番外 奴隷を集めよう前編
「次回は決戦だと言ったな、あれは嘘だ」
女奴隷を集めた王様のお話なのに女奴隷のおの字も出ないタイトル詐欺を払拭するため急遽デルニシテの伝説からその傍らに従った女たちの、その中でも有名な数人を紹介する時間を取りました!さあ行きましょう!
デルニシテが最初の一人を得たのは、隊長就任直後。
それは誰もが微睡む昼下がりのこと。
この二人も例外ではなく、小隊の執務室で昼食後のゆったりとした時間をそれぞれの定位置で過ごしていました。
この小隊のキッチンを司る歴戦のコック、ブレナンの晩ごはんに早くも思いを馳せるのはデルニシテ・イーデガルド。新人隊長。偉そうに隊長用のデスクでふんぞり返って目を瞑り昼休みを過ごす。その懐に剣を抱えているあたりを除けば、割と整った容姿のただの青年です。
その正体は生まれながらの戦闘民族。尖り歯の一族の族長の息子にして、所属するミザ王国軍の中で若くして最強の剣士と名高い英雄その人。
…もっとも、本当のところは武具磨きを趣味とする陰キャで、天然で、目上の人間の言うことを聞かない割に慇懃だけどやっぱり迷惑な男。今のところは。
もう一人は、応接用の柔らかなソファに身を沈め顔を上へ向け、昼間から小さな酒瓶を逆さにし最後の一滴まで安酒を堪能する中年。
ガナル・デンゼル。元々は隊長の椅子に座っていたが部下の教育不行き届きで降格を食らった哀れなおっさん軍人。その部下とは当然デルニシテ。迷惑をかけられた腹いせと言わんばかりに熱心な教育を隊長に施す隊長補佐。
事の始まりは、酔わない程度に留めたはいいものの酒のストックが切れ手持ち無沙汰になったガナルの何気ない一言でした。
「…なあデルニシテ。お前その、あれだ、女に興味はねぇのか」
と、少しだけ様子の違うガナルが話しかけてきたのでデルニシテは、
「あります」
と素直に答えました。素早く身を起こしいつもは眠たげな目をきりっと細め表情を引き締め、ついでにやや食い気味に。素直なので。
まあ長くはもちません。すぐにふにゃりと態度を戻し、首をかしげます。
「ありますけど…いきなりどうしたんですか?」
「お?おう、いや、お前の親父はよ、世界で一番女ぁ囲ってる男だろ?息子のお前はどうなンだろうな、と…」
「…ああ、ガナルさんも父のことが好きなんでしたね」
「ばっ…ちげぇよお前そンなンじゃねぇし!」
デルニシテの父、傭兵イド。
かつてミザ王国と隣国の戦争を終結させた英雄にして、現状この世で唯一「魔女」を打倒した偉人。
ガナルは若かりし頃戦場に立つイドの追っかけをするくらいの熱烈なファンでした。
元上司が少年のように頬を染め顔を背けるのを見てデルニシテはふふ、と穏やかな笑みを浮かべるともう一度椅子に深く腰掛け、窓の外の青空を眺めながら語り始めます。
「父は僕たち子供に、最初に手に入れた五人の奴隷だけを母と呼ばせました。僕は一番目の母の一番目の子供、傭兵イドの長子です」
「…ンッ!」
ガナルは何かが刺さったかのように己の胸に手を当て、苦悶の表情を見せました。
最初の五人だけを特別扱いするイドと五人の関係性に咄嗟に思いを馳せてしまい致命傷を負ったからです。オタクにはよくあることですよね。
ついでに言うと、デルニシテの「一番目の女と作った一番目の子供」という設定はガナル的に正直かなり刺さるものがありましたが何分その当人がアレなので非常に複雑な心境です。設定は好きだけどなんか違う。オタクにはよくあることですよね。
「父は僕たちに生き方を強制しませんでした。どちらかと言うと放任主義で、でも誰もが父に憧れ、武技の指導をねだったのはやっぱり父が僕たちを愛してくれていたからなんだと思います」
「…ッ!」
二コンボ。
「母や奴隷たちもそれぞれに父を愛し、そして父もまた全員を愛しました。とても表に出すようなことはありませんでしたしむしろぐいぐい寄せて来る母たちを若干鬱陶しがっていたようにも見えましたが僕にはわかります」
「わかる…そうだよな…隠してンだよな…不器用だから…」
尊みの三コンボ。ガナルは両手で顔を覆って頷くことしかできません。推しのことならなんでも知ったようなことを言う。オタクには以下略。
「こんなこともありました。ある冬の夜のこと、空気の特別澄んだその日に父と母が縁側で…」
「え、縁側で…!?」
「身を寄せ合い、夜空を眺めながら…」
「眺めながら…!?」
「……」
「……!?」
「……」
「……いやなンか言えよ!!頼むから!!」
釣れた。
デルニシテは不遜な笑み(下手)を浮かべます。
「続きは、こちらの要求を聞いてからにしてもらいましょう。無茶は言いません。僕も父の話をするのは好きですから」
「くっ…なンつー卑怯な手を…!何が望みだ!昼寝か?代筆か?」
「僕が聞きたいのは、奴隷について、です」
「…奴隷?」
「はい。奴隷はどこへ行けば手に入りますか?」
そんな問いに対しガナルは。
急に冷めたように、そしていつも通りに、ため息をつきました。
「…あのな。お前今自分が何者か、知ってるか?」
「軍人です。この前出世しました」
「軍人は、奴隷、持てねぇの。少なくともうちの国は表向き奴隷の所持は禁止だって決まってる」
「えっ…」
がしゃん、と。
あのデルニシテが。剣を。取り落とした。
がくりとうなだれ机に突っ伏すとがつん、とそれなりに大きな音と衝撃がありましたが本人はびくともせず落ち込んでいます。名付けて兜要らず(物理)の石頭。ガナルが彼を叱る時に頭を殴らないのはこれが原因です。一度捻挫しました。
「そんな…俺は、なんのために…」
「で、デルニシテ…?」
「軍人、やめます…」
「馬鹿待て待て待て待て早まるな!出世できたところじゃねぇか!」
「でも、奴隷…」
「いやでもその辺は…ああもう教えてやるよ仕方ねぇ!」
絶望の末席を立ちかけたデルニシテを無理矢理座らせるとガナルは一応周囲を確認して、耳元に顔を寄せ囁きました。
「軍人でも奴隷を持つ方法は、ある」
「…本当ですか?」
「ああ。大声じゃ言えねぇから秘密な、秘密」
「はい、はい」
うんうんと子供のように頷く新任隊長を見てもうやめるとか言い出さないことを確認すると、ガナルも応接用の椅子へ座り直す。
「まあ、簡単な話だ。正式に雇えばいい」
「雇う?」
「奴隷売買ってのは、元はと言えば労働契約だ。弱い奴に対して金を盾にろくでもねぇことする奴がいるから禁止されてるンであって、普通に雇う分には問題ねぇ。そうだろ?」
「なるほど…」
「これを利用して小隊長の中には秘書として女ぁ囲ってる奴がいくらかいる。無論金はかかるぜ?あと、隊の金使い込むのは当然有罪だ。…まあお前は個人宛の報奨金馬鹿みてぇにもらってるしその辺は心配ねぇな。ただ、問題がある」
「奴隷に逆に襲われるとかですか?」
「はぁ?奴隷買うような奴でンな間抜けいるわけねぇだろ。ちげぇよ、建前だ」
「建前…どうして雇ったか、ですか」
「それだ。お前の場合、アルハレンナ殿の視察なンかあった日にゃあ…」
ぶるりと身を震わせるガナル。会って日の浅いデルニシテにもその脅威は察するにあまりあるものであった。
王国最強の剣士がデルニシテならば、彼女は最強の軍将である。
かの戦乙女の駆ける戦場に敗北はなく、その烈志は燃え広がるように全軍に伝播する。
焔の女、アルハレンナ。
美しさと強さの化身。
なるほどそんな上司に呑気に女奴隷など囲っているのを見られれば……。
デルニシテに流れる血が警告する。
女は、怖いと。
「…困りましたね」
「ああ困ったもンだ…俺が常々部屋を綺麗にしとけっつーのも、それで大目玉食らったからで…あン?」
ガナルは勢い良く拳で掌を打った。
「いや…閃いた。これなら、いけンじゃねぇか!?」
その顔には、確信した勝利の笑み。
戦場においてさえめったに浮かべないガナルの表情に思わず感嘆するも、さっぱり話の読めないデルニシテは首をかしげるばかりでした。
後日。
「視察だ!!!」
戦乙女アルハレンナ、襲来。
多忙の身でありながら麾下の小隊の抜き打ち検査を欠かさない彼女は恐怖の対象でもあった。特に最近は大きな戦も終わったばかりで誰もが気の抜ける頃。そんなところを見計らって彼女は部下を襲撃する。
その日も石壁の街に駐屯する隊長たちは必死に取り繕うためあらゆる策を講じていた上で落ち着かぬ様子だが、デルニシテだけは平静を保っていた。その立ち姿には余裕さえ感じられる。
「イーデガルドの奴死にたいのか…?」
「いくらアルハレンナ殿のお気に入りとは言え…」
「それとも…なんらかの策が…?」
デルニシテは、特に何もしていなかった。
だのに、アルハレンナの招集で隊舎の前に隊長たちが集められて尚、その悠然とした態度は変わらない。
それぞれの隊の査察が始まっても、仲の良い隊で隠してあった酒が見つかり仕事中の飲酒がバレてこっぴどく叱られた時も、隣の隊でうさぎを使った賭博レースが開催されていたことがバレて苛烈なるおしおきが行われるのを目にしても。
己の番で散らかった執務室が見られた時も。
「……これは、どういうことだ。デルニシテ」
この時、同行していたアルハレンナの側近である若き騎士は彼女の背後に炎を見た。無表情の仮面の後ろにちりちりと音を立てながら燃え盛る怒りの炎を。
彼女は鋼鉄の規律の人でもあった。その高潔さがまたその威風堂々たるいでたちを引き立て、兵民問わず多くの人間が惹きつけられてやまないのだ。
だからこそ、目の前にいるこの男が信じられない。
この偉大な権威そのものに靡かない生き物を。
彼は理解しかねる。彼でなくても。他の人間も。
「私は清掃もできない人間を出世させる気はないぞ。ガナルは何も教えなかったか?」
「いえ、教わりました。片付けても三日でこうなるだけです」
「開き直るなろくでなし。…それで?わざわざこれを見せたということは何か意味があるのだろうな」
「はい。……アルハレンナさんが僕に求めるもの、それは言ってしまえば戦果ですよね?」
「一位佐官と呼べ。そうだな、お前の力があればこの世界の全てを獲れる。そのことに疑いはないし、今からでもお前が私のものになるというなら」
「あ、いえそういうんじゃなくて」
「は?」
「秘書を雇おうと思うんです。片付けや仕事を手伝ってくれる人が欲しくて」
「……女を囲う気か?」
アルハレンナは目の色を変えました。自分の麾下でないというだけで、こすっからい手を使って規則を潜っている輩のことなど当然のように知っている。
デルニシテは冷たく熱い怒りの視線を正面から受け止め、なおも反論した。
「聞いてください。昇進に正しい手順を踏んでいない以上勉強は必須ですが、その上で普段の仕事をこなし戦があれば戦果を挙げに行かなければいけません」
正論を以て立ち向かうデルニシテ。しかしアルハレンナもまた一歩たりと引く気はない。
「私の横暴を責め自分の不出来を肯定しろと?」
「アルハレンナさん」
「一位佐官と呼べ!」
「僕はあなたを奴隷にしたい。この考えは変わってはいません」
そこで初めてアルハレンナが揺らいだ。
出会ったその時にアルハレンナがデルニシテを欲したようにデルニシテもまたアルハレンナを欲した。最強の剣士が初めて出世以外に見せた執着。女奴隷を集めた傭兵の息子が、初めて奴隷として、伴侶として欲したという事実はアルハレンナをして動揺するに値する事実で。
つまり、アルハレンナは割と初心な女の子だったのだ。
「んぐ…き、貴様まだそれを言うか…!」
部下は、ゆっくりと歩を進めた。
「僕があなた以外の奴隷を持つのが、嫌ですか」
その異様な迫力に、あるいは真っ直ぐな視線に射抜かれたかのように上司は思わず後ずさる。が、すぐに背が壁に当たった。
「はぁ!?ち、違う!そんなわけないだろ!」
ぶんぶん首を振って否定する間にも彼は前進し、ついに顔がすれ違う距離まで近付いたところで、その形の良い耳に男は囁きました。
「安心してください。僕が孕ませたいのはアルハレンナさんだけです」
「!!!!!!??????」
ついに、戦乙女は斃れました。
耳まで真っ赤に染めて叱責の言葉を口にしようとしましたがその前に意識が飛んだせいで口は半開き。側近の騎士は何が起きたのかさっぱりわからないままに常日頃纏う威厳が消し飛んだ女上司をためらいがちに抱き起こし大声で医師を呼びます。
熾烈極まる戦いを制したのは、デルニシテ。
こうして彼は女奴隷を手に入れる権利を得たのでした。得たか?と言われると別に得てはいませんが、この件でデルニシテに迫ると再び反撃に遭うのでアルハレンナとしても手を出せなくなったというのが実情です。
この作戦はデルニシテのツラの皮の厚さこそが肝要でした。ガナルとしてもストップをかけなかったことは正直申し訳ないと上司に胸の内で頭を下げましたがそこはそれ。単純に手が足りないので手伝いを雇いたいと言い出した時点で仕方ないと引けなかったのが悪いと思っています。ガナルは上司であろうと弱いものには強く出る小物なので。
本当はデルニシテの散らかし癖と無理矢理な昇進をネタに彼女の生真面目な性分を刺激してなんとか上手く着地させるつもりでしたが、まあ結果オーライと言うことで。
「にゃははは!」
「あははは」
「にゃはにゃは!でるにー!」
「ん?」
「にゃはは!」
「そっか。ははは」
「……おい、デルニシテ」
「ははは、はい?なんですか?」
「奴隷、買ってきたのはいいけどよ……」
「にゃは?」
「あンで言葉通じねぇ奴を買ってくンだよ!おかしいだろ秘書だぞ!!」
「言葉は、遠い異国から来たそうなので。僕はわかるから大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃねぇよバカ!!!乗るんじゃなかったこンな話……」
「大体何故教えたんだガナル。これはお前のせいだぞ」
「仕方ねぇだろブレナン!あンな話エサにされちゃあ…うっ尊い…」
「にゃははは!」
「むーちゃんはかわいいなぁ」
隊長補佐二人がため息を吐いているのを横に主人と戯れる、後の覇王デルニシテの一人目の女奴隷。名前はムーナス。異国から来た褐色の肌の少女。
天真爛漫で愛嬌たっぷり。言葉はいまいち通じないもののとにかく愛玩奴隷としてはとっても有能。
……どころではない。
デルニシテほどではないがその時代の女性としては長身で、童顔の下に毬のごとくたわわに実った胸、なめらかに細くくびれた胴、逆に丸く膨れ少ない布地を押し上げる尻、みっちりと肉の詰まった大腿、すらりと伸びた両脚をくっつけたその肉体はまさに絶世の一言だった。
おまけに暑がりなのか買い与えた服を自分流に加工してしまい脇から腹から腿から惜しげもなく出しまくりで何の躊躇もなく愛想を振りまく彼女は男性がほとんどの軍人たちにとって最高最善最大最強の目の毒となり誰もを前屈みにせしめました。唯一彼女を従えるデルニシテだけは直立していましたがそれはあくまで堂々としていただけです。これはこれで他の軍人の注目を集めました。父ほどでなくてもなかなかの大きさ。
そんなスケベの塊みてぇなセクシャル極まりない二人組が身体で結ばれるのは実のところそれなりに先の話。
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