第8話 ロウとアルト

 深くため息をついてアルトは同室の男に言った。


「……泣くなよ」

「泣いてない」


 男の意地も、ここまでくればある意味天晴だとアルトは思う。


「さすがの俺でもわかるぜ? あの口説き文句で落ちる女はいない」

「うるせー! 女の口説き方なんて知るかよ」


 ――本命の口説き方なんて、知るかよ。


 そう投げやりに叫ぶ男の強がりは見ている方が痛いのだ。

 アルトは天井に向かって視線を投げた。


「そんなに落ち込むくらいなら、言えばよかったじゃないか。素直にさ。愛してる、とでも」

「っ! 言ったさ、言ったよ。わかってたよ、あいつは」


 冗談のように笑いながら、願いのように言葉にしたその意味くらい、彼女がわからないわけがない。

 残す女も悲しむ家族も作らなかった男の、「家族になって欲しい」の台詞の重さを。


「……なんだか複雑だな、男女間とやらは。俺には一生理解できそうにない」

「いやでもするさ。……いつかな」


 高を括っていた俺みたいに、とロウは呟いた。


「あいつ以上に俺を理解するヤツなんていないのに、ひどい女だ」


 そんで、

「あいつ以上の女には、もう出会わないだろうなあ」


 頬杖をついて、ロウは嘆息した。


 これは重傷だ。

 仕方がないとアルトは珍しく人を慰めることにする。


「まあそう落ち込むなよ。お前は最愛の女を手に入れ損ねたが、同じくらいに希少なものを手に入れたんだから」


 な? とその背を叩く。


「あん?」


 やさぐれた男が怪訝そうに顔を上げた。


「共に駆ける戦友だよ」


 つまり、俺だ。

 そう自信満々に告げたらロウが苦笑いを返した。


「あ、信じてないな? 本当だぞ? 俺はスゴイぞ? 油断してるとお前も置いていくからな」

「いや、信じてないわけじゃないけど」


 けど、と言いながらロウが耐えきれなかったようにぷっと噴き出した。


「おい、ロウ、笑っていられるのも今の内だ。覚悟しろよ、俺は彼女みたいに優しくない。よそ見なんてしてる暇はないぞ。俺は全力で駆ける、だからお前も全力で駆けろ」

「そいつあ、……――いい、殺し文句だ」


 覚悟なんて、とっくに出来ていた。

 ロウを留める唯一は、もう、この手には戻らない。

 だからロウは走るだろう。

 一人でも、戦場を駆けるだろう。


 だけど、もし、共に駆ける誰かがいたのなら。

 肩を並べ、背を預け、隣に立つ誰かが、いたのなら――。


 アルトの言葉に、思い描く光景。

 引き摺られるように本性が顔を出した。


「よう、相棒。やっぱりお前には、その顔の方が似合うぜ?」


 彼女の言う獰猛な人格が、繕う必要もなくなって、いよいよ剥き出しになってきたのだろうか。


「光栄だな」


 一体どんな顔をしてたのやら。

 ロウは自分の顔を撫でた。


 それに怯えもしないアルトが、嬉しそうに未来を語る。


「ついて来いよ、俺に。誰にも見れない光景を見せてやる。二人でなら見られる光景もあるだろう。楽しみだなあ、なあ、ロウ!」


 荒唐無稽な夢に、思わずくつくつと笑いが漏れた。


 見事な戦馬鹿が目の前にいる。


 こいつの為の舞台を、用意するのも楽しかろう。

 共に往くのも、楽しかろう。


 なぜなら、彼は、

 この男は――

「認めよう、お前は同類だ」


 出会ったことのない、同胞。

 業の深さは同じ穴の狢。

 戦場を生きる者。

 命を喰らい、成長を遂げる怪物。


 予感がした。

 血の臭いとくすんだ空気を裂く、勝利の雄叫び。

 幻聴だ。

 それでも多分、現実になるだろう。


 ロウは彼女の置き土産に気付いた。

 寄る辺を失った男のために、彼女が残していったもの。


 目の前にいるのはロウのたった一人の仲間で、たった一人の理解者で、生涯の親友ともとなるだろう。

 ――そう、ロウは最強の相棒を手に入れたのだ。


 出会わせてくれた、最愛の、……友に、――ロウはなにを返せるだろうかと考えた。

 何一つ、与えてやれなかった彼女の為に、なにか。


 ごんと、肩を叩く衝撃に我に返る。

 自分を忘れてくれるなと、アルトが言った。


「俺たちに出来ることなんて、はじめから一つだ」


 確かにそうだと、ロウも笑い返す。


 だから二人、拳を掲げ合わせて、高らかに謳った。


「駆けて、駆けて、駆け抜けてやろう」

「勝って、勝って、勝ち続けてやろう」

「平和なんてクソくらえ!」

「戦場は俺たちの居場所だ!」

「平和ボケした連中の出る幕は作らねえ!」


 ぎらりと剣呑に光る眼を合わせて、一瞬の沈黙の後に、同時に噴き出した。

 どうにも、同じことを考えているらしいとわかるから。


「「あっはははははははっは!」」


 戦うことをさがとする。

 切って、捨てて、切られて、負けて、勝って、戦って、戦って、戦って、


 ――そうして、誰かが、

 どこかの誰かが、


 二人の大嫌いな平和に倦む場所で、穏やかに笑っていられればいい。






 第十四代国王の御世。

 時はまさに動乱の時代。


 だが、彼の王国は激戦と連戦を潜り抜け、戦火を払い、敵を退け続けた。

 四面楚歌の国を支えたのは、他国から三つ首の怪物と恐れられた英雄たち。


 常勝アルト、不敗のローラン、不落のルシャナ。

 二つ名と共に語り継がれるその戦果は、歴史に埋もれることなく、今も華々しく色褪せていない。

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