第6話

「フェリシア嬢はとても勤勉だな」


「えっ……」


「ああ、馬鹿にしているとか嫌味とかではないんだ。純粋に、努力を重ねているあなたが好ましいと思っている」


「あ、ありがとう、ございます……」


一瞬、ただの小娘の分際で、と思われているのかと焦ったが、直接好ましいと思ってもらえているのを聞くのは嬉しい。


「また、便りを出すよ」


「はい、ぜひ!」


怪しまれない程度に周囲から見える場所で談笑し、自然に離れる。それからはまた疲れが取れて、元気にほかの貴族たちの話題について行くことができた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


「ただいま戻りました」


数時間ほど歓談をしたが、皇帝陛下が未婚の若いご令嬢だから、と途中退席してもいいと言ってくださったおかげで、早く部屋へ戻ってこられた。それも、わざわざイクセル様を護衛に就けてくれるなど、手厚い。


イクセル様はランドリア帝国皇位継承権第二位のお方だから、彼がいれば変に絡まれることもない。


「お嬢様、今日はお顔の色があまりよくありませんね……ご無理をなさったのでは……」


「大丈夫です、心配ありがとう」


部屋へ帰ってからすぐに入浴し、身体の疲労を癒す。顔色が悪いと指摘され、鏡で素顔を見ればたしかに真っ白な顔が映っていた。


「お嬢様……」


心配そうにこちらを見るメイドから、ハーブティーを差し出され、ありがたく受け取る。ほどよい温度のそれを一口含めば、フッと息が漏れた。


誰も言いはしないが、婚約者がいながら公の場でその婚約者にエスコートしてもらえない令嬢と話が付いて回っているはずだ。これでは価値がないと判断されてしまう、もっと、もっと……価値を示さなくては。


「ありがとうございます、とても美味しかったです」


「もったいなき、お言葉にございます」


今、頭を支配しているのは、いかに自分の価値を上げるかだ。貴族としてのプライドや誇りなんてあったところで家族を救うための道具にはなりえない。自分の価値を上げることだけが、今のところ生き残る唯一の手立てなのだ。


「おやすみなさいませ、お嬢様」


「おやすみなさい」


就寝まで支度を手伝ってくれたメイドと別れてベッドへ寝転ぶ。考えるのはこれから先のことだ。今までで違ったことが一つだけある。


それは、イクセル様と出会ったことだ。彼とは過去に一度も出会ったことがない。今回初めて出会った人物で、過去にランドリア帝国に皇位継承権第二位の皇子がいたことは知っていたが、その人物がイクセル様であることは知らなかった。


そう、イクセル・ブロムストランドという男と、今まで一度も話したことも出会ったこともなかった。もしかしたら今世は何かが変わるかもしれないと、期待するには十分で。


「ううん、油断はしない。必ず家族が生きられるってわかるまでは」


あれやこれやと思考を張り巡らせているうちに寝落ちをしたようで、気が付けば朝だった。


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