四年草
武州人也
四年蘭
信州の山深い土地にある
この村は所謂「
昭和の初めの頃の話。
村に住む
もう、年末ということで、吉郎は寒風に吹かれ、震えながら釣りをしている。もう紅葉の時期も終わり、山は寂しげな姿を晒しながら眠っている。吹き寄せる風に枯草が揺られる様は、
陽が傾きかけ、紅の光が山の稜線より放射状に発せられている。こんなものでいいかと、吉郎は釣りをやめて、帰路に就こうとした。その時である。
後ろの砂利道に、自分とそう変わらない背格好の少年が立っている。少年、とは言ったものの、その顔立ちは何処か中性的で少女めいたものを感じさせる。
「君は誰?」
この辺りでは、見ない子どもである。吉郎は興味深いと言った風に、目の前の少年をまじまじと眺めてみた。夕陽に照らされた少年の顔は、この世に並び立つものなどないかのように美麗なものであった。その眉目秀麗な目鼻立ちを見て、惚れずにいられる者など存在し得ようか。
少年は、吉郎の問いには答えなかった。相変らず、無言のままじっと立っている。突然風が吹き、道の両脇に生えている開花前のヨネンランが揺れた。その風によって、少年の前髪も、さらりと風に
少年は、吉郎に向かって、その右手を差し出してきた。なよやかでほっそりとした、しなだれかかるような白い腕が、陽光に照らされて輝いている。吉郎は、
少年は、踵を返すと、砂利道の向こう側へ歩き始めた。手を引かれるままに、吉郎も後をついていく。
その少年は、茂みを前にして立ち止まった。そこには、花開く時を待つヨネンランが群生している。少年は握った手を離した。自由にされた吉郎の左手は、滲んだ汗が冷気に晒されて冷え始めた。
来年は、ヨネンランの咲く年だ。あと
途端に、甘い香りが吉郎の鼻孔をくすぐった。香りの元は、まさしく目の前の少年である。吉郎は、頭の中がぼうっとするのを感じた。鼻孔から取り込まれた香りが、頭を
少年は真っ直ぐと吉郎を見つめながら、その背に腕を回してきた。前に、手に持った
吉郎は、少年に応えて、その細い体を抱き返した。
※
前野吉郎の母と祖父母は、いつまで経っても息子が帰ってこないことに業を煮やして、駐在の警察に通報した。吉郎の捜索は、人員を増やしながら続けられたが、年が明けても、その行方は全く分からなかった。見つかったものと言えば、小川の川岸にあった、釣り竿と
帰省した父は、息子の姿のないまま、悲嘆に暮れる正月を過ごした。その心中は察するに余りあるものがある。結局、陰鬱な面持ちのまま、汽車に乗って東京の職場へ戻っていった。
年が明けてから
例の群生地の前で、一人の老人が佇んでいる。老人の容姿は、村に建っている徐福の像にそっくりであった。老人は、
「肥やしを得たか」
四年草 武州人也 @hagachi-hm
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