第9話 祝福のアルト
「アルト、どうやら演習はお開きのようだ。できれば次は、……国を守る同志として、共に戦いたいものだな」
さらば! とサラは馬を駆り颯爽と去って行った。
最後まで変わらず、(中身と違って見た目だけは)凛々しい人だ。
王妃派である彼女らが、今後どうなるかはアルトにはわからない。
戦うことしか出来ないとぼやいていたサラの希望は聞いての通りだ。
だが希望通りにいかないのが、人生の常である。
元の護衛任務に戻るのか、王の騎士として剣を振るうのか、あるいは王妃派として今後も立ち回っていくのか。
実直を絵に描いた様なサラではうまく立ち回るにも限度がある。
上手いこと副隊長がさばいてくれることを願うばかりだ。
その行く先がせめて明るいものであるように、アルトは祈るしかない。
「よう、ご苦労さん」
後ろからわざと足音をさせて近付いてきたのは同室の相棒。
言いたいことは色々あったけども、まずは一番の驚きの話題からだ。
「……まさかの大どんでん返しだねえ」
新国王、レナード。
前王の実子にして、ロウたちが排されると断言していた王子に他ならない。
「なに言ってんだ、シナリオ通りだろう?」
ロウが肩を竦めた。
未来が少し先延ばしにされただけだと、残酷にも告げる。
はて、と首を傾げるアルトにロウは簡単に説明してくれた。
げに有難きは要約上手な相棒である。
誰のシナリオかと問われれば、王妃と王弟が書いたシナリオ。
『権力争いに決着がつかず長引いたなら、第三者である王子を即位させる』
最初から決まっていたようなものだとロウは言った。
王不在の長期化もマズいが、互いに先んじることも許せない。
そんな二人が妥協した取りあえずの処置。
いつでも排せる幼子で玉座を埋めようと言うのだ。
(アルト以外の)誰もがわかっていた事とはいえ、唾棄すべき行いには違いはない。
王子があまりにも蔑ろにされすぎだ。
近くにいないアルトですらそう思うのだから、王子の身近な人々は忸怩たる思いだっただろう。
と、ロウがアルトを少しばかり慮る目をしているのに気付く。
疑問は口にする前にロウの一言で氷解した。
「いやはや、本当に火中の栗を拾いやがったぜ、あのお坊ちゃん」
やるなあ、とロウが感心したように自分の顎を撫でた。
珍しく本気の台詞のようだ。
『あのお坊ちゃん』、誰と言われなくても話の流れで理解する。
そうか、とアルトはきゅっと拳を握った。
「……お坊ちゃんってのも、もう相応しくないか。覚悟がある人間を若造扱いはできないからな」
王妃と王弟の争いは水面下で続くのだろう。
そしてその争いに決着が付けば、現王は廃される。
病気による幽閉ならばまだいい。
暗殺か、断罪か、病死か。
なんにしろ、仕組まれた終わりが待っている。
現王の側近もまた然り。王と命運を共にすることが決まっていた。
彼らに待ち受ける未来は、すでに闇に閉ざされているのだ。
今現在、この王国は王妃と王弟の二人舞台。
アルトたち騎士団も、サラ率いる女性騎士団も、あるいは王の血を引く王子ですら、全て小道具程度の扱いでしかない。
そうと知って、それでも。
立ち向かおうとする人は居る。
一人で戦いに赴こうとする人は、――いた。
「国王崩御の際の、ユージンの宮廷順位は三百を超えていたそうだ。んで、宰相打診の折にはわずか五十三位」
未来を見据え、宮廷争いから抜けた者の多さと、五十二人が断り続けた職。
「そう」
王宮を遠くに眺めながら、アルトはそれだけを答えた。
「アリシア嬢とユージンは、昨晩、神殿で婚姻の誓いを結んだそうだ」
神官だけが立ち会った神殿の中。
家族からの祝福もなく、友人たちの参列もなく。
密かに神に誓いを立てた。
たった二人で始める、戦いの誓い。
「昨日の夜にはぴーぴー泣いてる小娘だったのに」
すっげー行動力、とロウが愉快そうに笑う。
「しっかし、家の承認なしに神殿で結婚するとはなあ」
駆け落ちする若い男女の恋愛小説くらいでしか見たことのない婚姻方法だ。
貴族ではまずしない。
それすなわち、家名を捨てることに他ならないのだから。
だが、あるいは、二人にとっては都合が良かったのかもしれない。
家族を巻き込むことに、胸を痛める人たちだから。
優しい人たちだから。
一生を共に。
死ぬ時も共に。
――そして孤独で哀れな王子の、たった二人の味方になろうというのだ。
アリシアの顔が目に浮かぶ。
「やってやったわ」と彼女はきっと笑っているだろう。
本当に、命を賭けて、彼女はユージンの手を取ったのだ。
喉が、ひどく苦しくなった。
でもアルトは笑った。
精一杯の笑みを、浮かべてみせる。
彼らの選択に祝福を。
自分がしなくてどうするのか。
だって、彼らは、
「自慢の、友達なんだ」
アルトは涙が止まらない。
笑いながら流す涙で、きっと顔は酷いことになっているだろう。
くしゃりとロウが頭を掻き交ぜた。
ルークを少し、思い出させる。
「そりゃ、自慢だろう。カッコいいぜ、お前の友達」
「うん、うん」
アルトはひたすら、頷き続けた。
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