明だろう。何とも消極的な観光資源だ。見たい奴は自分で調べてから来い、という態度だろうか。もう少し時代が下れば過剰なほどの案内板が設置されるのだろうが、仮想世界ではそんな未来のことは想定してないだろう。

 東の端から数えて4本目の道、ウィルマストリートまで来ると民家が増えてくる。その少し先から左手に分かれてくのが、駅へ通じる道だ。城塞跡を過ぎてさらに歩くと先ほどよりは大きめの兵舎が見えてきたが、おそらくは士官舎であるに違いない。しかしほぼ説明はない状態だ。もしかしたら役場で観光案内用の地図でも配っていたのかもしれないが、土曜日の午後なのでもう閉まっている。

 そして西の端、ゾーラストリートへ達した。この先に演習場と墓地があるはずだ。カフェの店主の言ったことを信じるとすれば、だが。もしかして目の前に広がっている空き地が演習場なのではという気もしてきたし、墓地を見に行っても知り合いの墓があるわけでもなし、見に行く意義がないと思えるので、もう引き返すことにした。俺以外に見に来ている人もない。帰りはわざとゆっくり歩いて時間を潰した。土曜日でこんな状態なら、明日の日曜日はどうなるのか心配になる。

 6時になってからメアリーストリートのレストランへ。タクシー運転手に教えてもらった店だが、昨日覗いたときにはバー・カウンターを併設しているので、情報集めにはよさそうだと思っていた。が、一番の問題は情報を聞くべき客が来ていないことだった。ポーク・ソテーを注文して、食べ終わってもまだ誰も来ない。暇なので地図にメモを書き込んでいく。それからバー・カウンターの方に移り、いつもこんな感じなのかとシェフ兼バーテンダーの中年店主に聞いてみたが、土曜日はこんなものだと平気な顔で言った。これでよく店が開けていられるものだと感心した。

「町が引っ越ししても客が来るのか?」

「今だって2、30分歩いて来る客ばっかりだぜ。変わりゃしねえよ」

 どうやらこの店主は中立派のようだ。しかし、ルーミス氏の手腕は評価していると言った。昔の議会は老人が多くて、何を決めるにも時間がかかりすぎていたが、ルーミス議長やスタンパー副議長ら“若手”が中心になったおかげで政策の決定が早くなったからだそうだ。ただし、政策の中には目的がよく解らないものがあるので手放しでは賛成できないらしい。

 と、ここまで話したところでようやく客が来たので、話の続きはまたお預けになってしまった。新しい客とも話そうとしたが、店主と野球の話を始めてしまい、ついていけなくなった。アスレチックスのノーム・シーバーンなんてプレイヤーを、俺が知ってるわけないだろうが。たぶん、この時代はフットボールよりも野球の方が人気があったのだろう。1960年といえばAFL《アメリカン・フットボール・リーグ》が発足した年だったと思うが、その時はカンザス辺りにフットボールのチームはなかったんじゃないかな。

 その後、もう一人客が来たが、そいつも野球談義に加わってしまって、俺が話しかけるのは店主にビールを注文するときだけになってしまった。結局、あきらめて8時半に店を出た。夏時間にもかかわらず外はまだ薄明るいが、無駄に飲み過ぎたせいで、さすがにもう1軒行く気にはならなかった。

 だんだんと暗くなっていく道を歩き、再びルーミス氏の家の前へ。街灯はおろか道端に目印さえないような一本道を歩いているので、どこに家があるのか非常に判りにくかった。頼りになるのは“半マイルくらい”という距離感だけで、夜中に来るなら懐中電灯フラッシュ・ライトを持ってきた方がいいだろう。ルーミス邸へ入るには、道路から取り付け道が数十ヤード、その先に生け垣と門扉。ただし、これらはあっても仕方がないようなお粗末なものだ。生け垣はすかすかで簡単に“通り抜け”られそうだし、門扉は陳腐な南京錠パドロックがかかっているだけだった。これは侵入する側からの観点であって、住む者からすれば他の家と少しは格が違うということを誇示するために造ったに違いない。

 門扉の先にある小さな建物はたぶんガレージだろう。そこから少し曲がった小道の先に屋敷があった。家の中から灯りが漏れているから、どうにか屋敷の概形が見えていたが、灯りが消されたら何がどこにあるのかも判らなくなってしまうに違いない。犬はいなさそうだった。これは助かる点の一つだ。後はどうにかして間取りを調べたいが、どうすればいいのか不明。

 9時半にホテルに帰ってきた。結果的には午後の調査はほとんど失敗だった。飲みたくもないビールを飲みながら、レストランとバーが合わさったような店で粘っていたのに、大した情報を得ることができなかった。酔って頭がぼんやりしているので、シャワーを浴びてからベッドに寝転がっていたら、だんだんと眠くなってきた。今日調べた内容の整理はできないかもしれない。

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