第69話 時の牢獄(4)




 砂利を踏むゴギョウの足跡だけが響いている。

 おかしな黒霊の後をついていった先は、集落のあったはずれ。すでに建物の瓦礫などは回収して、目立つものは全て整地した後である。

 残るものは小さな砂利と剥き出しの土。建物後は硬く踏み固められたような、白っぽい土床だ。

 建物の壁と同じ素材を使ってあるのだろう。 

 

 いつの間にかおかしな黒霊は居なくなっており、音もなく、霧も相まって居場所を見失いそうになる。

 遠くにぼんやりと青い光が滲むように見えるので戻ることはできそうだが。


 しかし、黒霊のことが気になり、何もないように見えるが黒霊が消えたと思われる周辺をうろうろと歩き回る。

 注意深く地面を観察してみるが変わらぬ土床があるばかりだった。

 少し湿った地面をゴギョウの足音だけが響く。


 「ここは…」


 その場所は建物をクラフトスキルで解体して回る際、他のものより随分大きな建物があった場所だった。

 大きな建物はいくつかあったが、そこは一部屋が特に大きい建物跡だったのだ。

 いくつも部屋に区切られていたであろう、崩れた壁のある建物跡はあったが、ここはそんな壁のない、広い一室のみの建物跡であったことを思い出した.

 

 なにか、集会所やそれに近いものが建っていたのかも知れない。もしくは倉庫のようなものか。

 

 静まり返ったからの中、カリカリと引っ掻くような音が聞こえてきた。音の発生源は、その広い一角から聞こえてきた。どうも足元からのようだ。


「地下室…?」


 ゴギョウがしゃがんで音のするあたりの床を改めると、うっすらとだが材質の違う床を見つけた。

 取手なども見当たらないので開け方もわからない。ツルハシを取り出して除去を試みる。


 軽い力で、コンコン、とツルハシを振るう。程なくして綺麗な四角い、地下への空洞が現れた。

 縁の窪みを見るとどうやら、蓋を載せていただけのような扉だったらしい。

 暗がりへ向かう階段があり、先ほどの黒霊はこの先だろうか。


 どうも誘われているようで気味が悪いし、危険な罠なども類かもしれない。

 が、魔法を使う集団、黒霊のことなども何か、わかるかもしれない。


 ゴギョウはツルハシを仕舞い、ショートソードを手に取る。しっかりと握りしめ、空いた手に松明を持ち、地下へと足を踏み入れた。




 階段は硬く、埃も積もっているため一足ごとにザリッ、ザリッと大きめの音が響く。

 ゴギョウ以外の足跡はなく、背後の階段には一人分の足跡だけがある。


 降ることしばし、階段の先は暗がりで奥の見えづらい広間であった。

 そこも床や壁は白く、少し埃に汚れた空間だった。

 松明を入ってきた壁に設置して、部屋の中央を進みながら松明を置いていく。十数歩進んだところで突き当たりの壁がはっきりと見えるようになった。

 そこに先ほどの黒霊がひっそり、佇んでいた。


 ゴギョウに背を向け、壁の方を向いているようで、その背中には黒く長い髪が見える。

 松明を掲げると、灰色のローブを纏った髪の長い黒霊はゆっくりと体ごと振り返った。


 ゴクリと喉を鳴らし、ゴギョウはショートソードを構える。



「なんだ?」


 これまでの黒霊は襲いかかってくるばかりだった。しかし、こいつは何もしてきてはいない。表情も長い髪に隠されていて伺うことができない。



「きれいに均したものだな」


 ポツリ。髪の長い黒霊はつぶやくように口を開いた。


「話せる…?」


 警戒はしたままゴギョウは尋ねてみる。

 髪の長い黒霊はわずかに顔を上げ、覗いた口元を見せる。


「貴様は我の民ではないな、忌々しい」


「何の話だ?」


「聞いておらんのか?…ふん、なるほどな」


「だから、何の話だ。なにを納得したみたいに言ってる」


「まあ、良い。貴様、上の連中の影は見ただろう」


「あの黒い亡霊みたいなやつか。倒してもいくらでも湧いてくる」


「黒い亡霊か、その通りだな。奴らはこの里のある魔法を奪った者たちだ」


「やっぱりそうか。で、アンタは何だ?先導したって女か?」


「…いかにも。双子の神の一柱、その使徒“ア”である」


「神…?転移したのもそいつらの仕業なのか?」


「しかり。貴様はなぜ知らんのだ。この世界にいつからおるのだ」


「そんなことより、アンタは敵なんだよな。どうして攻撃してこない」


「…そのような真似は、もうできんよ。我にその力はもうない。わずかに残された絞り滓のようなものだ」



 ゴギョウはその言葉に油断はしないが、これまでに出会った大きな蛇や鎧の騎士のように威圧感がないことも感じていた。

 神の長い黒霊、“ア”は続ける。


「叶うなら、終わらせてほしいのだ。我や、地上に彷徨う者どもを」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る