7 気まずさに打ち勝った先……

 その日の朝。


 僕と遥花は待ち合わせて一緒に登校した。


「おはよう、遥花」


「おはよう、幸雄」


 そう言って見つめ合うと、お互いに目を背けてしまう。


「……じゃ、じゃあ、行こうか」


「……うん」


 僕と遥花は手を繋いで歩き出した。




      ◇




 2年B組の教室の前で、僕たちは立ち止まっていた。


 その時、遥花の指先がまた小さく震えていた。


「大丈夫だよ」


 僕がぎゅっと手を握ると、遥花は小さく顔を上げて俺を見つめる。


「行こう」


 僕が微笑んで言うと、遥花も微笑みを返した。


 教室の扉を開く。


 中にいたクラスメイト達が一斉にこちらを見た。


 僕と遥花は黙って彼らと対峙する。


「よう、幸雄」


 秀彦が声をかけて来た。


「おう」


「何かさ、委員長が橘さんと話がしたいって」


「え?」


 すると、委員長がおずおずとした感じてやって来た。


「あの……」


 メガネの奥で委員長の目がシュンとうなだれていた。


「昨日は、勝手なことを言ってごめんなさい」


 そう言って、委員長は深々と頭を下げた。


「あれから、先生たちにも橘さんの事情は聞いたの。知らなかったとはいえ、あなたを傷付けることをたくさん言って……本当にごめんなさい」


「いや、あたしはそんな……」


「俺からも謝るよ。ごめん」


「秀彦……」


 すると、クラスのみんなも遠慮がちに寄って来て、


「ごめん……」


「悪かった」


「すまん」


 口々に謝罪の言葉を言ってくれた。


「……みんなのせいじゃないよ。元々、あたしが口下手で、ちゃんとコミュニケーションを取れなかったせいだ」


 遥花は言う。


「だから、これからは、みんなとも仲良くしたいな」


 遥花が笑顔で言うと、主に男子がハートを撃ち抜かれたように赤面した。


「ヤバ、可愛い……」


 そんな声が漏れ聞こえる。


「おいおい、今さら惚れても。もう橘さんは幸雄の彼女なんだぜ?」


「わ、分かってるけどさ」


「で、ちなみに気になっていたんだけど、橘さんのそのご立派なお胸は何カップですか?」


 秀彦は揉み手をしながらいたずらな笑みを浮かべて聞いて来る。


「おい、秀彦」


「まあまあ、幸雄くん。そう怒らないで」


「怒っていると言うか、呆れているんだけど……」


「……その、まだ幸雄にも教えてないから」


「あ、じゃあこうしよう。今から橘さんが幸雄にだけ耳打ちをして、俺らはそのリアクションを楽しむってことで」


「おい、そんなの遥花が了承する訳……」


「……それなら、良いよ」


「良いの!?」


 僕がギョッとして目を向けると、遥花はこくりと頷く。


 男子たちは「うおおおおおおおおぉ!?」と盛り上がる。


 一方、女子たちはあきれ果てていた。


「幸雄、私のカップ数はね……」


 僕はノーリアクションを心掛けていたのだが、


「……えっ、そんなに?」


 思わずそんな風に聞き返すものだから、


「「「おおおおおおおおおおおおおおぉ!?」」」


 男子たちはすっかり興奮してしまう。


「おい、幸雄。親友の俺にだけ、こっそり教えてくれ」


「絶対に嫌だよ」


「おーい、みんな! 自分だけ金髪巨乳の彼女を一人占めしている幸雄くんを懲らしめようぜ~!」


「バッ、おまっ……」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!」」」


 興奮した男子たちが俺に殺到する。


「秀彦、お前ぇ!」


「フハハハハ! 罰を受けるが良い、ラブコメ主人公めが!」


「誰がラブコメ主人公だ!」


 そして、数分後……


 教室の片隅には哀れな男子たちの屍が積み上げられていた。


 その中には秀彦もいて、


「幸雄、お前……」


「うん、何か鍛えていたおかげで強くなってるっぽいわ」


 僕はあえて満面の笑顔でそう言った。


「幸雄、ステキ♡」


 遥花がぎゅっと僕の腕に抱き付く。


 豊満な胸の感触が惜しげもなく押し付けられた。


「「「ヂクジョウ……」」


 秀彦を初めとした哀れな男子たちは血と汗が混じった涙を流していた。


「ねえねえ、橘さん。せっかくだし、今日のお昼ご飯一緒に食べない?」


 今の茶番が何事も無かったかのように、クラスの女子が笑顔で言う。


「あ、ごめん。昼休みは幸雄とお弁当を食べるから」


「遥花、せっかくだし行って来なよ」


「え、でも……そうしたら、幸雄のお弁当が無いよ?」


「今日くらい購買で済ませるから」


「うん、ありがと」


 そんな僕らのやり取りを見て、女子たちはキュンキュンしてくれたようで、


「遥花ちゃん、可愛い~!」


 そう言いながら、ドサクサに紛れて遥花のおっぱいを背後から揉む。


「きゃっ!?」


「うわ~、これ本当におっきぃ。さすがハーフちゃんだねぇ」


「あたしも揉みた~い!」


「揉めば御利益あるかな~?」


「ちょっ、みんな……あっ!」


 そんな百合エロシーンを目撃した屍男子たちは、


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!」」」


 最後に断末魔のような悲鳴を上げて昇天した。


「うりうり~、おっぱいモミモミ~♪」


「や、やめて……幸雄、助けて~」


 遥花が涙目で訴えるが、


「……ごめん、ちょっと無理」


「な、何でよ~?」


 僕は軽く心を鬼にして遥花に手を差し伸べない。


 それは遥花が他の女子ともっと仲良くなって欲しいからであって。


 決して、この光景が眼福だからとか、そういう訳ではない。


「そうだ、良いこと考えた。女子のみんなで遥花ちゃんのおっぱいを揉んで、誰がカップ数を当てられるか勝負しよう!」


「良いね~!」


「賛成~!」


「ふええええええええええぇ!?」


 コワモテのヤンキーキャラから一転、遥花はすっかりいじられキャラになってしまう。


 実際、おっぱいをいじられまくりだし。


「ゆ、幸雄ぉ~!」


 耐えるんだ、遥花。


 これもクラスの女子と仲良くなるためだ。


 そのためなら、僕は心を鬼にする。


 そして、この光景はしっかりと心のカメラに収めておこう。


「これは絶対にFカップは下らないわね~」


「Gかな?」


「いや、Hでしょ?」


「まさか、Iとか?」


「ひ~ん!」


 ちなみに、答えはJカップです。







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