第2話 隊長になろう前編

 前回までのあらすじ。


「何って…敵を倒しただけだが?」


 一人でろくな装備もなしに敵兵十三人倒した主人公デルニシテ!


 初陣でこれだなんて彼の今後に期待が高まりますね!やばいですね!


「一人で十三人もあっさり討ち取るなンてまともじゃねぇぞ!報告書になンて書きゃあいいンだ!」


 隊の仲間が沸きに沸く中、隊長であるガナルだけは頭を抱えていました。


 無理もありません、いつも眠そうなツラ下げて剣ばっか磨いてる変な新兵が突然剣の達人でしたと言われても普通なら正気を疑われます。


 それにデルニシテは剣の達人ではありませんでした。


「父と違って僕は殺すことしかできないので…まだまだです」


「ンなこと誰も聞いてねぇわ!!…なあおいデルニシテ」


 小隊に与えられる隊舎と同じ敷地内にある隊長の執務室(利用者はおっさんなのに意外と片付いている。小物なので掃除と整頓が好きなのだ)で、一人は剣を磨きもう一人でデスクで唸っていました。


「デルニ!その剣は記念にお前にやるよ!その代わり剣には俺の名前を付けてマクレイの剣と呼んでくれよな!」


「伝説の剣みたいにするんじゃねぇよ。それよりデルニ、ほんとにどこも怪我とかしてないか?」


 といった経緯から預かっていた剣をそのまま譲り受け、それまで自分の剣を持っていなかったデルニシテは飛び上がらんばかりに喜び(表情は一切変わっていなかった)それまでよりもっと念入りに手入れをするようになった一方、上司のガナルはそんなことどうでもいいくらいのどでかい悩みに押しつぶされかけていました。


「デルニシテよぉ…お前、何者なにもンなンだよ。普通じゃねぇぞ」


 うんざりしたようなガナルの質問に、デルニシテは不思議そうに首を傾げ、


「…?二番目の母は一度に何人もなぎ倒していたそうですよ、かっこいいですね」


 と答えると上司は言葉にならない叫びをあげながら頭を振り乱し両拳を机に思いきり叩きつけました。


「…お前は!どこから来た何者なんだっつってンだよ!」


「どこから…ああ、故郷ですね。いいところですよ」


「んがー!!!!」


 例の任務からの帰還後。改めて呼び出したはいいものの、このように話は遅々として進みません。


 後にこの大戦争時代を終わらせる英雄はしかし、どうしようもなく天然のアホでした。


 ですが、まあいつまで経ってもこれでは話が進まないので少しばかりやり取りを省略して核心に進みましょう。


「僕の故郷は、山奥にあるんです。尖り歯の里と言って…ああでも、父と二番目の母が無理矢理街道を切り拓いたので交通の便は悪くないです。街までは、ちょっと遠いんですけど」


「…は?おい、今なンつった」


「父の名は…え?なんですか?」


「いややっぱりそっちが先でいい!そっちを言え!」


「えっと、僕の父の名はイド。僕は傭兵イドの奴隷たちを母に持つ尖り歯の一族のものです」


「…………」


「あの、ガナルさん?」


「…………っぷはぁぁぁぁぁ……そう、それだ。それが聞きたかった」


「そうですか。それはよかったです」





「よかねぇよ!!!!!!!!」




「え?よくないんですか?」


「いいんだよどうでも!!!はぁ!?尖り歯!?」


「はい。ほあ、ほあっへうえほ?」


「マジだ…ってことはマジでお前…ほんとに…」


「?」


「あの、伝説の傭兵イドの息子だってのかよ…」


「?はい、長男ですよ」


「どうでもいい…そうか…ちょっと待ってろ…おい今ドアの前から逃げた奴ちょっと待てゴラァ!!!!!」


 うーん、驚きの正体でしたね。ガナルはこの後三日ほど「そっかー…そうだったのか…」と夢でうなされ続けました。


 そう、デルニシテ・イーデガルドとは戦鬼、魔女狩り、尖り歯の王とあだ名される伝説の傭兵、イドの息子だったのです。


 まあつまり、そういうシリーズです、この物語は。


 ガナルの予想通り立ち聞きしていた誰かのせいでその話はあっという間に隊内へ広がっていきました。


「あの傭兵イド!?本当か!?」


「通りで強いわけだぁ…」


「た、頼んだら手形とかくれねぇかな…」


「デルニに頼んだら勘違いして自分の手形を持ってくるんじゃないか?」


「それはそうかもしれねぇな…」


 新事実に対してデルニシテのアホっぷりは隊内でも割と周知の事実でした。


 ガナルは結局、「敵兵が野営地を荒らそうとしていたところに偶然本隊が帰ってきて偶然挟み撃ちにしました(意訳)」と報告書に記し提出。もらった報奨金の一部を渋るデルニシテに押し付けこの一件を終息させます。


 いえ、実のところ終息はしませんでした。


 後々デルニシテの運命に関わる数人の耳に入った以上、この時に引き金は引かれていたと言っていいでしょう。銃はまだないんですけど。


「ガナルさん。お金より出世がしたいです」


「馬鹿言え。金の勘定も出世には必要だ。なあブレナン」


「ああ、隊を率いる立場になれば予算の管理はお前の仕事だぞ」


「出世って難しいんですね…」


「あンでちょっと嫌になってンだよ。…いいかデルニシテ、お前自分の出自は隠せ。この金は口止めと取ってもらってもいい」


「?なんでですか?父のことを話すとみんな喜んでくれますよ」


 首をかしげるデルニシテ。実際その通りでした。


「イドって戦場でとっ捕まえた捕虜を担いで攫ってたってほんとか?」


「傭兵イドは並外れてでかいって本当か?」


「イドの家名ってイーデガルドだったんだなぁ、俺結構詳しいつもりだったけど知らなかったぜ」


 などなど、波濤のごとく寄せられる質問に対してデルニシテはどこか誇らしげに、


「担いだら飛んできた矢が刺さって死んだので次回から引き摺ってたそうです」


「背は僕より低いです。え?下?下は並外れてでかいですね」


「いえ、それは母が勝手に父の本名を僕の家名にしただけです」


 と一つずつ、珍しく丁寧に答えてまわっていました。イドは大きいです。


 そんな天然野郎の天然ぶりに肩を落としながらもガナルはこんこんと説いて聞かせました。


「あのな…この国におけるイドってのは、そンだけ重い存在なンだよ」


「傭兵イドはかつてのミザ王国を戦勝へ導いた英雄であると同時、魔女を打ち倒した、とてつもなく影響力の大きい人物だ。お前がその血を引いているとわかれば出世どころではない、良くて宣伝や政治に利用するための飼い殺しにされるんだ。わかるか?」


「それは、困ります。僕は出世がしたいので」


「お前ブレナン相手だと聞き分けがいいのほンとむかつくな…まあそういうこった。秘密、秘密な」


 と言うか、俺の小隊に余計な注目が集まったら困る。俺はどこにでもいるただの軍人で、お前みたいな厄ネタを配下に抱えてると知られたら上から睨まれるかもしれない。


 そんなのは御免だ。あくまでただの軍人として過ごしたいんだ、と。


 ガナルが目線に込めた必死の願いは特に届きませんでしたが出世ができないとなると困るので、さすがの天然もここは素直にこくこくと頷きます。


 その日から誇らしげに父のことを語っていたデルニシテは一変。出世のためです、とかたくなに英雄譚を語ろうとしなくなりました。天然で正直ですが現金なやつです。


 とは言え、事態は既に当人が黙ればいいというものではなくなっています。


 明くる日、ガナルは隊員を集めました。情報統制の徹底、緘口令を布くべく招集をかけたわけです。隊員たちとしても突然よくわからない理由で口を閉ざしたデルニシテについての説明を聞きたいところだったので一番あいつの扱いに慣れている隊長の口から語られた理由についてはあっさりと受け入れます。仕方ない仕方ないとてんでに納得しました。


 まあ、それはそれ。現実は厳しいものです。


「いいかお前ら!あいつの素性については誰にも言うンじゃねぇぞ!」


「わかりました!んじゃ、隣の隊の奴にも口止めしてきます!」


「…は?」


「俺は馴染みの酒場へ行ってきます。まあそこにいたのは全員酔っ払いだったし覚えちゃいないでしょうがね」


「は?」


「俺は嫁さんに…」


「俺はいとこに…」


「俺は娼婦に…」


「俺は犬に…」






「ふざけンじゃねぇ!!!!!!!!!」






 と、この通り。人の口に戸は立てられないものです。


 デルニシテが来てからガナルの穏やかではないけれどそれなりの小隊長ライフはもうボドボド。新兵一人に苦労させられっぱなし。夜の執務室でブレナン相手に愚痴の日々。酒、飲まずにはいられません。


 でもまだまだです。ガナルの受難はまだまだ続きます。


 例えば、隊長やめさせられたりとか。


「ガナル隊長。僕もそろそろ実戦に出られますか」


「向こう十年くらい雑用でいてほしいところだ」


「そんなに必要としてもらえるなんて…でも僕には出世が」


「今すぐクビにしてぇ…お前よ、あンで出世なンかしてぇのよ」


「母のお願いなので」


「は?」


「母は世界が欲しいそうです」


「…はぁ」


「普段は自分の欲を口にしない人が欲しいと言ったものをあげたいと思うのは、おかしいでしょうか」


「一度考え直せ」


 そんなこんなでデルニシテが兵士になってから早半年が経とうとしていました。


 ガナルの必死のごまかしによってなんとかその出自は出任せだったということになり、なんとか噂は噂ということになりはしましたが、その間下されたいくつかの任務にデルニシテが歩兵として参加することはなく。


 ただ、訓練ではさすがに剣を取ることを許されました。


 元より腕前に関しては文句をつけるところなど皆無。本人も隊の仲間にも惜しみなく教えます。役に立ちますよ出世させてくださいアピールでもあるので。


「あ、敵来るなぁ、って思ったらおもいきり振ってください。人間は木と違って柔らかいので当たればどこでも痛がります」


「わかった!デルニは教え方が上手いなぁ!」


「いやお前それ…もういいや、それよりデルニ、疲れてないか?水飲むか?」


 ……まあ、強いことと教導に向いているかどうかは別ですよね。


 いくつかの小隊が集まって行う訓練にも参加しました。もちろん余計な注目を集めないように手加減をしっかり命じて。


 予定通り命令通りつつがなく進んだその終盤、兵士同士の試合ではなんとも貴重な姿を見ることになります。


「が、ガナル隊長」


 試合を終えて帰ってきたデルニシテは、なんと息を切らして汗まみれ。


 戦場で十三人涼しい顔で斬り捨て、歩兵訓練の華こと武装状態での走り込みでは隊員を先導するのに一人騎馬のガナルのすぐ後ろをおしゃべりしながら走っている馬並みの男が、まさか。


 なんだか無性にガナルは嬉しくなってしまって、にたにたと笑ってしまいます。この男は本来こういう弱っているものにマウントを取るのが好きな小物なのです。


「おっどうしたお前、息なンか切らしてよぉ。さすがのお前も戦場長い奴には勝てねぇかぁ?」


 と、意地悪くにやつきながら胸を小突きます。しかし、


「弱すぎて手加減するのに精いっぱいで…初めてです、こんなに疲れたの…」


「……」


 いつも通りの天然クソ野郎でした。


 今なら俺でも殺せそうだな、と剣に手が伸びかけましたがなんとかガナルは抑え込みます。天然相手にキレても仕方ないことはわかっていましたし、たとえ満身創痍でもデルニシテには敵わないだろうなと思っていたからです。


 実際その通りなのでうっかり本気で斬りかかってうっかり反撃で殺されるよりはちゃんと言いつけ通りに加減してみせた部下を褒めることにしました。


 とまあ、しばらくは平穏だったのです。今戦っているサヴィラ連合ともここ半年小競り合いといったところ。このまま講和にでもなンねぇかなーなんて。新兵をいい加減にあしらいながら柄でもなく穏やかな気分で青空なんか見上げていた時でした。


「伝令ー!!各小隊長に伝令です!!」


 現実はどこまでも非情です。そろそろ休暇を、というガナルの小さな願いは封書を抱えた元気いっぱいの若い兵士によって砕かれ散りました。


 人に夢と書いて儚い。別の隊長たちが続々と指令書を受け取る中、一人だけ伏して両拳を地面に叩きつけている中年に伝令兵はドン引きしました。


「あンっ、でだっ、よっ!!!!」


「えぇ…?」


「僕が受け取ります」


「え?なんで…?」


 そんな隙を突いて眠そうなツラの男が指令書を取り上げ、伝令が止める間もなく開封し神妙な顔ですらすらと目を通す。たちまち読み終わったデルニシテはすぐさま隊長を振り返り、


「やりましたガナルさん!戦争です!」


「ぶっ殺すぞ!!!!」


 剣磨いて上司煽ってるだけの男デルニシテ。ついに彼の物語がちょっとだけ進展する、運命の戦場へ。次回、「隊長になろう後編」

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