ハッピーエンドの黒幕

星宮コウキ

第1話 白い日常

 その時、私はまだ幼い少女でした。


『——により、少女の命が救われました』


 だからその頃の記憶はないのですが、当時私は重い病気だったそうです。治らないかもしれなくて、家族だけでなく世間が大騒ぎだったそう。


 それでも、治ったそうです。だから今生きているのです。なのに、なのになぜ……。


「なんでお母さんは泣いてるの?私はちゃんと生きてるよ?」


 母は事あるごとに涙を流すのです。その涙の意味を私はまだ知らない。



 ******************



「あ、おはよ」


 私の日常は平穏そのもの。なんの変哲もない、ただの女子高生だ。我が家は母子家庭だが、不自由なく暮らしている。遠くに出かけているお父さんの蓄えで生活には困っていないし、母に余計な負担もかけずに済んでいるからだ。


「遅いぞお前、置いてくところだったぞ」


 前方には1人の少年が不満そうな顔で立っていた。何を隠そう、この少年と私は幼馴染みなのだ。


「あんたが早すぎるのよ。まだ遅いと言われるような時間じゃないわ」

「俺の方が早かったから、お前が遅いんだ」

「はいはい申し訳ありませんでしたー」


 こんな些細な揉め事は日常茶飯事。しかしこれもまた、私の平穏の一部なのであった。


「今日はどこ行くんだっけ」

「お前今日18の誕生日だろ。お前の欲しいもん買いに行く。……そのあと俺の用事に付き合ってくれ」

「あれま、あんた私に惚れたの??」

「馬鹿じゃないのか?」


 そんなことを言いながら、笑い合って進む。こんな冗談を言い合えるのも、こいつが唯一心を許せる人だからだ。


「あ、じゃあお昼は叙々苑で……」

「頼むからせめて俺のポケットマネーに収まるようにしてくれ」








「あー、みてみて!猫ちゃん!」

「ペットショップがあったら必ず立ち寄るのやめないか??」

「えー、いいじゃん」


 欲しいものを買ってくれる、とは言ってもそんなすぐには思いつかなかった。だから適当にお店を回ることにした。


「あ、あっちのお店見ようよ」

「げ。特にお前と行くのが気まずいんだが」

「いいからいいから。今日は私の行きたいところに着いてきてくれるんでしょう?」

「話がすり替わっとる……」


 なんかあいつが言ってるけど、知らないふりをして店頭にいるおねえさんに話しかける。


「いらっしゃいませ」

「すいません、ネックレスを探してるんですけど」

「はい、お二人はカップルですね?お揃いのものをご用意しますか?」

「いや、俺たちはカップルじゃ……」

「いえ、こいつに奢らせるので私の分だけでいいです」

「かしこまりました。それでは……」







「……なんで否定しないんだよ」

「ん、なにが?」


 買い物を終えて、駅に向かう。これからはこいつの用事に付き合わなくてはならない。まぁいい買い物ができたし、よしとしよう。


「付き合ってることだよ」

「あー、お店の人にいちいちムキになっても仕方ないよ?それにおかげで少し安くしてくれたじゃん」

「それはそうと、一番高いのにしなかったんだな」

「だってこれが一番似合うってあんたが言ったんじゃん」

「俺基準でいいのか?」

「……女心がわからないならいーですよーだ」


 こんなものは普段買わないのだが、今日くらいはこれくらいの贅沢を許してもいいだろう。……自分のお金じゃないし。


「あ、あんたの誕生日にそれなりのお返しするね」

「……別にする必要ねーけど」

わ・た・し・が・あ・る・の!」

「わかったわかった。ほら、行くぞ」

「はーい」


 多分だけど。これは私の推測でしかないけれど。今日ほど嬉しくて、幸せな日はないだろうと思っていた。今までも、これからも。そんな日になるはずだった。

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