第1話 青い篝火


「さむ…っ!」


 えっ……?

 なに……??



 あたりは薄暗く、ばしゃばしゃと水面を雨粒が鳴らしている。頭や体にも容赦なく冷たい雨と風が叩きつけられていた。

 ついさっきまで快適な温度に保たれた部屋で、、、ゲームをしていたはずだ。

 流石にやり過ぎたと思い、セーブをしてログアウトをした。そしてそのままソファーに倒れ込んだはずである。

 頭がぼんやりする。

 すでに体は芯まで冷えてしまいガタガタと震えている。

 感覚はほとんどないが膝下まで冷たい水の中だ。


 ゲームのやりすぎでおかしくなったのか?幻覚でも見ているのか?悪い夢か?

 効きすぎたクーラーのせいでこんな夢を見ているのか?


 とにかく、たとえ夢でもいつまでも水に浸かっていられない。寒すぎる。


 ざばざばと水を切りながら歩く。肩を抱いているが震えは止まらない。

 おそらく唇なんかは真っ青になっているのではないか。

 夢なら覚めてくれ!

 しかし頬に当たる雨は最早痛い。

 水の中を歩いているつもりだがその感覚がいよいよ無くなってきた。

 遠くで雷鳴が轟きごうごうと風が吹き荒れる。



 どれくらいそうやって歩いただろうか。

 雨は変わらず冷たく打ちつけてくる。

 が、どうやら水場を抜けて柔らかい土を踏んでいた。しかし、暖かいわけではない。

 どんどん具合が悪くなってくる。顔色も悪いに違いない。


 朦朧とする意識が先ほどまでやり続けていたゲームと混濁し始める。

 

 「うぅ…、ステー…タス……」

 きっととんでもないデバフを受けているに違いないのだ。

 視界の隅にステータス画面が表示される。

 HPは横に伸びる黄色いバー状で表示が見える。なんだ、まだ半分を切るくらいだ。もう少し余裕がある。しかし着実に、少しずつ減っていっている。

 まだHPバーは赤くなっていない。体は寒さで満足に動かせないし感覚も無くなってきているが、まだ死ぬほどでは無いと考えるとなんとなく気持ちにも余裕が出てきた気がする。

 アイテムアイコンを確認する。少しの木材、ガラス、石材、土、石炭、グリーンハーブ、りんご、そして青い篝火。

 

 青い篝火はプレイヤーのリスポーン地点の再設定がてきて、篝火の周辺は外敵の攻撃を受け付けない安全地帯となる。

 とにかく青い篝火を設置し、安全地帯を作ってそこに風雨をしのげる小屋を建てたい。

 薄暗く視界も良くないが少し小高くなった丘まで歩き、大きな岩の側で、ウインドウに並ぶアイテムアイコンから震える指で青い篝火を選択する。

 すると目の前に灰色に浮かび上がる半透明の青い篝火が現れた。頭の中でそれを意識し、目で追うだけで半透明の青い篝火はするすると移動する。地面にそれを触れさせると灰色が少し明るくなった。

 設置、選択。

 

 ガラッと木の鳴るような音を立ててそこに集まった薪が現れ、一瞬ののちボウッと青い炎が上がる。

 よしっ!

 横殴りの雨粒は相変わらず体を濡らし、激しい風も体温を奪っていこうとする。

 続けて四角いブロックのようになった50センチくらいの土塊を2メートル四方に並べていき、積み上げる。入り口となるようなドアなんて必要ない。木材と石材を組み合わせて屋根にしていく。外の様子だけは見られるように壁に四角い穴を作りガラスをはめ込む。窓の代わりだ。

 茶色い豆腐のような、緊急の避難場所が完成した。

 また、木材と石材で囲炉裏をクラフトし、地面に設置した。石炭を放り込み手をかざすと温かな火が灯る。


 窓にしたガラスを少しずらすとバチャバチャと水面の揺れる音が聞こえ、強い風の音も聞こえる。

 茶色い豆腐小屋の中に熱がこもり、大きなため息も漏れる。

 HPバーの減少も止まった。

 助かった……。


 囲炉裏の炎から暖をとり、ぼんやりとそれを見つめる。



 だんだんと冷静になって、まともに頭が回り始めた。

 「なんだこれ…?」

 現実か?夢か?まるでゲームの中に放り込まれたような、そんな状況じゃあいか。

 ゲーム世界に転移でもさせられたような、夢なのか?いや、その割に雨や水の冷たさ、体に吹きつけてきた風なんてリアルすぎる。

 漫画やアニメならほっぺたをつねって…となるだろうが頬にはついさっき風と雨にたっぷり殴られた。


「ここ…CAWOの中なのか…?」

「いや、でも…」

「ええ…」

「どゆこと…?」


 ブツブツと独り言が漏れる。冷静になって、と言ったね。あれは嘘だ。うそです。冷静でいられるほど落ち着いたイケメンではない。

 たぶん夢だな。すごーくリアルな夢!

 五行幸成さんはきっとCAWOをログアウトしてソファーに倒れ込み、ちょっとクーラーがガンガンに効きすぎた部屋で悪い夢でも見ているのだ。

 間違いない。うんうん、そうだ。

 だって着てる服も違うもん。こんなベージュのシャツとズボン持ってないし、革でできたスリッパみたいな靴も持ってない。


「……………」


「…よし、寝よう」


 床は作らなかったが幸い地面は柔らかい。そのまま囲炉裏のそばで脚を抱えて横になる。

 ああ、囲炉裏。あったかいなあ…。まぶたを閉じて夢の中でも眠ることにした。

 あっという間に意識を失うように眠りに落ちる。


 こうして、雨音を聞きながら暗闇の沼地での短い1日目が終わった。


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