7     魔法使いの家

 朝の眩しい陽射しが顔に当たって、ダリアは目を覚ました。


「……ここ、は……」


「目が覚めたかい?」


 声のする方を見ると、赤い瞳が優しくこちらを見ていた。


「魔法使いさん! 私……あ、守り石……!」


 今までの出来事が一度に脳裏に蘇り、ダリアはがばっと勢いよく起き上がった。きっと、手を伸ばして掴んだと思ったあの瞬間、意識を失ったのだ。


 焦るダリアにモナルダは笑って言った。


「大丈夫。ほら、右手を開いてごらん」


 言われるままに、そっと右手を開く。掌の上に、不思議な模様の入った石が静かに煌めいていた。


「これが……私の石?」


「そうだよ。よく頑張ったね、ダリア。これがあんたの魂の片割れ。人の心と体に安らぎを与え、自信と素直さを支えてくれる強い石だ。あんたの魂の形にぴったりだね」


「私の、魂……」


 静かな光を湛えた石を、ダリアはぎゅっと握りしめた。


「これで大丈夫、あんたの願いは叶った。弱って死んでしまうようなことはない。これで安心して村に帰って……」


「魔法使いさん、お願いがあるんです」


 モナルダは驚いて、自分の言葉を遮ったダリアの顔を見た。ダリアの鳶色の目は、今まで以上に真剣にモナルダの赤い目を見つめていた。


「お願い? まだ何かあるのかい?」


「私も、魔法使いになりたいんです」


 ダリアの言葉に、モナルダは半分口を開けたまま止まった。


 ずいぶん長いこと、そのまま止まっていたような気がする。モナルダの顔に浮かんでいるのは驚きではなかった。ダリアの願いを笑いもしなかった。ただ、聞いた瞬間の表情のまま、固まっていた。ダリアもあえて続けて何か言おうとはしなかった。ふたりとも黙ったまま、数秒か、数分か、ただ時間が過ぎた。


 モナルダが、ゆっくりと口を結び、再び開いた。


「どうして、そんなことを思ったんだい?」


「私を助けてくれた魔法使いさん、すごく格好良かったんです。私、大人になったらとか、自分が将来どうなりたいか、今まで全然分からなかったんですけど、初めてこんな風になりたいって思ったんです。私も、誰かを助けられる人になりたい。魔法使いさんみたいに」


「人を助けるなら魔法使い以外でもできる。魔法使いになるなんて、お勧めはできないよ。あんたは村に帰るべきだ。家族が心配しているんだろう」


 思いがけず厳しい口調で突き放すモナルダに、ダリアはなおも食い下がる。


「私じゃ、魔法使いにはなれませんか」


「やめときな。村の暮らしとは全然違うんだ。昨日みたいに、人間のものじゃない世界や死に近々と接する、あの世に片足突っ込んだようなことをするんだよ。危ないことだってたくさんある。あんたみたいな子が来る世界じゃない」


「でも、言ってくれましたよね、いい魔法使いになるかも知れないって」


「それとこれとは話が別だ。素質があるというのと、魔法使いとして生きていくというのは全然違うことだよ」


 モナルダの目は相変わらず穏やかなものだったが、厳しく真剣だった。


「私だって、生まれつきこの目を……火の精霊に愛された目を持っていたというだけじゃ、魔法使いにはならなかっただろう。でもあの時、私には他に道がなかった。あんたは違う。あんたは「普通」に生きられる」


「私はもう普通じゃないです。石を失くして、一度死にかけて、自分の命を拾ってくるなんて経験、普通じゃない」


「あんたには帰る家があるだろう」


「兄も姉もきっと好きにしろって言ってくれます」


「私は、弟子は取らないよ」


「チコリちゃんはいるじゃないですか」


 チコリの名が出た途端、モナルダの眉がぴくりと動いた。


「あの子は集落では、昼の人々の世界では暮らせない子なんだよ。だから私の所に置いている。私にとっても、こうした方が都合の良いことがあるしね。あの子も私も同じ、普通の世界では暮らしたくても暮らしていけないんだよ」


 そう言うモナルダの表情は怒っているようでも、悲しんでいるようでもあり、ダリアは何も言えなかった。


「だが、あんたは昼の世界の子だ。あちらに住む場所があり、家族がある。……あんたはいい子だ。だからこそ、ここには置けない。一時の迷いで、こっち側に来るもんじゃないよ」


「モナルダさん!」


 魔法使いは鋭い視線でダリアを見据え、杖を構えた。


「ダリア、もうお家へお帰り。あんたの住む世界へ」


「待って……!」


 ダリアが叫んだ瞬間、魔法使いの杖が光った。パキンと乾いた音がして、体が浮きあがったと思った次の瞬間、彼女の目の前に白い光が満ちた。


 次に目を開けた時、ダリアがいたのは、自分が住む村の見える森の外れだった。

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