第9話:天才高校生は公爵を怒らせてしまうようです

ケンタは屋敷の中に入るや否や玄関で立ち止まってしまった。いや玄関ではなく、エントランスホールか。天井が高く人に圧迫を感じさせない作りになっている。細かなところを見ると、由緒正しい佇まいでその中にも気品が窺える装飾品や見るからに高級そうな置物、そして大勢の執事やメイドがケンタを出迎えた。



『おかえりなさいませ、サーシャ様、リディア様、そしてようこそ、お越しこださいました、ケンタ様』


執事やメイドが声を合わせて深々と礼をする。


一糸乱れぬその様は、前世を思い出させるもので何かモヤッとした。


ケンタは前に述べた通り上流階級に属するにふさわしい家柄だった。森崎財閥は上流階級の例に漏れることなく家がとても大きかった。そのため家族だけでは家の管理ができないので、使用人を雇っていた。使用人たちも先程のようにケンタが学校から帰ってくる時間がわかっているかのように待機していて、帰ってくると挨拶をする。


ケンタはそんなことを思い出してしまった自分が恥ずかしかった。


ここは異世界、前世のしがらみに囚われず、そして誰にも邪魔されない世界


前世のことを引きずらないよう決意したケンタであった。


リディアはそんな思考に耽っていたケンタを見て口を開く。



「ケンタさん、顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


自分のことでそんなに心配されてはいけないとケンタは思い答える


「いや、少し考え事をしていただけだ。別に気にしなくてもいい。」


「そうですか、ならよかったです!」


と満面の笑みでケンタを見つめるリディアであった。





屋敷の中はどうやら靴を脱がなくていいらしく、ケンタはサーシャとリディアと共に靴を脱がずそのまま公爵がいるという部屋へ向かった。





公爵がいるらしい部屋の前に着くとサーシャは


「旦那様、リディアと冒険者のケンタを連れてまいりました。」


そういったあと、一拍間があいてから、中から、


「入れ。」


と、低く渋い声が聞こえた。



サーシャは扉を開け、先に入り、リディアとケンタを招き入れるために、扉に背を当てて手で招き入れるような動作をする。


そうしてリディアとケンタが足並みを揃えて部屋へ入ったあとサーシャは部屋の扉を閉めた。






ケンタは内心かなり緊張していた。


執務机に座っているのは40代ほどの男性で艶々の金色の髪で目は透き通った青色の目をしていた。机にどっしりと構えるその居住まいは公爵という名の重圧に押しつぶされない精神を持っていると感じられた。


そういったことを思っていると、男性、公爵が口を開いた。


「緊張しているのかい?まあいい座ってくれ。」


「ああ、わかった。」


そう言って公爵は執務机の前の椅子にケンタを座らせた。サーシャとリディアは公爵の後ろに控えている。


「私の名前はジャクソン・フォン・エアフルト。このエアフルトの町を中心とした、エアフルト領を従兄弟のニコラス王から預かっている。さっそくだが、ケンタくん、我が娘を助けてくれてありがとう。本当に感謝してもしきれない。」


「いや、さっきサーシャさんにも言ったが、人として当然のことをしたまでだ。感謝されるようなことはしていない。」


「まあ、そういうな。私が感謝しているということだけでもわかってほしい。」


といったところでジャクソンの周りの空気が一変する。


声がワントーン下がる。


「で、まあこの話に関連することなのだが…」


そうして間を開けて大きく息を吸ったあと言い放つ。


「俺のリディアちゃんをよくも恋する乙女にしてくれたなぁ??リディアちゃんは俺がとっても、とーっても可愛がっていていつもいつも、『お父様!』って満面の笑みで呼びかけてくれるんだよ。なのに、今日帰って来てからはお前の名前しかいわねぇ。なんでお父様っていってくれないの?俺、かなしいよ、ぐすんぐすん…。」


何という幼稚な大人なのだろうか?


ジャクソンは机に顔を突っ伏して悲しんでいた。


後ろに控えていたサーシャは呆れた顔をしていた。


「申し訳ございませんね。旦那は娘を可愛がるばかりに、ケンタさんに嫉妬してしまったんでしょうね~。」


「お、お父様、ケンタさんの前でそんな恥ずかしいことを言わないでください!」


とリディアは顔を紅くして言っていた。


そんな会話を聞いていたケンタは疑問に思った。


恋する乙女ってなんだ?、と。


森崎家は先に述べた通り上流階級だった。ケンタは女性の扱い方は学んでいたが、恋というものを経験したことがなかった。当然、恋に落ちたこともなければ、相手の好意に気づけるはずもない。


そんなことを考えていると、ジャクソンが顔を上げ、ケンタの双眸を射抜いて、こう答える。


「決闘だ!俺の気がおさまらん!俺と剣と魔法の両方で勝負だ!」


ジャクソンの目は本気だった。


すると、サーシャは困っているのか、ケンタの方を向いていった。


「普通に危ないですし、怪我でもしたら公務ができなくなりますよ?それにケンタさんには私たちがお礼をいうためにわざわざ来ていただいたのに…」




(対人戦をするにはこれ以上ない相手、グロリアが言ってたが創造神の加護とやらがあるし、万が一の時は治癒魔法を使えばいいだろう。)



ケンタはそう考え、ジャクソンの申し出を受け入れたが、リディアが心配そうに見つめてくる。


「大丈夫なのですか?お父様の決闘なんて受けなくてもいいのですよ?怪我でもしたらどうしましょう?」


「大丈夫だ。心配するな、リディア。俺は怪我なんてしない。」


そういいつつケンタはリディアの頭を撫でる。


リディアはどことなく顔を真っ赤にして、上目遣いでケンタを見て、


「や、約束、ですよ?」


「ああ、約束だ。」


そういって2人の空気に耐えられなかったジャクソンは頭を抱え今にも消え入りそうな声で


「そういうとこなんだよな~~~~~」


それに対してサーシャは


「あらあら、もしかしてリディアちゃんケンタさんのこと、好きになっちゃったのー?ロマンティックな恋ねー。」


「も、もう!お母様!」


そうやって叫び出すリディア。


ケンタはそんな光景を見て、ふと思った。


俺もこんな温かい家庭を作りたい、と。


そんな思いが珍しく顔に出ていたのか、ケンタは笑っていた。


その顔を見た、いや見てしまったリディアは

鼻血を出して倒れた。


「か、かっこいい。」


という言葉を残して。

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