5 固くて、柔らかい
朝のHR前の教室はザワザワしていた。
「何か最近、お前の顔が引き締まって来たな」
「え、そうかな?」
秀彦の言葉に僕は小首を傾げる。
「まあ、体を鍛えているおかげかな?」
「へぇ。ぶっちゃけ、女子の間でもちょっと話題になっているんだぜ? 最近のお前がちょっと良い感じだって。橘遥花の舎弟になってから、何か逞しくなったって」
「だから、俺は彼女の舎弟って訳じゃ……」
言いかけて、僕は口をつぐむ。
「おい、どうしたんだよ……」
背後に振り向いた瞬間、秀彦は絶叫しそうな顔で絶句した。
「あたしがどうかした?」
遥花に傲然と見下ろされ、秀彦はガクブル状態になる。
「い、いえ、何でも……」
「あっそ」
遥花はそのままドカっと椅子に座る。
「おはよう、幸雄」
「うん、おはよう」
「今日も昼休みに屋上ね」
「分かった」
僕が遥花とやり取りをしていると、
「なぁ、幸雄。お前よく橘と普通に話せるな? 怖くないのか?」
「まあ、最初は怖かったけど。今は全然だよ」
「すげえな……おっと、また睨まれる前に退散するわ」
秀彦はそそくさと自分の席に戻って行った。
◇
昼休みの屋上にて。
「幸雄。はい、あーん♡」
パクっと僕は卵焼きを食べた。
「ど、どうかな?」
「……うん、美味しいよ」
「良かった~」
遥花はホッと胸を撫で下ろしたような顔になる。
「あれ? 遥花、何か目の下にクマが出来ていない?」
「へっ? いや、これは……」
「あ、そっか。一人暮らしで家事が忙しいせいだね?」
「えっと……うん、そんな感じ」
遥花は少しぎこちなく笑う。
「ところで、さ。幸雄」
「ん?」
僕は遥花の手作り弁当に舌鼓を打ちながら相槌を打つ。
「クラスの女子が幸雄のことを話題にしているって言っていたでしょ?」
「あ、聞いていたんだ。僕も秀彦に聞いただけだから、よく分からないけど」
「でも、仕方ないかも。最近の幸雄はカッコイイもん。まあ、あたしにとっては元からカッコイイけど……」
自分で言っておきながら、遥花は激しく赤面した。
それから、チラチラと俺の腕に視線を向けている。
「どうしたの?」
「いや、えっと……どれくらい鍛えているのかなって」
「あ、触りたい感じ?」
「……うん」
遥花はコクリと頷く。
「良いよ」
僕は二の腕をくいと差し出す。
遥花はそーっと手を伸ばした。
そして、触れる。
「……あっ、固い」
「そうかな? 僕としてはまだまだって感じだけど」
「ううん、もう十分すぎるほど……固いよ」
「ありがとう」
僕は笑顔で言う。
「じゃあ、今度は……お返しにあたしのおっぱいを揉む?」
「えっ? いやいや、良いよ」
「あたしのおっぱいは魅力がない?」
「そんな訳ないだろ? 魅力の塊だよ。だからこそ、易々と触っちゃいけないんだよ」
「もう、本当に真面目なんだから……でも、そういう所が好きなの」
遥花の頬がポポポと赤く染まる。
言われている僕も恥ずかしくなって来た。
「あーあ、早く幸雄の彼女になりたいなぁ」
遥花は足をブラブラとさせる。
「何なら、今すぐしてくれても良いんだよ?」
笑顔で小首をかしげながら言われて、僕はドキリとした。
スカートとハイソックスの間のふとももに目が行ってしまう。
「……ごめん、もう少しだけ待って」
「焦らすね。焦らしプレイ?」
「プレイとか言わないで」
「分かった。気長に待つよ」
「ありがとう」
「でも、付き合っていなくても、お互いに好きあっている訳だからさ……」
ふわっと良い匂いがしたと思ったら、遥花が僕に抱き付いていた。
「は、遥花?」
僕が少し裏返った声を出した時、遥花は小さく僕の耳をかんだ。
「うわっ」
驚いてゾクリとする。
「……幸雄もやって」
「いや、でも……」
遥花が期待に満ちた目で僕を見つめている。
そのきれいな碧眼で見つめられると、なぜだか断れない。
「じゃあ、ちょっとだけ」
「召し上がれ♡」
遥花は目を閉じて僕を受け入れようとする。
そっと、彼女に顔を寄せ、耳を噛んだ。
「……あっ」
遥かの口の端から吐息をが漏れる。
「……柔らかいね、遥花の耳」
「……そう? 美味しい?」
「いや、それは……」
答えに困る僕を見て遥花はくすりと笑う。
「このまま、あたしを食べても良いよ?」
「いやいや。普通にお弁当を食べます」
僕が言うと、遥花はぷくっと頬を膨らませた。
「ケチ」
「ごめんなさい」
僕が素直に謝ると、遥花はくすりと笑う。
「楽しいな、幸雄といると」
「僕もだよ」
お互いに笑い合う。
こうして、また二人だけの、穏やかな時間が過ぎて行った。
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