婚約破棄からはじまる自分探し
一集
婚約破棄からはじまる自分探し
第1話 プロローグ
ユージンにとって、アリシアという婚約者は出会った時から大いに劣等感を刺激される相手だった。
美しい立ち姿、幼いながらに理知を秘めた賢そうな顔立ち。
性別から髪の色、瞳まで、自分とはちょうど反対。
幼いユージンがまるで自分のために存在するかのような少女に心を奪われるのは当然だった。
侯爵家の子息と伯爵家の息女。
幼い二人を結ぶには、少しばかり侯爵家に野心がなさすぎるという者もいるだろう。
幼少時の婚約はよほど相手を逃したくない時にするもので、この婚約は生憎と伯爵家から打診されたものではなく、ユージンの家から望んだものだったからだ。
格下相手の幼少時の婚約。
他に相手を吟味する時間を捨てて、侯爵家はこの婚約に踏み切ったのだ。
別にかの伯爵家が特別権力を持っていた、ということはない。
治める地に特別な技術やノウハウ、特産品があったわけでもない。
もちろんマイナスがない、というのは大きな加点にはなっただろう。
だが、それすなわち、彼女自身にそれだけの価値が見出されていた、ということだ。
希代の才女となるだろうことを、誰もがすでに疑っていなかった。
振り返って、自分はどうだろうか。
少なくとも、彼女をわざわざ宛がわれるくらいには、危惧され、同じくらいに期待されていたのだろう。
そう思うから、ユージンは静かに目を伏せた。
――本当に子供だった。
「私に恥をかかせないでね」
婚約の承諾はそんな台詞。
カチンとしたのは、幼いながらにあったプライドのせいだろう。
だが、言われて当然の差が二人の間にはあった。
今なら素直に認められる。
そして始まった婚約者との交流は、ユージンには苦痛の一言でしかなかった。
アリシアとユージンは婚約者という甘い関係よりは、教育者と出来の悪い生徒のような間柄。
今に至るまで、変化は一度もない。
近付こうとしなかったのは自分だろうか。
それとも――
ユージンは頭を振った。
過ぎたことだ。
もう、取り返しのつかない過去の事。
自分たちの距離は一定で、
これから求める変化は、近付くためのものではなく距離を遠ざけるためのもの。
どうか、と正面に座る婚約者に頭を下げる。
隣にいる大切な人の手を握りながら、ただ誠意を込めた。
それしかできない情けない自分の手を、それでも握り返してくれる人がいる。
ユージンは唇を噛みしめて言葉を紡いだ。
「どうか、婚約を破棄してほしい」
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