負け犬レフト
白陽麗聞
負け犬レフト
「ゲホッ! ゲホッ…フュー…フュー……ゲホッ!!」
僕は生まれて間もなく小児喘息、それも生まれつき気管支が弱い人間だった。
僕の家系上遺伝的なのか祖母が喘息を患っていて後に母が、そして生まれた僕も必然的に喘息持ちになってしまった。
そんな僕を家族はとても心配してくれていて暖かい家庭の元、僕は育っていった。
僕の住んでいるこの町は北海道の東側に位置する、比較的涼しい環境の町だった。
だからこそ季節の変わり目、特に冬に差し掛かるタイミングはよく気管支が狭まってしまい発作を起こし苦しんだ経験が何度かある。
両親は共働きでよく一人で留守番する機会が多かった。子供らしく外でたくさん遊びたい気持ちは山々だったが、友達と普通にはしゃいでいるだけで他の子よりも体力の消耗が激しかった僕は満足に遊ぶことが出来ず次第に家に籠りテレビばかり見るテレビっ子になってしまっていた。
小学校に上がったところでやはり苦手だったのは体育の授業だ。 特にマラソン大会のシーズンはもう憂鬱で折り返しになる位置でいつも体力が限界になり最後まで走りきる事が出来ずクラスメートに迷惑をかけてばかりだった。
ーあぁ、もう体育やだなぁ…、動きたくないよ…。ー
宿題を終え、明日の時間割りを確認するために学級通信を見返してそこに表記されている『体育』の文字に思わずため息をこぼした。
そんなある時だ、僕は学校終わり母に連れられ町民営のプールにつれていかれた。
なにやら喘息持ちは体力をつけるために水泳をやるのが効果的らしく、普段外で体を動かさない僕を見かねてスイミングスクールに通わせることにしたらしい。
確かに水泳では普段走っているよりかは、体の疲労も体力の消耗もあまり感じず続けていくことができた。それでもなかなか普段の授業の体育では安定の運動音痴であった。
水泳を続けて3年の月日がたった。僕の居た学校では3年に上がると部活動に入ることができる、ただ田舎の学校なものであるのは野球かバレーボールしかなかった。友達のお母さんが昔この学校の卒業生らしく当時は学校にもプールがあり水泳部があったらしいが時の流れと言うのか過疎化が進み生徒の数が減っていくなか自然と部活動がこの2つとなり、学校のプールも埋め立てられたらしい。
もちろん僕にはそんな激しい運動なんか出来るハズがない、ましてや野球もバレーの知識なんて持っているハズもない。だがそんな中クラスメートの仲良しだった友達はほとんど野球部に入部し、それから独りの放課後が増えるようになった。
水泳を始めて4年経った時だ。野球部に所属している友達が放課後遊ぼうとの誘いがあったので、それはもちろん喜んでいった。その友達とは家が近く幼い頃からよく遊んでいた仲であった。よく二人で友達の家の裏に広い場所があって通称『俺たちの公園』という昔何かの工場があった跡地で今はその面影もない更地で遊んでいた。
外で僕が外で待っていると、
「よし! やろうぜ!!」とビニールの小さいボールと使い古した表面べこべこなプラスチックのバットを持って現れた。
僕は特にうんともすんとも言わずいわゆる草野球を始めた。メンバーも僕と友達だけの二人きり、二人で野球っぽい事と言ったら大抵はキャッチボールを想像するがやってる事がピッチングとバッティングだ、僕がバッティングをやって空振りしたら後ろに拾いに行くしたまたま打てたら友達が拾いに行く。時折攻守交代を繰り返し気づいたらいつの間にか日が落ちて辺りは暗くなっていった。
「あっ! ごめんそろそろ水泳の時間だ!」
「じゃ、今日はこのあたりにしよう。」
そうしてお互いの家に帰っていった。 車で市営プールに行く道中僕は今日やったバットの感触、ボールを握った手の感覚を忘れられずにいた。
ー野球、楽しかったな…ー
そんな気持ちもいざ水泳の時間になったらスイッチが切り替わりあっさり忘れていた、だけどこの時だ、この時がきっかけで僕は全く興味が無かった野球に心惹かれるようになっていった。
ある日の放課後、この日は水泳はお休みで友達たちはみんな部活で僕は一人の時間を過ごすことになった。一人で学校の中をふらふら歩いていると窓の外からグランドが見えた。
顧問の先生がバッターボックスに入り上級生の先輩たちが守備に着いて練習している。いわゆるシートノック練習というものだ。その後ろ外野より後ろ側でクラスメート達や1、2個上の先輩たちがキャッチボールをしている。
もっと野球というものを知ってみたい、そんな想いから僕は自然とグランドに足を運ばせていった。
「次っ!! ショートぉー!!」
「バッチコォーイッ!!」
ーカキィーンっ! バスっ! ヒュン! ボスっ!ー
「ナイスショート!! ナイスファースト!!」
凄い迫力だった、守備も着いたら野球ってこんな感じになるんだ…。
僕はグランドの端にあるちょっと山になっている丘のところで夕暮れのグランドに闘志溢れる活気と清々しい汗をかく野球部の姿を眺めていた。
「あれ? 君は…。」
後ろから誰か来た、振り返ってみてみるとクラスメートのお母さんだった。
「こっ、こんにちは!」 「はい、こんにちは。 見学しに来たの?」
「はい…。」 「ふ~ん、君は野球やらないの?」
「僕は、まだ自信がなくて…でも来年、5年生になった時に入りたいです!」
ー!?ー あれ?なんで僕勝手にこんな事言っているんだろう?
「そっか、そしたら来年みんなと試合に出れたらいいね♪」
「……、はいっ!!」
自分が一体何に動かされたのか、一体何でそんな言葉を発したのか分からなかった。
だけどそれがきっかけとなったのかその日以降僕は自ら野球について興味を持つようになった。
休日になると図書館に行っては野球に関する本を読んだりしてルールやゲームの流れポジションの役割について学んで行った。
また、クラスメートとかの日常話の中でよく野球漫画の話で盛り上がる場面が多々あったので僕も何か知ろうと思ってよくテレビを見る事があったので色々見ていくとその時やっていた野球漫画原作のアニメがやっていたので試しに見てみることにした。
その内容が主人公が実力あるのに内気な性格でいつも満足いくプレーをできないでいた。そんな主人公をメンバーがフォローし合って互いに成長をしていくという王道青春ものだった。そんな仲間同士の熱い展開に僕はいつの間にか目を奪われてしまっていた。
ー 野球を通して僕もこんなチームの一員になれるかな…? ー
それは、今まで自分が不得意としている運動から来る不安な気持ちの感情では無く、いつか自分の不得意だった運動に足を踏み入れ強い仲間との絆を作り上げて行けるという期待からの感情だった。その番組を見終わった後、30分近くその場で固まり落ち着いたところで僕は両親に思いの丈を告げた…。
1年後、
「そう言えば、お前今日からだったよな? ちゃんとグローブ持ったのか?」
「当たり前だよ! ちょっと一緒に行こうよ!」
晴れて僕は5年生に上がった時に4年間続けた水泳を離れ野球部に入団することとなった。
顧問の先生は学校の1個下の学年担任の先生と2年生担当の副担任の先生二人でレギュラーを担当するのが一人目に紹介した先生で野球初心者の僕はもう一人の先生の方で基本となるキャッチボールから始まった。
そんな中クラスメートたちはもう2年分練習しているためだいぶ遅れをとっていた。
その年初めの練習試合もありポジションを決める選抜もあり遅れがあった分僕も僕なりで練習に取り組んでいた。だが、たかが2、3ヶ月キャッチボールしかやってこなかった僕にそんな機会など来るはずもなく選抜にすら参加することも出来ずに泣いて帰って来ることもあった。
その事を両親に愚痴のように溢した時は逆に怒られたことを今でもふと思い出してしまう。
どうしても悔しかった僕は同じクラスメートの選抜に選ばれなかった友達と一緒に練習することにした。
「ねぇ、どうしたら僕たちも試合に出れるかな?」
入ったばかりの生意気がそんな分かりきった曖昧な答えを求めて聞いてみた。
「ん~…、そんなのとにかく練習して上手になるしかないよ。」
当然の答えに僕は何も返事をすることができなかった。
「あっ、あれだよ! ノック練習とかで上手い守備を見せればレギュラーに入れるんじゃない?」
確かに、守備が上手いやつを見ているとみんなノック練習の時は遊び感覚なのかテンション高くボールを追うときもダイビングキャッチなど決めて目立っていた、僕にはそんなセンスも根性もあるわけではないので到底出来るハズもないましてや変な潔癖があってグランドの上をユニフォームですべって汚すことに抵抗があったので考えもしなかった。
でも僕が上に上がるにはこれしかなかった。
ー タタタッ ズザッー! バスッ!! ー
「おぉー!! よく捕ったな!!」
ー おおぉぉぉぉぉ!!! ー
周りの目が僕に集まった。 その光景に思わず僕も達成感を得た。
その後、練習終わりにグランド整備を終え帰ろうとしたときあのとき話していたクラスメートの友人がバットを取り出した。
「えっ、お前まだ帰らないの?」
「うん、もう少し練習してから帰るわ。」
そう言って夕闇おの中一人で素振りをする姿を見た後、僕は他のメンバーと共に家路へと向かった。
夕食を澄まし、入浴をしている最中僕はあの時の彼の姿を思い出していた、彼は選抜メンバーになれなかった事に対しての自分の未熟な部分の克服と試合に出たいという熱い気持ちの中で努力を惜しまず頑張っていたのに自分はと言うとただ際どい内野ゴロを一回捕れただけで優越感に浸り満足している底辺の人間ではないかと…。
次の日の練習後、
「じゃ、おつかれ〜。」
「また、あしたねー!」
いつも通りの練習を終えメンバーがほとんど去ったグランドには静けさと、カラスの寂しげな鳴き声が響き渡っていた。夕日は沈みつつ辺りは夜に向かって暗くなる頃に僕はおもむろにグローブを取りだし一緒に残ってたクラスメートのメンバーにキャッチボールをお願いし誰もいない広々とした空間に二人のグローブが、ぼすっ!ぼすっ!っと音を立て乾いた空気に響いていた。
入部してから2ヶ月くらい経った頃だ、守備についての実力テストが行われた。最初に僕はライトに着いたがもともと足が遅かった事もあっていざ外野フライが来たところで、
「おーい! ライトォ!! 行ったぞ!!」
その唐突な言葉に焦ってしまいつつ僕は冷静な判断などましてやゴロとは違いはるか上空に上がった一点のゴマ粒のようにボールに対してどこに立てばいいのかも分からずただ両足を交互に一歩前進、後進を繰り返している端から見れば不思議な動きをしている変なやつだ。
結局僕に向けられ飛んできた外野フライは僕の頭を軽々と抜いて後ろに落ちていった。
その後外野では使い物にならない僕は次に内野側でノックを受けることになった。順を待ち僕の番がどんどん近づいてくる、最初はショートに着いて緊張と不安の最中僕に与えられるチャンスは今やっている内野側しかない、どんなに捕りづらい際どい球が向かってこようと抜かれたらそれまで、試合ではノックのような優しく自分にボールが来るはずもない予想しない打球が来るハズだ。最早これは試合のポジションを決める安直な生き残りゲームではない常に自分はチームの為に仲間の為に行動や判断が出来るのか問われる個人個人の能力テストだ。
だからこそ一球も後ろに抜かされてたまるかと表情だけ固く、感情を熱く順番を待った。
「次ぃ!! ショートォ!!」
来た! 僕の番だ。 「バッチコォーイィ!!」 ー パンッ!! ー
決意と覚悟の怒声と勢いに感化され自然とグローブに右の拳と叩き入れた。
ー キンッ!! ー まずは自分の位置から右側に転がってきた平凡な内野ゴロ
これは易々とキャッチし捕球と同時に流れでファーストへ送球
「次ッ!!」 ー カキンッ!! ー
!!! 次に来たのは反対方向に強く早い普通に動いては間に合わない打球
一瞬だ、本当に一瞬打球の放たれた音に反応しその後は何も考えずただ打球を目で追い僕の目の前を横切るタイミング、ここでボールに向かって飛び込んだ。
ー ゴスッ!! ー それは明らかにグローブにボールが入った音ではない鈍く生々しい音だった。
そう、野球を始めて時期の浅い僕には馬鹿正直に手を伸ばしてグローブでギリギリのボールを捕るなんて危険な綱渡りをする駆け引きなぞ出来る余裕はなくとにかく後ろに抜かれたくないという気持ちから全身で飛び込み体で打球を受け止め胸でボールを捕った、とても野球選手になりたい人間にとって見た目的にもダサくカッコ悪い捕球をした、胸に強い打球を受けたとき走ったこともあり息が上がっている中、肺の方にも強い衝撃をくらった事で一瞬呼吸が困難になったがすぐさま右手でボールを掴みファーストに送球する。半分泣き顔になった僕に顧問の先生は、「良く止めた!! ナイス根性っ!!!」
周りのメンバーもそんな顧問の言葉につられ 「ナイスッ!! すげーな!! ナイスガッツ!!!」
そんな周りからの声援の中、練習は終わり選抜メンバーの発表が行われた。
まずはピッチャー、キャッチャーその次に内野側
「セカンド、お前に任せる」 僕はこの度の体を張った根性と短期間での目覚ましい成長に見事内野のポジションを獲得することが出来たのであった。
それからというものの僕の所属する野球部は田舎の学校というものもあり部員が少ない中他のメンバー育成に尽力を注いでいるため各部員にも試合に出る機会を設けているので、その都合上僕もセカンドというポジションにだけに留まらず積極的にも他の内野ポジションに着いたりなどして地道にスキルを伸ばしていった。
そしてその年の夏、初の公式戦に参戦した僕らはその町の強豪校と初戦に当たりいかに自分達のレベルが底辺な物かと思い知らされるのであった、その試合は5回をもって完膚なきまでにコールド負けを点数表に刻まれたのだった…。
上にはもちろん上がいる、北海道という広い北の大地の東端にポツンと建っている名も知れ渡っていない田舎の学校が頂点に成り上がれるようなサクセスストーリーなどではない、今回の試合終了後には僕自身も完全に気が抜けてしまい普段の練習から単純な凡ミスを繰り返すようになってしまっていた。練習試合でも気が散ってしまう場面が多々あり捕球ミス、送球の失敗などが重なり次第に選手としてのスキルを失っていった。その結果僕は遂にセカンドというポジションを一個下の後輩に奪われるまで堕ちていってしまった。
それでも時というのは無情にも刻々と進んでいく、何もないまま小学校最高学年の6年生となった僕は相も変わらず練習は何も考えずただ与えられたメニューをこなしていくしょうもない部員へとなってしまった。
守備もそうだがバッティングも元々弱かったので学校が休みの日は親に頼んで町のバッティングセンターに連れていってもらい一人無感情でマシンから放たれる意識のないボールを打つと言うよりも当てていた。
僕自身喘息の関係というか言い訳になるかもしれないが今まで運動というものには触れていなかった時間が長かったのでその分いい言い方をしたら体格が良かった、悪く言えばただの野球をやっているデブだ。
練習中、試合をしている中僕がバッターボックスに入ると味方側からよく僕に向けて
「とにかく当てろ!! お前は当てれば飛ぶんだからなぁ!!」
そう当たれば飛ぶ、と言う事だは僕は普段打つことができない点数の生産性がないバッターなのだ。守備もレベルが下がる打撃も使い物にならないそんな僕はいつの日か野球が嫌いになっていきそうになった。
セカンドを奪われ、内野の他ポジションにも入れなくなった僕は次第に外野側のメンバーと混ざって練習するようになった。
始めた頃よりはだいぶ外野フライに対して冷静に判断し、捕球することが出来るようになったが外野というのは僕的な観点からしたら捕球した後が大事で、そこに問題があった。
内野でもそうだったが外野で打球を捕ったら直ぐ様状況を判断して的確に内野側に送球するのだが、僕はどうも肩が弱く捕る位置にもよるのだがまともに投げることができなかったのであった。結局そんな弱点は1年~2年での練習では克服できず、小学生時代の野球生活は公式戦もまともに守備に着けずお情けで代打で塁に出たランナーを進ませる囮役として最低な最後で幕を閉じたのだった。
そして次の年の春、12才になった僕は中学生へと進学し新しい生活が始まった。
中学へと上がったときには今までのクラスメートとは他に更に山の方の学校からも生徒が集まって、少し賑やかになった気がする。
この学校には少し変わった規則があって、それは全生徒何かしらの部活に所属しなければいけないのだ。
小学校とは違いここは、野球部バレー部はもちろん卓球部とバドミントン部が加わり選択肢が増えたわけだが今さら違うことをまた学ぶのも面倒という事もあったので僕はまた野球部に所属することに決めた。
僕の通っていた学校の野球部は全体的に3年生しかおらずほぼみんな小学校からの見覚えがある人たちだった。逆に2年生は一人しかおらず小学校の時いたメンバーはほとんどバドミントンの方に行ってしまったらしくその年の夏が終わって3年生が引退してしまうとほぼ強制的に僕らもレギュラー扱いになってしまう状態だった。
とにかく今3年生が居る間は考え無しにボール拾いやら、荷物運びに各種道具の手入れなど雑用メインの目立たない存在になろうと、そんな気持ちで日々参加していた。
時折、練習を終えた後にまた何人か残って個人練習をしていた。
こんな田舎の辺境な町の片隅に志高く汗を流す彼らの姿をいつぞやの悔しさをバネに練習に励んでいた自分の姿に重ねていた。だが今更自分自身に才能も知識も根性も努力も何もかも諦めて冷めきった心に響くことは無くその場を後にした。
季節は気づいたらセミの鳴き声が鬱陶しく感じ始めた真夏日、夏休みも始まり3年生が引退し本格的な新体制でのチーム練習が始まった。
そう結局僕の学校は夏の全道大会に向けた公式戦は町の強豪校に今年もあっけなく負け終わってしまっていたのだった。試合が終わり3年生を交えた最後のミーティングでは顧問の監督コーチから3年生達に激励の言葉を捧げそれまでは決して見たことがなかった3年生たちの不完全燃焼から来る悔し涙の姿を僕はただ見届けるしかなかった。ミーティングが終わり他の学校の試合が終わるまで時間が空いている中、僕は小学校の時共に遅くまでキャッチボールをしていた彼と時間潰しに近くでキャッチボールに誘われたので二人で久々に会話をしながら投げ合っていた。
「来週から俺らメインで練習始まるんだな。」
「そうだね、……僕、正直自信無いよ、先輩たちみたいにプレー出来る気がしない…。」
「俺だって無いよ、でも折角チャンスが回ってくるんだやらなきゃ損だろ?」
「………、俺に出来るのかなぁ…。」
「出来る出来ないなんて、自分の気持ち次第だろ? 俺はとにかく今出来る事やって今の自分より成長したいからさ? だから今もこうやって野球続けてるのさ。」
!! そう言えばあの頃、野球を始める前は普通のスポーツなんて出来るハズが無いと分かっていても心からやりたくて部活としても今までの僕という人間の成長がしたくて覚悟の一歩を踏み込んで始めていたハズなのに、負け続けてきた事で本当になりたかった理想図を見失っていたことに気づかされた。
「お前だって、前はそうだっただろ?」
「…、うん、そうだったね…。」
その事に気づいた瞬間になんだか今までの自分が馬鹿っぽく感じて思わず微笑んでしまった。
「ねぇ! ちょっと距離伸ばしてキャッチボールしよ!!」
一人、暗い場所に引きこもっていた僕を仲間が一言声を掛け、その一言の力で目の前に広がっていた暗い空間に微かな光が差し込んできた。僕は小学校時代から共に汗を流してきたこの仲間達と精一杯野球をやりたい! この中学3年間もう一度あの情熱をスポーツに尽くしたい気持ちを切り替えその時間帰りまでキャッチボールは続いた。
「新体制でのポジションなのだが、何分人数が少ない事もあって各個人これからそれぞれ指定したポジションで1年間頑張ってくれ。」
監督からそう指示が言い渡され僕はその日からレフトの守備が与えられた。
やはり今までの怠けていた分内野では指名されなかった、仕方ないことだが今の僕には今更どこに着こうが関係ない与えられた守備をこの場所を守っていくのだ、幸いにも苦手だった外野フライも今では普通に捕れるようになっていたのだが送球が相変わらずコントロールができず仮にキャッチャーにバックホームする時なんて
「とぉどけぇぇぇぇぇ!!!!」とか雄叫びあげながら全力で投げるとこれがまた大暴投でホームベース遥か上のバックネットをギリ越えるか越えないかの端まで伸びてしまい
「おいっ!! ふざけてんのか!! ちゃんと投げろぉ!!」
「さぁーせんっしたっ!! 次気ぃつけますっ!!」
僕としては至って全力で真面目に頑張っているのに何だかなぁ…とやるせない気持ちだった。
だけどこのままだと今後試合にも影響が出てしまう、やはり遠投などして地道に精度を上げていくしかないのだろうか? だとしたらどんなトレーニングが効果的なのか気になって僕は休日を利用して町の図書館でまたいろんな野球に関する本や書類、文献などにも目を通した。
その中である文献を見つけた。
普通に投げるより一度地面にワンバウンドさせた方が早くいく。その文章を見つけたとき確証を持った。
ー ワンバウンドすればその分送球にに対する問題が解決する!! ー
これだ、そう思った僕は直ぐ様行動に出た。
「バックホームッ!!」
僕はその言葉を合図にボールを上に投げずにキャッチャーに目掛けて低く投げた。
するとどうだ、今まで大暴投していた投球がちゃんとキャッチャーのミットに入っていったのだった。これで外野に居るときの弱点を克服し新たなスキルを会得したわけだ。
これで僕はピッチャーキャッチャー以外のポジションを出来るようになった訳だ。
それからの練習試合でもその投球法を身に付けた僕は飛躍的に外野手としてのレベルを上げていき、バッティングも飛ばすことを考えず、ボールを目でとらえ確実に当てて出塁することを目指して振っていき今までの囮役とは違う一人の選手として急成長したという訳だ。
それから2年後、中学3年となった僕は後輩も増えてきてポジション争いが生じている中なんとかレフトというポジションを守りつつ、あの時の情熱を忘れずここまで生き残れた。もうすぐしたら最後の公式戦が待っていた。やれることはやってきた。
そんな中隣町の野球部が僕らの町の方に公式戦に向けた練習試合の申し込みがあった。
もちろん今までやってきた学校以外のそれも隣の大きな町から強いチームが来るのだから自分の腕試しであり成長のチャンスだと感じた。
練習試合当日、確かに今までの空気とは違う緊張の渦の中だ。
試合をやっていく最中、これまでやってきた町の強豪校とは歴然とした差があり相手の攻撃を止める事もままならなかった。そんな学校の野球部に打撃も苦戦を強いられた。
回を重ねる中、圧倒的な点数差をつけられ次第にチームの勢いが失われていた。
しかし諦め掛けていた時、一人塁に出ることが出来た。その次に僕の打順がきた。
ここまで3打席2三振と情けない結果ではあったが、このチャンスだけは繋げたい、このまま終わりたくない心の奥に何か熱い気持ちが込み上がってきた。
バッターボックスに入るなりまたあの声が僕に向けられた。
「あせるな!! お前は当たれば飛ぶんだからな!!」
なんなんだよその当たれば飛ぶって……。
いつまでも舐めすぎだろう、だから今だけこの瞬間この一瞬だけでいい…。
ー キンッ!! ー
!? 当たった!!??
見上げた空には一点の軌道に乗って真っ直ぐセンターとレフトの間を抜いていった。
「おい!! 走れっ!!」
ハッと気づいたときには一塁にいたランナーは二塁をすでに蹴っていた。
急いで走りだし、二塁まで出塁したところで見てみるとまだ外野陣がこちらを舐めてかかっていたのか、その分前傾守備になって後ろに抜かれた時点でかなりの遅れをとっている訳だ。
「まだ行けるぞ!! 走れ走れっ!!!」
!! すかさず走りだし勢い任せにヘッドスライディングを決め見事3塁に出塁した。
しかしこの時更なる転機が訪れた、外野側がサードに球を戻すときコントロールを誤ってパスボールをしたのだった。その光景を見たときにはすでに立ち上がり走り出していた。
普段は打てず、持病の喘息を抱えながら辛い練習を繰り返し何度も自分の生まれ持った運命を恨んできたことか。負けて負けて負け続けた底辺の僕が一生に一度来るか来ないかの活躍の大場面だ、僕がここで一点入れて次の公式戦もチーム全員全力で戦ってやるんだ!
ー ズザァー!!! ー
「…、セェーフッ!!!」
戻ってこれた…、これが5年間やって来た最初で最後の僕のランニングホームランだった。
この後力使い果たした僕らのチームはそのまま相手に2点という数字の傷跡をつけて試合は終了した。
その後の公式戦も今までとは違い善戦するも敗北しそのまま僕の野球人生も幕を閉じたわけだ。
高校に上がった時はまた違うことにも興味があったので、野球はやらなかったが家には常に個人で使い込んだ軟式野球ボールがおいてある。
今は一人暮らしも始めなかなか野球に触れる機会はないがたまに実家に帰った時、ふとボールを握り瞳を閉じ今でもあの頃を思い出す、僕はあれから成長できたのだろうか?
ただ変わったのはこの5年で嫌いだった体育の時間が野球を通して僕は好きになったのだった。
負け犬レフト 白陽麗聞 @rebn283
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