夏野のエッセイ練習帳

夏野彩葉

第1話2020年2月27日

 前日に期末試験を終え、私は午前中に悲惨な点数のテストが続々と返されるという地獄を見た。しかし五時間目はLHR《ロングホームルーム》。お菓子をつまんだりゲームをしたり、のんびり過ごせると我々は疑いもせず考えていた。

 ところがそれは大きな誤算だった。

 五時間目の開始を知らせるチャイムが鳴り終えた直後、二年生の我々がこの学校に入学してから初めて、「ピンポンパンポーン」という放送開始の合図用チャイムがから鳴り響いたのである。続いて、男性教諭の声がスピーカーから流れ出す。かいつまんで説明すると、「新型コロナウィルス感染予防のため、卒業式の在校生参加の禁止・卒業式当日の部活動ごとの校内での集まりの禁止」の通達だった。

 他の学校なら「最後に先輩に会いたかったなぁ」とか「ずいぶん味気ない式になるね」とか、そういう感想が聞かれることだろう(前者は皆言っていたが)。

 しかし、この学校は、「他」の「一般」の「まとも」な高校とは一線を画している(、いろいろな意味で)。

 クレイジーな校風ならば、通う生徒はもちろんクレイジー。

 クレイジーな生徒ならば、やること為すこと全てクレイジー。

 詳しいことは(学校名がバレると困るので)フィクションらしくぼんやりと語ることにするが、校則がないに等しいので髪がピンク色の人がいたり、フルメイクの人がいたり。生徒会長は挨拶で笑いを取ることをマイルールとしているし、文化祭ではコスプレイヤーが舞い踊る。卒業式も卒業生の服装は自由で、奇抜な格好で参列する先輩も少なくない。正式な「卒業証書授与式」の後、くだけた(ふざけた)生徒主体の「そつぎょーしき」が行われる。それからさらに部活ごとに集まってお別れ会が始まる。

 四時間目に英表担当(仮名 A)が「昨日の放課後も今朝も職員会議したんだけどね、『うちの学校で在校生を参加させなかったら暴動が起きる』っていう結論に落ち着いたんだよね。」と言った約二時間後のことである。

 教室はざわめきだした。先輩方への寄せ書きはいつ渡す、プレゼントはどうする、ビデオメッセージだ、部長にラインして、と尖った声。あーやっぱりね、他の学校そうだもんね、今年の先輩の衣装を参考にするつもりだったのに、と気だるそうで落胆したような声。そんな声が飛び交う中で行われたLHRはビンゴ大会。私はリーチを五つ作って終わったけれど、友達の一人が当てたキャラメルコーンをつまみながら、また別の友達が持ってきたDOSをした。

 五時間目が終わりスマホを見てみると、所属する文芸部の部長がグループラインに何かを送信していた。「副部長に用意してもらっていた先輩方への寄せ書きですが、さっきの放送の通り渡せなくなりました」。睡眠時間削って全員分の『ご卒業おめでとうございます』のレタリングの下書きしたのに、と副部長(私)は思わず舌打ちをした。



 さて、私はかるた部にも所属している。前部長がかなり凝った寄せ書き付きのアルバムを作って卒業生にプレゼントしていたこともあり、我らが現部長も冬休み明け一か月以上前から寄せ書き用メッセージカードを部員に配り、テスト勉強のための部活停止期間に入る前にそれを回収していた。それの貼り付け作業を、試験終了後に活動場所に集まって行ったばかりだった。部長は試合後のミーティングで、部員全員で集まって先輩方に寄せ書きを渡す機会が今のところないこと、春休みの練習予定も未定になってしまったことを、いつもよりやや低い声で我々に告げた。


 どうなるのかわからないや。

 そう考えながら、我々二年生は昇降口を出た所でオリオン座を見上げて星空に手を伸ばしてから、地下鉄組とバス組に別れて帰宅した。



 そして、かるた部部長が心労のためか塾でぶっ倒れて救急車で運ばれた話は、また別の機会に。

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