ヒロインからはじまる自分探し

第1話 リリィと家族

 『魔法』が使えなくなったリリィは学園から自主退学した。


 時々あるのだという。

 成長期における『ギフト』の変化は。


 希少な『ギフト』のおかげで学園に通っていたのだから、それを失ってしまった今、リリィが学園に在籍するのは難しい。


 リリィの存在は国に大いに期待をされていた――はずだが、思いの外あっさりと手放された。

 平民という厄介な身分のせいだろう。

 上層部でも優秀過ぎるリリィの扱いに困っていたのかもしれない。


 とはいえ、痛くない腹を探られるのすら面倒なことだというのに、こちらは真っ当に痛む腹を抱えている。

 この処置は幸いと言うべきだった。


 一つ言わなければならない事があるとするならば、


「申し訳ありません」


 いまだに距離のある新しい家族に。

 今やリリィとなった元アリシアは心から詫びた。


 互いの同意の上ではあるとはいえ、それはあくまで本人たちの話。

 彼らからすれば、自慢の娘リリィが学園から放逐されたことになる。

 不名誉この上ない。


 娘の経歴に傷をつけてしまったのだから、ここはやはり誠心誠意謝らねばなるまい。

 謝ることしかできない身がもどかしくもあったが、アリシアではなくなったリリィには身一つしかないのだ。


「いえ、いいえ! いいんですよ! うちの娘リリィが貴族さまと同じ学校に通うなんてこと自体が奇跡みたいなもんだったんですから」

「そうさ、だからそんな畏まんないでください!」


 陽気さと平民特有の貴族に対する委縮を感じさせる男女の姿に、リリィは心の底から反論した。


「なにを仰います、彼女はとても優秀な方でした。謙遜などせず、大いに自慢なさるべきです!」

「いえいえ、ホントに優秀なら人様に迷惑なんてかけませんよ」

「まあ、それはもしかして私のこと? 迷惑だなんてとんでもない! むしろお礼を言いたいくらいだわ」


 自分たちの娘の口から発せられる、少々の憤慨を乗せた声。

 感情を昂らせても、きれいなままの、いや、きれいすぎる発音に夫婦は少しだけ複雑な気持ちになった。


 なにせリリィは外見こそ美しくとも、中身は天真爛漫な下町の娘そのもの。

 年頃なんだから少しは取り繕えと、乱暴な言葉や蓮っ葉な口調を何度注意したことか。


 それでも、違和感は少しずつ馴染んできている。

 共に過ごしている時間の経過がなせる技だ。


 中身の変わってしまった娘の姿をした元貴族さまは、夫婦からしてもとても変わった人物で、リリィの家族は今回のように度々困惑させられている。

 彼女は、『貴族とはこういうものだ』という固定観念をこれでもかと引っ掻き回していくからだ。


 事の経緯は、当時まだ姿と中身が一致していた娘と共に下町を訪れたお貴族さまアリシアに直接聞いた。

 いまだに頭の混乱する話ではあるが、互いの都合が合致したので二人は体を交換したいのだと彼らに申し出たのだ。

 禁忌の術故に、決して他言しないで欲しいと付け加えて。


 お転婆娘リリィは今頃貴族令嬢アリシアとして苦労しているだろうが、自分で選んだ道を自分で歩んでいる。

 覚悟の上であるだろうし、苦労の先には約束された未来がある。

 頻繁に送られてくる手紙からは毎日の奮闘ぶりと、愛する者と何の躊躇いもなく手を取り合える幸福が書き記されていた。


 そして娘の身体を持った元お貴族さまは学園を追放された落ちこぼれとして下町に返ってきて、今は自分たちの娘として過ごしている。


 平民から貴族へ、貴族から平民へ。

 どちらがより苦労するかなんてのは、夫婦にとっては当たり前に後者だった。


 学園に通っていた分、貴族社会を垣間見ることもあっただろう娘とは違って、不自由のない生活をしていた彼女は自分たちの想像を超える苦労をしていることだろうと夫婦は慮るのだが……。

 彼女はここに来てこの方、戸惑いを見せたことはあっても暮らし向きに対して苦痛を垣間見せたことはない。

 平民の生活を当たり前に受け入れている。


 悪い人ではない。

 そう結論した、初めての顔合わせ。

 それは覆されることはなく。


 とても良い娘なのだ。

 夫婦は、今はそう思っている。


「……な~んか、話には聞いてたけど、本当に妙なことになってんな」


 リリィと両親が互いに謝り倒していると、夫婦にとっては聞き覚えのある、リリィにとっては聞き覚えのない、呆れた色を強く乗せた幾分か低い声が後ろからした。


 気付いた家族がわっと沸く。


「ルーク!? お前、いつ帰って来たんだ!」

「ルー兄ちゃん!」

「おにぃちゃん!」


 弾かれたように後ろを振り向いた父と、喜色を湛えた弟妹たち。


「お~大きくなったな、元気にしてたか弟たちよ!」


 大きく腕を広げた若い男の声は、今度は夫婦の血を感じさせる陽気さを含んでいる。


「久々に帰ってきたと思ったら開口一番それかい! あたしらに先に言う事があるだろ!? ちゃんと挨拶しな、この放蕩息子!」

「放蕩息子ってひどいな、母さん。ちゃんと働いてるよ。毎月の仕送りは届いてんだろ?」

「ふん、あんな雀の涙程度で得意顔されてもね!」

「はは、そう言わないでよ。商人見習いなんてみんなこんなもんなんだからさ」


 肩を竦める男と、夫婦の悪態。

 気安く親しいやり取りにリリィが目を丸くしていると、分が悪いと両手をあげて降参の意を見せていた男と目が合った。


「で、あんたが噂の俺の妹リリィ?」

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