四年に一度、私は生まれ変わる

橋本洋一

四年に一度、私は生まれ変わる

「私、今夜死ぬのよ」

「はへ?」


 二月二十九日。休日の喫茶店。

 唐突に突然に、目の前の女子高校生、四季ヶ峰しきがみねいちごにそう言われた俺、根津井知恵ねづいちえは呆然とするしかなかった。


「なにそれ? 自殺でもするのか?」

「いいえ。違うわ。誰かに殺されるか、交通事故に遭うか分からないけど、とにかく死ぬの」


 真剣な瞳でそう言ういちごに、俺はなんと言えばいいのか、分からなかった。

 冗談を言っている雰囲気ではない。


「でも安心して。ちゃんと明日には生き返るから」

「……意味が分からない。きちんと説明してくれ」


 黒くて長い髪を撫でながら、いちごは端整な顔を少しだけ歪ませて話し出す。


 気づいたのは四才の頃らしい。

 そのときは車に引かれて死んだ。

 だけど三月一日には知らぬ間に生き返ったという。

 それ以来、四年に一度、うるう年の二月二十九日に必ず死んで生き返るのだ。


「四の倍数の歳に、必ず私は死ぬの」

「でも生き返るんだろう? そのなんだ、あまり言うことじゃないけど、生き返るんなら……」


 するといちごが静かに怒る。


「死んだこともないのに、死んでも構わないなんて、言わないでよ。死ぬって本当に痛くて怖いのよ?」

「……ごめん。悪かった」


 デリカシーのないことを言ってしまった。


「それに、死んだら記憶の一部が無くなるのよ」

「記憶の一部? 記憶喪失ってことか?」

「それを言うのなら、部分的に欠けると言うほうが的確かも」

「たとえばどんな記憶が無くなるんだ?」


 いちごは紅茶を啜りながら「大事な記憶よ」と答えた。


「四才のときは、好きだったりんごジュースの記憶」

「りんごジュースの記憶?」

「好物だったものが普通になってしまうのよ。あんなに好きだったのに、今ではたまにしか飲まないし、飲んでも味気がないわ」


 それは地味に嫌だな……

 だが次の言葉を聞いて、ゾッとしてしまった。


「八才のときは、初恋の人への想いよ」

「人間関係にも影響するのか!?」

「ええ。どうやら好きなものの記憶とか思い入れがなくなるのかも」


 そして俺の目を見て、はっきりと何の衒いもなく言う。


「だから、この想いが無くなる前に、言っておきたかったの」

「……何をだ?」

「あなたへの想い」


 いちごは俺の目から視線を外すことなく、言った。


「あなたのことが、好きよ。知恵くん」




 好きな女の子に告白されるのはいい。

 両想いなのはもっといいだろう。

 でも許せないのは、返事も聞かずに諦めようとしていることだ。


「まず、今までの死に方を検証しよう」


 四才のときは交通事故。

 八才のときは川で溺死。

 十二歳のときは通り魔。

 同じ死に方はないが、たった三回しか例が無い以上、同じ死に方もあるのかもしれない。


「死にやすい状況だったから死んだ……って訳か?」

「よく分からないわ。考えたこともないから」


 考えたことがないというよりは考えたくもないんだろうな。


「死ぬときの時間は必ず夜なのか?」

「ええ。時間は決まってないけど、夜なのは確実よ」

「そんで十六歳で二月二十九日か……」


 ようするに三月一日を無事に迎えればいいのか。


「ねえ。今更だけど、どうして信じてくれるの?」


 不安そうな顔でいちごは言う。


「私だったら、信じられないけど」

「じゃあ俺が同じことを言ったら、信じてくれなかったのか?」

「…………」

「そういうことだよ」




 そういうわけでなんとか死を回避しようとするのだが――


「いてて……信じてたけど、本当にこうなるなんてな……」

「知恵くん……ごめん……」


 車からいちごを庇って、代わりに当たってしまった。

 その後、電車で安全な場所に行こうとしたら、ホームではしゃいでいた小学生に押されて、線路に飛び込んだいちごを守り、よく分からないいちごのストーカーから身を挺して守ったりした。

 そして今、いちごと一緒に空きビルの屋上に居る。

 ストーカーが追ってきているからだ。


「警察には知らせたけど……見つかるのも時間の問題だな……」

「…………」

「後、十分で三月一日なんだけどよ」

「……ごめん」


 いちごがふらふらと屋上の手すりに近づく。

 ハッとして後ろから肩を掴む。


「馬鹿! 何してんだよ!」

「もういい……死なせて……」

「死にたくないんだろうが!」

「でも! 知恵くんが――」

「俺のことなんていいんだよ!」


 そのとき――屋上の扉が開いた。


「見つけたよ……いちごちゃん……」


 明らかにおかしいと思われる太った男。

 手には改造したモデルガンを持っていた。


「そんな男より、僕のほうが相応しいよ!」


 徐々に近づいて、モデルガンをいちごに向ける。


「手に入らないのなら、殺してあげるね」


 引き金に指がかかる。

 そして、弾が――


「知恵くん!」


 いちごを庇って、銃弾を受けた。

 熱くて冷たくて、痛い。


 今頃になって、サイレンが聞こえてくる。


「……私が馬鹿だった。記憶を無くしたくないばかりに、巻き込むなんて」


 薄れ行く意識の中。

 いちごが屋上のてすりの向こう側に立ったのが見えた。

 時計の針が――




「……生きてた」


 病院で目を覚ました俺は親にこっぴどく叱られた。

 ストーカーはどうやら捕まったらしい。罪状は傷害罪だ。

 いちごはどうなったんだろう?

 一度もお見舞いに来てくれなかったが……




 身体が全快するまで、一ヶ月かかった。

 そして新学期が始まる。

 高校二年生になった俺は通学路を歩いていると、前のほうにいちごが見えた。


「おおい! いちご!」

「…………」


 返事が無かった。聞こえなかったのだろうか。

 近づくといちごは振り返ってこう言った。


「あなた――どちらさまですか?」


 そうか。そうなんだな。


「同じ学校ですけど――」


 いちごはそう言って悲しげに笑った。


「下の名前で呼ばれるほど、親しくないはずです」


 俺は、そんな『無理』をしているいちごに言う。


「じゃあこれから親しくなろうぜ」

「――っ!」

「記憶が無くなろうが、無くなっていなくても、また仲良くなればいいだろ?」


 いちごは口を押さえて、後ろに下がりながら、涙目で言う。


「なんで、そんな風に言えるの? 私のせいで危ない目に遭ったのに」

「ははは。やっぱり死んでなかったんだな」


 そりゃあなんとなく分かるさ。

 根拠はないけどな。


「また、危険な目に遭うかもしれないんだよ?」

「でも死なずに済んだ。俺もお前も」


 そしてにっこり笑って言う。


「次まで四年はあるんだ。それまでには強くなる。約束するよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四年に一度、私は生まれ変わる 橋本洋一 @hashimotoyoichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説