BL 愛人

婭麟

第1話

 雪月ゆきつきは愛する男の肩に歯を立てた。

 一瞬苦痛に歪む表情の雪月を覗き見た男は、微かに口元を緩めて、白く細い雪月の腰を引いた。

 すると折れそうな程の雪月の肢体が大きく揺れる。

 そして淫猥な嬌声をあげて男の腰に絡みつく。

 男はそのなまめかしく、狂う程に乱れる雪月の姿に煽られていく。

 我を忘れて雪月の嬌かしい波に溺れるのに、さほど時を必要としない事は知っている。雪月に追い立てられ追い立てられて上り詰めた処から、引きずり降ろされるが如くに、男は雪月の躰に倒れこんだ。

 激しい息づかいが、静かになった部屋に聞こえる。

 雪月の息づかいと共に聞こえる。

 男は白い歯を覗かせて口元を綻ばせた。

 そして雪月の額の髪をかきあげる。

 その仕草が手慣れていて、もはや幾度も繰り返してきた仕草だと理解ができる。

 雪月は重たげに、そのつぶらで黒目がちな瞳を開ける。そして相手と同じ様に白い歯を見せて笑った。


「肩……噛んだだろう?」


 男は左の肩を気にするように言う。


「あっ、本当だ。赤くなってる……」


 雪月は男の赤くなった肩に、細い指を置いて言った。


「お前がをする時は、って事だ」


「えっ?そうなの?」


 真剣に赤い肩を気にしながら言う姿は可愛い。

 仮令過去に、幾人もの男の手垢がついていたとしても、雪月は可憐で清らかだ。

 この透き通る程の白肌を幾度も男が弄んで、幾度もあの煽る様な甘い声を発せさせられていたとしても、雪月は美しくてそして無垢だ。




 鏑木雪月の母はさほどの名家ではないものの、資産家と呼ばれた家柄の令嬢ではあったが、祖父の代で倒産の危機に陥った事があった折に、その美しさに目を奪われた父に見初められて、その危機を救う代わりに母を父に差し出して、その場をしのいで祖父の会社を存続させたという、なんとも時代錯誤な話しではあるけれども、いつの時代であろうとも、の人々の感覚という物は、太古の昔からきっと変わらないものなのかもしれない。

 そして父はご多分にもれずに、それは母に溺れ抜いた。

 家柄同士の政略結婚であった正妻を顧みる事すら忘れ、豪邸を出て新たに母との愛の巣を建てさせて蜜月の日々を過ごし、正妻とは別れて母を妻としようとしたが、正妻が断固としてそれを拒み、離婚裁判で揉めている内に母は呆気なく他界してしまった。それから五年も経たずに、父は母の後を追うように亡くなった。

 無論遺言書は存在しただろうが、跡継ぎとなる正妻の嫡子である鏑木明月に懐柔された弁護士が、父の遺言書を公開する事をしなかったので、明月が父の全てを手に入れ面目を保った。

 高校生になったばかりの雪月が、腹違いの兄の明月あきつきに犯される様に陵辱されたのは、父の愛情を全て奪い取った雪月の母と、その忘れ形見である雪月に対する恨みを持つ明月にとっては、至極当然の事だったのかもしれない。

 ボロボロになるまで痛めつけられる様に、雪月ゆきつき明月あきつきに陵辱された。

 そして暫く寝込む程の痛みを躰に残し、それから雪月は明月あきつきに命ぜられるままに、を望む大人達の相手をさせられた。


 老いらくの恋……とまではいかないものの、正妻を捨て跡継ぎと目されていた嫡子を捨て、年の離れた美貌で名高い愛人に入れ揚げ、挙げ句の果てに妻を切り捨てて正妻の座につかせようとした父の事は、セレブ界でもかなりのスキャンダルとして好奇の目を向ける者は多く、そしてその好奇な対象は母のその美貌に向けられた。

 しかし、父は母を公の場に出す事はなかったから、そのの面影を残す忘れ形見となれば、ちょっと嗜好のおかしな金持ち達は我もと興味を示す。

 雪月に屈辱と痛みを死ぬほど迄に味合わせたい明月にとって、その機会は絶える事なくあったという事だ。


 明月は父に愛された記憶がない。

 何故なら母を父は愛していなかったからだ。

 そしてたぶん母も父を愛してはいなかっただろう。

 ……なのに何故か明月が生まれた。

 愛の無い二人なのに、どうして明月を誕生させたのか……。

 それはただ、父の後を継ぐ存在を残す為だけであったのだろう。

 それだけの為……。

 そして父は真実の愛を知り、その愛に溺れその愛に生きた。

 ならば同じ境遇の母は?……真実の愛など知る事もなく、ただ屈辱的な日々を過ごす事となった。

 名家の娘として生まれ、蝶よ花よと育てられた母にとっての屈辱。

 それは愛されない事ではない。

 そんな事は百も承知で育てられているし、両親だって変わりはしない。

 ならば何が屈辱なのか?

 その正妻の座を、自分よりも格下の女に明け渡す事だ。

 自分が生んだ息子が跡継ぎとされずに、の子供がなる事だ。

 それだけは許せない。

 母は少しずつ精神を病んでいった。そして明月も病んでいった……。

 母の望む通り、名の知れた家柄の令嬢を娶り。

 これから父に突き付けられる、自分達母子に対する仕打ちに対抗する地盤を固めた。そして対峙する前に父は死んで

 憎き女の忘れ形見を遺して……。

 今までの彼らの憂さを晴らす存在を遺して……。


 見れば見えるほどに、男とは思えない程に美しい弟……。

 父の事で呼び出し痛めつけた。とことん痛めつけて屈辱的に陵辱した。

 母方の祖父母は引き取りたいと言ったが、父に恩があるから強くは言えないし、今でもこちらとの関わりはあちらを左右するものだから、内情を気づいたとしても強くは言えない。

 つまり雪月は父の望む様に鏑木家の新当主となれなければ、鏑木家新当主となった者の言いなりになるしか術はないのだ。

 両親が与えた苦痛と同じ苦痛を、受け続けるしかなかったのだ。


「雪月、幾つになった?」


 激しくしつこい程に雪月の躰を弄んだ男は、身を離すと馴染んだ様子で聞いた。


「…………」


「高校は卒業しただろう?」


 雪月は頷く。 高校だけはどうにか卒業した。

 男達の相手をさせられていたが、其処は名門私立学校だ金の力で卒業はできる。


「……いや、せいぜい高校生までかなぁ……って思ってたが、君はいつまでもだなぁ、って思ってね……また来るよ」


 雪月はその言葉を簡単に理解する。

 ある程度格式高い財閥である鏑木家の前当主が、男の甲斐性であるとは言われて来たものの、かなりドロドロの離婚劇を繰り広げた程の、スキャンダルの元凶である〝美貌の愛人〟その女の忘れ形見の美少年に群がった、特殊嗜好の金持ち達。

 その金持ち達の特殊な興味が、雪月の成長と共に体格が変化を遂げれば、薄れて行く事は否めない。つまりこの関係が続く事がなくなる可能性がある。だから雪月は、明月の管理の下で思春期の成長期を過ごした。

 健全なる男の大人に成長しない様に、特殊嗜好の金持ち達を奮い立たせる様な、美少年としての雪月としてそのまま成長させる為に……。その為であれば、明月は雪月がどうなろうとよかったのだろう。雪月に苦痛を与え続ける事ができなければ、何も雪月を生かしておく必要性もなくなるのだから……。

 だがそんな事をしなくても、こんな生活を送っていれば、決して順調に大きく育つはずは無い。そう雪月は思い腹違いの兄の、異常なまでの憎悪を知った。


 散々弄ばれた躰は重たい。

 今日はこれで終わりだが、下手をすれば何人かの相手をさせられる事もある。

 明月は心身ともに雪月を痛めつけたいのだから、雪月の躰の事など考えてはくれない。痛めつける相手が多ければ多いほどいいのだろう。

 何人もの相手に痛めつけられて、そのまま死んでもきっといいと思っていると思う。当初輪姦も経験させられたが、で雪月は自分の存在を理解した。

 母は何の罪も無く父に愛された。

 母は決して望んだ事ではないのに愛された。そしてそのお陰で、祖父の会社は今も存在する。

 だがその為に明月は父に顧みられず、明月の母は屈辱を受けた……そう、明月が感じていれば、そうでなくても事となる。それはお門違いだと言ったところで……だ。

 その憂さ晴らしに雪月が存在する。

 実の父にできなかった憂さを晴らす為に……。




「ねぇ……」


「ん?」


「トイレ……手を離して」


「ダメ」


「堂条さん……マジで漏れる」


 雪月が身を捩って言うと堂条はクスッと笑って、雪月を後ろから抱きかかえていた手を緩めた。


「ついでに水持って来て」


「分かった」


 雪月が手慣れた様子で、無造作に脱ぎ捨てられたガウンを身につけて、部屋を出て行った。

 堂条が雪月の存在を知ったのは分家筋に当たる親戚……二十歳になっても少年の様に可憐で可愛い男が存在すると、話す事すら面倒としか思えない年下の惟雅これまさから聞いたからだ。

 惟雅は分家筋に当たるものの、何かしらと堂条に敵対心を持つ、堂条にとって最も面倒な存在の親戚だ。

 親戚といっても、決して近い親戚筋には当たらない。

 何故なら堂条の父は早逝で、そして兄弟はいない。

 その息子も堂条一人しかいない為、堂条は幼い時からそれは厳しく祖母に育てられた。

 母は父が死んだと同時に、里に返されてしまった。

 堂条の血を継ぐ者を産む機会が二度と無い母は、祖母からしてみれば不必要な存在だったのだろう。我が身を棚に上げて。

 そう、祖父も早くに亡くなっているから、 家柄同士の婚姻であった祖母は、一人息子を堂条の跡取りとして立派に育て、そして孫の堂条瞳眞どうじょうとうまを立派に当主として育てあげた。そんな祖母を一族の者や祖母を知る者達は〝尼御前〟と呼んだ。

 名だたる財閥の中でも、遡れば天子をお産みした皇后や寵愛を欲しいままにした后妃を輩出した、それは由緒正しい家柄でそして現代まで名を落す事なく続く堂条家の当主を、嫁いだ身とはいえ二人も幼い頃から支え、事業も時代の波に外れる事なく大きくしたのだ。そんな祖母に育てられた瞳眞は、それは圧迫感に押し潰されそうな程に厳しく育てられ、そして祖母が他界してからの彼は箍が外れた様に奇行が目立ち始めた。

 数知れず男女問わずに、関係を持つ様になったのだ。

 同時期に複数と関係を持つ事もあり、その者達は男女問わず野望を持つ者が多かった。まっ、見目麗しい者達を選べば、古の昔からで身を立てようとするのは当たり前の事だ。当然ながら現代においても変わりはしない。

 当然の事ながら、堂条の妻の座を狙う女性ものばかりだったが、そうではない者達は堂条の立場を利用して、のし上がって行った者も少なくない。

 俳優モデルその他才能のある者……堂条はいっ時の火遊びの様な関係でも、惜しみなく金を与えた。

 だがそれだけだ。堂条は関係を持ったとしても直ぐに飽きる性分で、直ぐに彼らに興味を持つ事はなくなる。だが手切れ金であるが如くに、彼らが望みを叶えるまで支援してやる。だがそれまでに堂条の記憶から彼らは消え去り、名前さえ顔さえ忘れてしまっているのだから、いつまで経ってもそういった相手を、探す事をやめる事はなかった。

 そんなスキャンダラスな堂条の嗜好に、雪月の存在が引っかからないわけがない。

 鏑木家の当主を腑抜けにした、美貌の愛人と噂されるの忘れ形見の美貌の少年……その高貴な血を受け継ぐ鏑木の忘れ形見の美少年……。

 惟雅は直ぐに堂条を鏑木明月に紹介した。

 本家の年上の若き当主に、対抗心と憧憬を抱く惟雅の感情というものは少し厄介だ。

 堂条の嗜好に合ったものを当てがって機嫌を取りたい反面、再び堂条家の当主のスキャンダルに大いに期待を寄せている節もある。

 そして雪月を憎悪する明月は、男女問わず遊びまくる堂条に、雪月を当てがう事に躊躇など持つはずもない。雪月を与えて堂条と縁を結べれば、事業にこれ程に美味しい事は無い。仮令堂条が雪月を飽きて捨てようとも、できた縁は大事に続けさせて頂く目論みがあった。

 短気で堪え性のない堂条は、明月と会ったその日に雪月を値踏みし、そしてそのまま雪月を気に入って連れ帰った。

 連れ帰えられるとは思っていなかった明月だが、大きな利益を期待して殺したい程憎んだ弟を、自分より格上の名家の当主に差し出した形となった。




「はい」


 シルクのガウンを身に纏った雪月が、ベッドで待っていた堂条に冷えたペットボトルを差し出した。


「雪月も飲む?」


 堂条は身を起こして、一口飲むと雪月に手渡した。

 雪月は手渡されたペットボトルに口を付けて、ゴクゴクと音を立てて飲んで、堂条が手に持つキャップを奪って回した。

 ……と同時に、待ち兼ねた堂条が腰を引いてベッドに促した。




 明月から捧げられる様に連れ帰った雪月を、堂条はそれは激しく抱いた。

 かつてない程に雪月に溺れた。

 これがあのかつてまだ若かった頃、数度会った事のある鏑木当主が溺れた女の忘れ形見かと思うと、堂条は理由も分からずに溺れた。

 鏑木は息子の明月の様な下衆な処の無い、堂条すら認める程の紳士だった。

 出自が物語る、それは大人の紳士だった。

 堂条が父に求めるを備えていた。

 そしてその鏑木が、ドロドロにスキャンダルに塗れる程に愛した女の忘れ形見で、そのままの面影を遺すと噂のある雪月に溺れた。

 まるで鏑木が溺れた様に……。

 否違う、鏑木が溺れた様に堂条は、愛人に溺れたかったのだ。

 鏑木が溺れた様に……愛人に溺れたかったのだ。

 ドロドロのスキャンダルに塗れる程に……。

 そして堂条は、その愛人の子である雪月を手に入れて、を叶えたのだ。

 雪月に纏わる全てのスキャンダルが、明月の憎悪が、雪月の弄ばれ続けた過去が、ドロドロのスキャンダルと化して堂条に塗れさせた。

 明月の母がゴネていなければ、雪月の母は〝愛人〟ではなかったろう。

 だが明月の母は決して正妻の座を、雪月の母に譲る事はなかった。

 だから雪月の母はどんなに鏑木に愛されていても、どんなに周知の事実として鏑木の後年の妻であろうとも〝愛人〟でしかなく、そして堂条はその二人の関係に憧憬を抱き続けた。二人が美しいまま亡くなったので、は堂条の中で大きいものと化して行ったのだ。

 祖母を亡くし枷を外した堂条が最も欲した物、それが鏑木が溺れた〝愛人〟だった。その存在を欲しくて欲しくて数多と関わりを持ち、そして何時も失望した。

 鏑木の〝愛人〟の雪月の母の様な存在が、堂条には見つからなかったからだ。

 そして親戚の中で最も面倒な存在でしかない惟雅が、鏑木の〝愛人〟の忘れ形見を見つけて来た。

 目にすれば驚愕の美しさを放ってに存在した。

 堂条が欲しくて欲しくて堪らなかったがそこに在る。

 当然の様に、手折って持ち帰るのが当たり前だ。

 持ち帰って萎れてしまうとか枯れてしまうとか、そんな事など考えてもみなかったし、仮令そうなったとしても、自分の元に置きたかった。哀れに朽ち果て枯れ果てた姿を眼前に見れば、そうすれば抜け出す事のできないこの呪縛から、抜け出せる様な気がした。

 だから呆気に取られる明月を押しやって、自分が持ち得る権力全てを振りかざして、雪月を持ち帰り気がすむまで抱きつくした。

 そしてそんな行為が日常的に雪月に行われていた事実に、堂条は我が身を棚上げして忿怒した。それが嫉妬である事は、直ぐに自覚した。




 堂条が微かに雪月の背に口付ける。

 そこは決まって肩甲骨の左脇。微かに残る


「まだ残ってる?」


「あと二回もば綺麗になる……」


「本当かなぁ?」


「俺が言うんだから本当だ……」


 雪月の左腕から抜け落ちたガウンを、堂条が右腕からも脱ぎ落とした。


「雪月は良かった?


 微かに残るあとを撫でながら聞く。


「良くないよ!痛いだけだった……だけど、あの人はそんな僕が良かったみたい」


 雪月の話しを聞くのは辛い。だが全てを知りたいから、どうしても聞き出してしまう。

 雪月の背中に幾つも、小さな刺青が彫られていた。

 雪月の白肌に黒の刺青を入れて、苦痛に喘ぐ雪月を愉しむ悪癖の男がいたが、雪月をいたぶり尽くしたい明月には、格好の客だったといえるし、かなり事業にも関わりを持って助けてもらっていたらしい。その事からも雪月がかなりの変態行為を、強いられていた事が想像できるし、確かに躰のあちこちに痕や傷を想像させる物を、残されていた事を思い出す。

 さすがに複数の大人に辱められていた雪月の躰に、表立って大きな痕は残せないから、あちこちと〝自分の物〟だと誇示する様に、小さな痕を残している特殊嗜好な大人達。

 を見てそのままで済ませる堂条ではない。その男を探し出させ立ち直れぬ程に叩き潰したから、関わりを深く持った明月には痛手であった事は確かだ。

 それを皮切りに、堂条は雪月に関わった男全てに制裁を加えた。

 祖母の過酷なまでの厳格な教育を受けて育った堂条は、かなり人間として欠落した処が多い。思い遣りというものを、祖母は堂条に教えなかった。否、祖母に存在していなかったのかもしれない。

 そして偏った愛情が堂条の中で育った。

 興味のあるものにはとことんのめり込むが、無いものには存在価値すら見出さない。

 ずっと焦がれた〝愛人〟を手に入れ、その〝愛人〟を痛めつけ汚したものに対する憎悪は、たぶん常人のではない。

 そして殺してもいい程の憎悪を抱いていた明月が、それ以上の憎悪を抱かれてしまった事に明月は知る由もない事だ。



「ねぇ……」


 肩甲骨のに口付けされて、甘える様にねだる雪月に、堂条は唆られて躰を重ねていく……。




 雪月と念願のを築いて、堂条は外に興味を持つ事がなくなった。

 結局堂条は、鏑木の様になりたかったのか……。

 あの、父を思い描いた鏑木の様な……。

 そして堂条は、ある思いが支配し始めたのを知っている。


 ……〝愛人〟に会社をあてがうのも、いいかもしれない……


 今まで関係を持った相手の、希望を少なからず叶える手助けをした堂条だが、それは相手の夢や希望であって、決して自分の側に置く事ではなかった。

 それもそのはずで、結局最後には顔も名前も忘れてしまうのだから。

 だから自分の側に置く様に、堂条の分家筋を含めた一族で締める事業に、を置く考え自体が有り得ない事だ。有り得ない事だが、堂条はそう思い始めた。そう思うという事は、堂条はずっと雪月を傍らに置いておくと考えている事だ。ずっと雪月を〝愛人〟という関係で、束縛するつもりでいるという事だ。

 その為に堂条は雪月を、自分の息のかかった大学に進学させ勉強させている。

 雪月が卒業したら、一つ大きな会社をあてがうつもりだ。

 その会社は以前から、堂条がどうしても欲しかった会社だ。

 父の顔も知らずに育った、貴き堂条の血を流す父。

 その父の面影を重ねた、憧憬すべき男が遺した会社。

 そして最も愛した我が子に遺そうとしながらも、そうはいかなかった鏑木の会社を、鏑木が望んだ雪月にあてがう。

 そしてその頂点に堂条が君臨し、一生雪月を自分の物とする。

 その為に蹴落とす明月の悲惨さなど、到底堂条の頭の片隅にすら存在しない。

 否、雪月の身体に与えた痛み分は苦しんでもらわなければ、堂条の気が収まらない。とことん痛めつけてそして全てを奪い盗る。

 それだけの〝力〟と〝権力〟を持っている。




「今日は病院に行く日だぞ」


 大学の側で車から降りた雪月に、後部座席の堂条が窓を開けさせて言った。


「分かってる、さっきも言ったよ」


「あと二回で綺麗になるから……」


「それも言ったよね。忘れないで迎えに来て」


 雪月が少し歩きながら言った。


「お前が忘れるな」


 堂条が言うと、雪月は振り向かずに手を振った。

 そして直ぐに堂条の分家筋の子息達と合流した。

 それを見て安堵した堂条が、窓を閉めさせて車を出させた。


「会社へ向かわれますか?」


「ああ……」


 堂条は動き始めた車中から、大学生が目につく歩道を見つめた。

 堂条の息のかかった大学には、関係者の子息達が多数通っている。

 その子息達に雪月を守らせているのは、堂条の執着心からだ。

 散々男に身を売らされた雪月に、下手な虫がつかない様に気を配る。

 そこまでする堂条は、やはりただならぬ嗜好の持ち主だ。

 ただ雪月が変わる事がなければ、二人の関係は変わる事なくいつまでも続く。

 少し歪な異常過ぎる愛を、堂条は普通に愛人に捧げる。

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