第65話 リアリティー
――ピターン!
「ふおおおおー!?」
――ピターン!
「はにゃあああー!?」
そして俺は、次々と領民達を鎖で吊るし、そしてムチを入れていった。
ある者は口から泡を吹き、ある者は悶え苦しんで転がっていき、またある者は恍惚に身を震わせた。
(なんなんだこの状況……!)
これではお嬢様ではなく『女王様』ではないか!
「み、みんな! 無理しなくていいんだからね! 嫌ならやらなくても!」
――何をおっしゃいますかー!
――そんなご無体な!
「ぬあー!?」
むしろブーイングが飛んできた!?
俺は一体、どこで道を誤ってしまったのだろう……。
王太子をぬっころした時?
ドン菓子機を作った時?
グママーを呼び起こした時?
色々と過去を思い起こしつつ、『脳筋内政』を選択をしたあたりであろうと結論した。
(体を鍛えることの尊さを教えたのは、他ならぬ俺……!)
まさに因果応報!
ばら撒き過ぎたリコッタチーズの報いが、思わぬ形で返ってきた!
「ムホッ!」
「はっ! グルーズさん!?」
早くも『FJを殺す服』を装備して、鎖に吊るされている!
気が早い!
「ムホホー!」
「はい! やります!」
せっかちなグルーズさんに急かされては致し方ない!
鬼の顔が浮かぶほどに鍛え上げられたグルーズさんの背中に、俺は容赦ない一撃を与える
――ピターン!
「ア゛ーッ!?」
【グルーズに189のダメージを与えた】
グルーズさんはガクガクと全身を痙攣させ、しばらく野太い声で叫び続けた。
――あらまー!
――いい声ー!
何故か女の人達にバカ受け!?
――うおおお!
――負けてらんねえー!
男の人達もいきり立っている!
「次はワシなのじゃー」
「マジュナス先生まで!?」
さすがに、心臓が止まってしまうぞ!?
「近ごろ、肩こりが酷くてのー。背中ではなく、この肩のあたりにピターンとやってほしいのじゃー」
「なんて呑気な!?」
先生はもろ肌を脱ぐと、鎖に吊るされるのではなく、その場に正座した。
マイペースだ!
「ではお願いするのじゃー」
「ど、どうなっても知りませんからね!?」
そしてマジュナス先生にもぶちかます!
――ピターン!
「ウヒョー!?」
【マジュナスに320のダメージを与えた】
ひどいダメージだ!
先生の眼球が5センチくらい飛び出した!
すると。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
平均忠誠値 99→100
領内格闘力 403 ベアー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どうやら、先生の忠誠度が再びMAXになったらしい……。
「うひょひょー! みなぎるわーい!」
「えええーっ!?」
どんだけ肩がこってたんだー!?
* * *
(宇宙って……広い……)
まさに、この世の神秘を感じつつ、俺はムチをふるう。
――ピターン!
――ピターン!
(ああ、感じるぜ……みんなの痛み……そして喜び……)
――ピターン!
――ピターン!
始めは泣きながらムチを振るっていた俺だったが、徐々に悟りが拓けていった。
この宇宙には『良い痛み』と『悪い痛み』がある。
深い絆で結ばれた領民たちと共有する『痛み』。
それは、これ以上無いというほどの『良い痛み』だった。
どのような癒しや快楽にもまさる、崇高な『痛み』であった……。
* * *
――ピターン!
「はい、よく我慢できましたねアルルさん」
「はうう……気持ちよ……じゃなかった、痛かったですぅ……ビクビク」
――ピターン!
「はい、良い雄叫びでしたねオルバさん」
「腰が抜けたわい……うほお♡」
――ピターン!
「意外と可愛い悲鳴でしたね、セバスさん」
「面目ございませぬ……はううん!」
――ピターン!
「親方のげんこつより痛かっただろう? ポンタ君」
「やべえ! 飛んじまうかと思った!」
――ピターン!
「いたずらっ子にはお仕置きがつきものよ、ヘンナちゃん」
「うわーい! じゃあもっとするー!」
次々と領民たちを打擲すること、数時間。
ついに、最後の1人がやってきた。
「ダアー」
「ハレミちゃん……」
ご両親も、ちゃんと付き添いで来ている。
うん……これは流石に。
予防接種のお注射とは違うんだよ?
「お父さん、お母さん、流石に赤ちゃんにはムチを打てません」
俺は、仏になったような気持ちで言った。
「ええー!?」
「そんなー!?」
「もう少し大きくなってからです……」
俺がそう言うと、ハレミちゃんのご両親は至極残念そうな顔をした。
「ホンギャ、ホンギャァ」
「おお、よしよし」
ハレミちゃんも残念なのか、珍しく赤ちゃんらしい泣き声を上げた。
俺はムチをガラガラのように振ってあやしてあげた。
うん、やっぱり赤ちゃんを打つのは、たとえ同意があったとしても無理だ。
ゲーム内であったとしても無理だ。
色々とおかしなことになっちゃうぞ……?
(それに……)
ハレミちゃんはすでに、全属性の耐性Aを獲得している。
だから、やる必要はない……!
* * *
――ザクザク!
――アアアーン!
痛覚耐性を獲得したら、次は各種ダメージ耐性の獲得だ。
手の空いている人達が、広場で様々な武器を持って互いを攻撃しあう。
なんだか体育の授業みたいだ。
「ドラゴニック・ブレイク!」
――ズッギューン!!
――ウワアアアアア!
――スッゲエエエエ!
ルナさんも手伝ってくれている。
痛覚耐性が上がると、痛いが気持ち良いに変わる。
耐性を取得した状態でドラゴニック・ブレイクを受けると、あたかもロウリュサウナで熱風を受けているような爽快感がある。
しかも斬撃+炎撃なので、両方の耐性が同時につく。
(考えても見れば、人間てドMなもんだ……)
やたら暑い場所に入ってみたり、スポーツで自分を追い込んだり、辛いものを食べてヒーヒー言ったり。
そういったことを自発的にやる分には、それは娯楽や余暇と言ってよいものだ。
無理強いをさせられると、暴力になってしまうだけで……。
――ほーれプッスリ!
――イタタタタ!
――でも気持ちいいー!
裁縫職人の2人が、みんなの体をレイピアで刺してまわっている。
痛覚耐性が無いとただ痛いだけだが、耐性があると針治療を受けているような心地よさだ。刺された場所がジワーと暖かくなる感じ。
――もっと強く!
――骨に響くくらいに!
――ぬぬぬぬ!?
オルバさんがアイアンメイスでみんなの背中を打擲しているのだが、逆にオルバさんの方が息が上がっている。
身体のどこを叩かれても、マッサージを受けているような心地よさだからな。
「ふうー、みんな良くやるねー」
ルナさんが一息ついてやってきた。
「痛覚耐性ってのは、Bを超えると色々ヤバくなってくる」
「そうみたいですね」
「普通、人は痛みを避けるもんだが、逆に気持ちよくて欲しがるようになってしまうんだ。そんでもって、どんな現実離れした戦闘行為の中にでも、身を投じることが出来るようになっていく……」
「うーむ……」
例えば、VRゲームで本当の戦争を体感しようと思ったら、槍で刺されたり、剣で切りつけられたりといった痛みも再現しなければならない。
でも人は本能的に痛みを避けるので、あまりにも痛みの情報が強すぎると、そもそものゲームとして楽しめなくなってしまう。
そこでよく用いられるのが、『痛覚』の『快感代替』だ。
「あんたは、格闘ゲームをやったことがあるかい?」
「はい、けっこう」
「VRで戦闘行為をするっていうのは、その格闘ゲームのキャラクターに『あたしら自身がなる』っていうことだ。それには、痛みという情報を受け入れる必要がある」
「画面の中のキャラクターがどんなにボコボコにされても、プレイヤーはまったく痛くないですからね」
「そうだな。そこが普通のゲームと没入型VRの大きな違いだ」
ゲーム性とリアリティーを両立させるために、やはりこのAROというゲームでも、痛覚を快感に置き換えるという手法が用いられている。
だがこの手法、ちょっと危ない一面もあるのだ。
「痛覚耐性Sの領域になると、全ての攻撃が完全に気持ちよくなってしまう。たとえ顔面を殴られようと、目玉を潰されようと、『痛い』とは認識しなくなる。そんな状態で長くログインしていると、やがて現実にも影響が出てきて、例えばコンタクトレンズが苦手じゃなくなったり、顔への打撃に無頓着になったりする」
「リアルとバーチャルの区別が曖昧になるんですね……」
良い面もあるのだろうけど、防衛反射に影響が出るのは問題だ
脳が若いうちほど影響は大きいだろう。
「あんたもログアウトしたら、自分の顔を叩いたり腕をつねったりして、痛みを取り戻しておいた方が良いぞ? 感覚がバグっちまうからな」
「はい、そうします」
実際にムチに打たれたりしたら、地面を転げ回るほどに痛いはずだ。
先ほどのムチが気持ちよく感じられたのは、あくまでもここがゲームの世界だからだ……。
「ふふふ、でもあんまりやり過ぎるなよ? 世の中には、ゲーム内でのテンションもまま、思いっきりボールペンで腕を刺しちまうような奴もいるんだから……」
「き、気をつけます……!」
恐るべしVRジャンキー!
それだけには絶対ならないように気をつけよう。
――ウオオオオー!
――デヤアアアー!
――ヌワアアアー!
そして領民たちの訓練は、ますます激しさを増して行った。
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