騎士からはじまる自分探し
第1話 その後、
アルトは騎士になった。
今までも騎士だったではないかと言われるかもしれないが、アルトは騎士団に所属していたのであって騎士ではない。
騎士とは、
普通は見習い期間を経て、その実力を認められた暁には隊長から「剣」を与えられる。
つまり正式な騎士となる。
通常半年、長くて一年ほどの話だ。
だが、アルトには剣を与えられた覚えはない。
いまもってして彼は見習い扱いだったのである。
だというのに、今回新国王即位の後、王から騎士団に命が下った。
剣と共に新たな王に忠誠を――。
人望薄い新国王陣営の苦肉の策だという他ない。
あるいは、――ユージンとアリシアが自分の顔を見たいが為だけの命令だったらどうしよう、という密かな動揺もありつつ、アルトに否やはなく、他の騎士共々王宮の広間で習わしに従い忠誠を誓った。
幼い王の脇に従っていたアリシアは月の女神のようだったし、久々に見るユージンは少年らしさと甘さと柔らかさを顔から削り落とし、すっかり大人になっていた。
随分と背も伸びたようだ。
なにより澄んだ空のようだったスカイブルーの瞳は深度を増して、静かに重く、凪いだ湖面のよう。
けれど不思議と光を飲み込む闇はなく、弾かれた光がまるで万華鏡のように乱反射して、そこに込められた熱量を知る。
アルトの知るユージンはそこにはいなかった。
一度だけ合った目線は僅かに細められ、強張った雰囲気が少しだけ崩れて、そこに密かな笑みの気配を見る。
だから、アルトは誇らしさと喜びと敬意だけを瞳に乗せて真っすぐに見返した。
アルトは誰よりも長く、彼らに
――そうして、皆が剣と共に騎士になったのなら、その日、アルトは忠誠をもって騎士になったのだ。
自覚なく騎士となったアルトの様子を隊長は苦笑して見ていたし、ロウは苦い虫を一気に十匹くらい噛み砕いた顔をしていた。
理由は儀式が終わった後に隊長が教えてくれた。
曰く、アルトに剣を授けようにも、ずっとロウに反対されていたそうだ。
アルトは苦虫を虫カゴいっぱいに捕獲する旅に出かけたくなった。
「お前のためを思っての事だと思うぞ」
隊長にはわかり切ったことを諭されたが、それはそれ、これはこれ、余所は余所、ウチはウチである。
アルトは宿舎の自主仕事を放棄した。
ストライキである。
荒れ果てていくスイートホーム。
はたして、理由を知った同僚たちにロウは袋叩きにされた。
自分で出来ない事なら誰かにやってもらえばいいのだ。
「こ、このやろう。無駄に
ロウも負け惜しみを言っていられたのは最初のうちだけだ。
「せめて自室は掃除して!? あと洗濯! 俺、そろそろ着るものなくなるんだけど!?」
普段から休日の旦那のごとく、人に頼り切ってるからこうなるのだ。
最後には土下座されたので仕方なく許すことにした。
「全面的に俺が悪かった」
最初からそう言えばいいのに、と晴れやかに笑ったアルト。
ロウは「本当にそうだな!」とやけくそ気味の笑顔で同意してくれた。
一方の女性騎士団の方にも同じ話はあったらしい。
忠誠の儀式の話だ。
国王陣営としては少しでも戦力が欲しい、ついでに他派閥の力を削りたい、ということだろう。
それをなにかと理由をつけて断っているのはもちろん王妃、改め王太后。――いや、わかりにくいので王妃(とその政敵、王弟)で統一としよう。
閑話休題。
彼女は当然、自分の戦力を奪われるわけにはいかない。
女性騎士団が守り仕えるのは王族の女性、すなわち自分であり、王に忠誠を誓うものではないと言い張った。
現在の王の力ではそれを崩せる権力も、戦力も、政治力もない。
残念ながら王妃の言い分は通ったのだ。
この一件で、女性騎士団は王妃の私設部隊だという認識がより周囲に広がってしまった。
――という顛末が裏ではあったらしい。
ロウとサラ、両者の話を聞くに、真実だろう。
サラと話す機会はわりと、……というか普通に多い。
どういうわけだか、彼女は休暇が合うとアルトを誘って遊びに出かけるのだ。
サラには趣味もなく、服や小物に興味もないから、なにかを買うわけでもない。
だから大抵行く場所はアルトの希望に沿う形になるのだが、町を闊歩しているだけになる彼女は、それでも特につまらないわけではないらしい。
ちなみに休みが合わない時はどうしているのかと問えば、「鍛錬してる」と返ってきたので、アルトは出来る限り休みは合わせるように努めている。
そんな街中散歩中に、世間話のようにサラから聞いた王妃と女性騎士団の話は随分と客観的で、まるで
「なんだかひどく他人事ですね」
その指摘にきょとんとした後、サラはにやりと笑う。
「組織的には恩も義理もある。――が、個人的には、あの女はどうも好きになれない」
サラらしい、率直過ぎる意見だった。
できれば、周りを確かめてから声を潜めて言って欲しい。
なぜかアルトが慌てる羽目になった。
さて、そんなこんな(?)で即位当初こそ混乱した現政権だったが、一年も経つと大分落ち着いてきた。
速やか、といっていい平定だ。
多分、王妃と王弟にとっては大いなる誤算だっただろう。
内外から若造と軽んじられていたユージンも、半年もすれば腹も座ったようで無駄に貫禄が出てきた、とは面会する機会がある隊長の言。
「あいつ、俺の年になる頃には魔王みたいになってるんじゃないか?」
白いものが混じりつつある自慢の顎髭を撫でつけながら唸るように言われた台詞だったが、隣にアリシアがいる限りはユージンの心の安定は約束されている。
アルトの心配は皆無だった。
もう一つ予想外なことに、ユージンとアリシアの実家は、彼らが家名を捨てることを了承せず、その後ろ盾として名乗りを上げ、今も二人と命運を共にしている。
侯爵家と伯爵家の後ろ盾を得た二人は、予想された当初よりずっと強い権力を使うことが出来たようだ。
重畳である。
これが彼らが紡いできた信頼と絆の帰結だと思えば、胸を熱くするほかない。
一方、安定を欠いた政権下で商人として国を支えるために奮闘していたルークは、忙しさ故かめっきり姿を見せなくなった。
手紙は届くので生きてはいるはずだ。
先日は店子として勤めていた商店を辞めようと思っている旨が記された手紙が来た。
自由に身動きが取れないもどかしさが限界を突破したようで、独立し自分で店を興すことにしたらしい。
そんなに簡単に辞められるものだろうかと疑問には思ったが、まあルークのことだ、うまくやるだろう。
そして、騎士団もまた少なからず変わった。
末端貴族の掃き溜めで、訓練はすれども特に活躍の機会もなく、そのくせ(最低限とは言え)給料だけは出るというなんとも体面の悪いイメージを、この際だから一新しようと動き始めた。
提案者はロウだ。
隊長たちが二つ返事で簡単に賛同したので、早々に新生騎士団は始動している。
それでいいのか、騎士団。
「そろそろ俺たちも役に立つところを見せておかないと立場がヤバい。……んで、もしかしたら少しはお前の友達の助けになるかもな」
ロウからばちこんと飛ばされたウィンクはウザかったが、提案自体はイケメンだった。
事実、騎士団の働きは王都周辺の治安安定には大いに役に立ったはずである。
まずは政権の混乱に乗じて蔓延っていた盗賊たちの討伐に駆り出された。
アルトの初陣がこれにあたる。
盗賊たちと違って騎士団は装備も格段にいい、もちろん軽く蹴散らした。
対して、アルト個人の結果は散々。
命の奪い合いを初めて見て、それだけで具合が悪くなった。
参戦どころの話ではない。
剣の一つも振っていないくせに一週間も本気で寝込むという、久々にアルト逸話を更新する軟弱ぶりを見せつけた。
サラが握りつぶされた花を持って(握力の調整に難あり)見舞いに来てくれたが、その話をすると目を泳がせた末に「騎士団を辞めろ。はやく嫁に行け」と仰せになった。
冗談にしても笑えないが、多分サラは本気だ。
先日、共同活動をした際に、ほつれていたサラの袖をちょちょいと縫ったせいだろう。
「魔法か!?」と目を丸くして見ていたサラの女子力のなさがとても心配になった。
……副隊長が全部面倒見てくれているに違いない。
ちなみに女性騎士団も出張ってきているのは当然王妃の見栄である。
騎士団だけに良い格好はさせない、あるいは名声を独り占めされてたまるか! といった具合だ。
さて、そのサラから貰った忠告はもっともで、騎士団としての活動が活発になったことで明るみに出てきた事実、――そもそもアルトは根本的に荒事に向いていない。
つまり騎士団はアルトの適性からかなり遠い職業ともいえる。
アルトに剣を与えないようにと裏でこそこそしていたロウの目には初めから明らかだったのだろうが、今となってはむしろ蒸し返してこない所が小憎らしい。
寝込んだアルトは「予測済みだ」のありがたい一言をロウから頂戴した。
とはいえ、残念ながら一度入団してしまえばそう簡単に辞められないのが騎士団。
戦闘不能の体にでもならない限りは飼い殺し。
遊軍扱いの正式な騎士団ではないサラはそれを知らないようで、しきりにアルトの心配をしていた。
そんな軟弱者の誹りを受けつつ特に気にもしていなかったアルトも、街道に出る魔物の掃討を足掛かりに現在ではようやっと人相手に切り結べるようにもなってきた。
ちなみに実力が低すぎて、「殺すのは怖い」以前に「殺せない」ので、なんとか心も傷付かずにすんでいる。
アルトの身体スペックは明らかにリリィより低い。
そんな訳で、現在の騎士団はわりと気軽に剣を振るうようになっていた。
最近ではそれなりに信用も出来てきたようで、城警備専門の衛兵たちの人員不足を補ってその任を手伝ったりもしている。
他にも通常兵らとも共同で、道の修繕など土木作業のような泥臭い任務に当たることもある。
貴族の誇りとやらを捨てられずたまに現場で揉める者もいるが、まあ想定内のトラブルだ。
大抵なぜかアルトがカウンセラーよろしく
もちろん聞く耳持たれず、当然議論もされない。
……納得いかない。
しばらくして、サラたちは遠く、地方で起きた反乱騒ぎの鎮圧のために王都を出ていった。
――反乱騒ぎと言う名の、例の二派閥の争いである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。