#1:第2日 (2) ボナンザ!?

 さて、2回目の聞き込みだ。昨日は町を大雑把に一巡りして、それ以外にはカフェに入っただけで、ろくに情報収集もしなかったが、今日はもう少し本腰を入れてやることにする。まずはやはり宝石店だ。メアリーストリートまで歩く。昨日は休みだったが、今日はちゃんと開いていた。

「いらっしゃい」

 店に入ると、頭の少し薄くなった初老の店主が愛想よく声をかけてきた。スーツをきっちり着込んで、いかにも伊達者ダンディーの格好をしているが、目付きだけは鋭い。まあ、こんな田舎の宝石店には普通は地元の客しか来ないだろうし、見知らぬ客が来たら警戒するのも解るが。

「何をお探しでしょう?」

 展示用のガラス・ケース一つも覗ききらないうちに、店主がまた声をかけてきた。もっとも、店は狭いし、ガラス・ケースも五つくらいしかないので、全部見ても15分とはかからなかっただろうが。さて、ターゲットである“宝石付きの指輪”を探しに来たのだが、そんなことを言ってもどうせ通じないだろうから、何と答えたものか。

「旅行でこの町に来たんだが、何か土産スーヴェニールになるようなものはないかと思ってね」

 俺がそう言うと、店主は残念そうに肩をすくめて見せた。

「あいにく、ここはそういうものを取り扱っておりませんで」

「ほう。変わった宝石とかもない?」

「特に何も。普通のアクセサリーばかりですよ」

「そうか。それは残念だ」

 素直に引き下がりかけたが、何とかもう少し情報が入手できないものかと考え直した。

「この町には、他に宝石店は?」

「ありませんな。この店だけです」

「店に置いているものだけしか売らないのか?」

「そりゃあ、ご注文いただければ取り寄せやカットをする場合もありますよ」

「買い取りは?」

「それはできかねますな」

「鑑定は?」

「できますよ。有料でね」

 店主は薄笑いを浮かべながら俺の質問に答えている。強盗ではなさそうだが、一体何をしに来たのだ、とでも思っているのだろう。当然だ。俺自身も、何をどうすればいいのか解ってないくらいだからな。

「他に何か?」

 店主がそう訊いてきたが、今度は俺の方が肩をすくめる番だった。

「もうない。邪魔をして済まなかったなサンクス・フォア・ユア・タイム

どういたしましてノー・ウォリーズ

 店主に向かって片手を挙げ、店を出た。入れ替わりに、女が一人店に入ってきた。どこかで見たことがあると思ったが、昨日店の前に立っていた女だ。昨日は店が休みだったので、俺同様、出直してきたのだろう。つばの広い黒い帽子を被り、ダーク・グレーのドレスにクリーム色のコートを羽織っている。俺と違って身なりがいい。やはり宝石店に来るならこんな格好でなきゃあ。

 さて、最初の調査は不首尾に終わったわけだが、もちろん調査しに来たのはここだけではない。メアリーストリートの一本北側の、サンディーストリートに行く。ここにもいくつか店が並んでいて、その中に質屋ポーン・ショップがあるのを、昨日確認してきた。しかもこんな田舎の狭い道沿いに、2軒もある。古い町だけに、骨董品を質入れに来る人が多いのかもしれない。中には宝石を持ってくる人もいるだろう。しかもさっきの宝石店が宝石を買い取らないのだから、質屋ポーン・ショップに持ってくるしかないというわけだ。ターゲットである指輪が質入れされてるとは思わないが、何らかのヒントくらいは聞けるかもしれない。昨日、質屋ポーン・ショップを見つけた時からそういうことは考えていたのだが、こういう店で情報をもらうにはそれなりの聞き方があるはずなので、今朝作戦を考えた。それでもうまくいくかどうか。何しろ素人考えだからな。とにかく、まずは古い方の店へ入る。

 骨董品級の古い木製の扉を開けると、ドアベルが鳴った。ちらりと見上げると、真鍮製のそれこそ骨董品と思われるドアベルだ。しかも牛の首につける鈴のような安っぽいくぐもった音しかしない。店の中も骨董品が多い。骨董のことはよく判らないが、古い家具なんかには変わった錠前が付いていることがあるので、嫌いではない。老人の店主は奥に座って本を読んでいて、ドアベルが聞こえていないのか、こちらに見向きもしない。まあ、質屋ポーン・ショップに愛想よく迎えられても気分のいいものじゃないだろうが。店主が座っている目の前まで行くと、ようやく顔を上げて俺の方を見た。

どんなご用でメイ・アイ・ヘルプ・ユー?」

 しわがれた声を出し、老眼鏡を外して俺の顔をまじまじと見た。見かけない顔だと思っているのだろう。宝石店の店主と同じ反応だ。

「ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「何です?」

「ここは宝石の質入れはできるか?」

「できますよ。今、お持ちで?」

「いや、今はない。買い取りは?」

「さあ、買い取りはできませんな」

「そうか。じゃあ、宝石の買い取りをやっている店を知らないか?」

「存じませんなあ」

「個人でもいいんだが。例えば、宝石をよく買っている人を教えてもらえないか?」

 俺がそう訊くと、店主はまたまじまじと俺の顔を見ながら言った。

「あなた、警官じゃなさそうですな。探偵? 許可証ライセンスはお持ち?」

「いや……ない」

「それじゃあ、お答えできませんなあ」

 やはりそうなるか。まあ、その可能性が一番高いと思っていた。素人が聞き込みをやるというのは難しいもんだ。

「邪魔したな」

 そう言いながら振り返って店の出口へ向かった。後ろから店主の声が追いかけて来る。

どういたしましてノット・アット・オール

 音の悪いカウベルを鳴らしながら外へ出る。1軒目は失敗。それから2軒目に入ったが、こちらの店主も全く同じ反応だった。探偵でも雇って聞いてもらうしかないのかね。もっとも、この町には探偵なんていそうにないが。

 さて、3軒目。これは砦跡の西側のパトリシアストリートにある。こんな狭い町に、なぜ質屋ポーン・ショップが3軒もと思うが、3軒目はどちらかというとリサイクル・ショップというのが昨日見た時の印象だった。だから先の2軒と少しは違う反応があればと思うのだが。その前に、途中で眼鏡屋に寄って買い物をした。

 白い小洒落た、しかしところどころペンキの剥げたドアを押して、店の中に入る。棚を占めているのはやはり新しめの品物が多い。絵や彫刻なんかの美術品もある。小太りの、おそらくは中年だが年齢不詳の顔つきの店主が、眠そうにしながら声をかけてきた。これまでの2軒と同じ調子で訊いてみたが、やはり少し反応が違っていた。

「買い取りは?」

「できますよ。しかし、後で買い戻せないので、一筆入れていただくことになりますが」

「そうか。じゃあ、誰かお得意の買い取り手でもいるんだろうね」

「さあ、そこまではちょっと……」

 店主は愛想笑いを浮かべながら口を濁したが、買い取り手がいるのは言わずもがなといった感じだった。これは手掛かりの一つになるかもしれない。

「宝石は明日か明後日には持ってこられると思うんだが、いつでもいいか?」

「結構ですとも。もしよろしければお名前をお伺いできれば」

「いや、それは買い取ってもらうときにしよう」

「かしこまりました」

「それじゃ、また来る」

 そう言って店を出たが、もちろん宝石を買い取ってもらうなんてのは口から出任せだ。向こうだって話半分にしか聞いていないだろう。しかし、これでようやくターゲットに関する情報が手に入りそうな気配になってきた。もっとも、そんな感じがするだけで、まだ何も判っていないのだが。聞き込みというのは素人には本当に難しい。

 昼頃まで町をぶらついたが、他に質屋ポーン・ショップはなく、特に成果もなかった。ホテルの方に戻る前に例のハワードの店ハワーズを覗いてみたが、昼食直前だというのに客が5、6人もいた。食事はできないはずなのだが、中年美女に会いに来る常連がたくさんいるのだろう。

 歩いてホテルの近くまで戻り、12時5分前くらいに着いたが、ホテルへは戻らず、その入口エントランスを見張れる場所を探す。ホテルの隣のレストランからは入口が全くの死角なので、他の場所を探さなければならない。ホテルの目の前は銀行だが、今日は土曜日で、午前中はまだ営業しているので忍び込めない。その他には同じくまだ開いている小さな雑貨屋と、何のテナントが入っているのかよく判らない2階建ての雑居ビルディングと、穀物か何かの倉庫らしい煉瓦造りの建物と……そしてもう1軒のホテルであるウェスタン・インがあるだけだ。

 仕方がないのでウェスタン・インへ行く。だが、正面から入るのではなく、裏手の通用口から入る。20世紀の半ばの、しかもこんな田舎町では通用口に錠なんてかけていないだろうと思ったら、全くそのとおりだった。かかっていても大した錠じゃないだろうし、ピッキングで開ければ済むだけだが。周りに人目がないのを確認してから通用口の扉をそっと開け、階段で2階へ上がる。ハンプトン・インが見えそうな角の部屋に入ろうと思うが、ドアに錠がかかっていたのでピッキングで開ける。ここもレヴァータンブラー錠だったので、昨夜の練習が活かされたわけだ。窓を少しだけ開けて、見張ることにした。少し遠いが、町の眼鏡屋で買ってきたオペラ・グラスが役に立ちそうだ。

 さて見張りを、と思う間もなく、ホテル前に車が到着したのが見えた。キャデラックのオープン・トップ! 俺の時代なら絶対に見ることがなさそうなクラシック・カーだ。オペラ・グラスで乗ってきた人間の顔を見る。正装した男女が一組。もちろん、議員の夫妻だろう。名前はわからないが。男の方はタキシードの正装、女の方は大きな羽根飾りの付いた白い帽子に、大きな白襟の着いたドレスで着飾っている。古い時代のファッションだということは俺でも判る。首の周りには真珠のネックレス。そして指にはダイアモンドの指輪が光っている。田舎町の議員夫人のアクセサリーとは思えないほど立派だ。

 次に黒塗りのシヴォレーが着いた。形式名は全く判らないが、これもクラシック・カーの領域だ。降りてきた夫妻のうち、男は先ほどと同様にタキシード、そして女の方は真っ赤なパーティー・ドレスだった。昼食会に着るような服じゃないし、自分の年齢くらい考えろと言いたくなるが、指輪はドレスに合わせたのかルビーで、ペンダント・トップもルビーだった。ルビーの品質はともかく、ペンダント・トップの周りのデザインだけはかなり派手だった。その次はたぶんフォードのムスタング。女の服装は今度はだいぶ大人しくて、訪問着のようなクリーム色のツーピースだった。まあ、年齢が年齢だけに派手な服装は無理という感じだったが。ただしハンドバッグが高級品に見える。ネックレスは真珠、指輪も真珠だった。

 それからは次々に議員夫妻がやって来たが、いずれも夫人の方は派手に着飾っていて、特にアクセサリーには相当こだわっている様子が窺えた。しかし、昼食会ごときにそこまでしなくてもいいはずだ。それともこの時代の女性は、対抗心が強すぎるのだろうか。あるいはTVや映画に感化されているのかもしれない。

 さて、次が10組目だ。12時20分、黒塗りのいかにも高級車らしい車――これはたぶんビュイックだな――が悠々とホテルの前に着いた。車から降りてきた男を見て、ピンときた。これがたぶん、ルーミス氏だろう。精悍な顔つきをした40代半ばの男で、優雅な笑顔の下に対抗者を押さえ付ける強靱な意志力を窺うことができる。

 そしてその男に手を取られて車から降りてきた女というのが、これがまた極めつきの美人だった。ルーミス氏よりはずいぶん若く、10歳以上は離れていて、30代前半くらいに見える。美人の分だけ若く見えるのはカフェの中年美女と同じだろうが、こちらは東欧系の血を引いているようだ。少々気がきつそうな感じがしないでもないが、たとえて言うなら20世紀中頃のクラシック映画に出てくる典型的な映画女優の顔立ちだ。とにかく、先程までにやって来た他のご夫人方とは少々次元が違うところいる。若草色のシックなドレスも、これくらいの美人が着ていると昼食会だろうがダンス・パーティーだろうが問題なく似合ってしまっている。胸には大粒の真珠のネックレス。そして指には――

大当たりボナンザだな、こりゃあ」

 思わず呟いてしまった。大粒のエメラルドが、左手の薬指の付け根でこれ見よがしに光っていた。何人かのご夫人方が着けていたダイアモンドの指輪を圧するほどの神々しい輝きを放っている。これがターゲットでなくて何なのか、という気さえした。その夫妻がホテルの中に消えるのを見届けてから、見張っていた部屋の窓を閉めた。

 さて、落ち着いてこの部屋を観察してみると、どうやら誰かが泊まっているようだ。ベッドのシーツは整えられていたが、テーブルの下に旅行鞄トラヴェリング・バッグが置いてある。しかも女物だ。たまたま部屋を空けていたときに忍び込んでしまったようだが、途中でこの部屋の主が帰ってこなかったのはラッキーだった。早々に退散しよう。昼食はホテルの横のレストランで摂ることにする。

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