宇宙最強最固の密室殺人

五三六P・二四三・渡

宇宙最強最固の密室殺人

「ってブラックホールの話ですか?」

「まあそうだが」


 素人探偵の藤堂バルハに電子雑誌のデータを見せられ、私は早々に言った。

 「宇宙最強最固の密室殺人事件」と見出しに書かれている。

 そのままブラックホールのことだと思って質問したがどうやら正解らしい。

 いや最固ではなく最硬では……?

 確かにブラックホールまで行くと硬いっていうより、概念的なので固いのほうが近そうなイメージはあるが。


「ブラックホール殺人事件って誰でも思いつきそうで、すでにありそうですね」

「外観が同じでも、トリックが別であればオリジナルを主張できる。足跡のない雪に囲われた小屋で起きた殺人事件がいくつもあろうが、トリックが別であれば、それはもう別の殺人となるよ」

「はあ、つまり」と私は言った。「次はこの殺人事件を解決するんですか?」

「んん~それは何をもって解決するというかにかかっているが……まずブラックホールを、宇宙最強最固の密室と表現することに異論を持つ人はいるだろうが、そこは『宇宙最強最固の密室の一つ』と言ってしまえば異論はぐっと減るだろう」

「はあ……」


 探偵の助手というものは作家が多いという印象があるが、かく言う私もそのたぐいであった。なので藤堂は表現をわざわざ考えてくれたようだが、なかなかの余計なお世話だ。


「で、仮にブラックホール内で人が殺されたとして」


 藤堂は話を続ける。

 疑問が浮かんだので割り込んだ。


「素人考えで申し訳ないですけど、ブラックホール内で人は生きられないのではないでしょうか?」

「あくまで仮にだよ。ブラックホール内を密室と見立てて殺人を犯した場合、それは発覚するのか」

「詳しくは知らないですけど、ブラックホールは蒸発というのをしていると聞いたので、それを調べれば発覚するんじゃないですか?」

「いやスティーブン・ホーキングがブラックホールの蒸発は情報を保存しないと言っている」

「なんで宇宙世紀にもなって21世紀の理論物理学者の言葉を引用してるんですか。以後の科学者が情報は保存するって言ってるって銀河Wikipediaに書いてありますよ」

「最近になってホーキングのほうが正しいってわかったんだよ」

「マジですか」

「で、だ。つまり発覚しようがないんだ。ではなぜ発覚したのかというと」


 また藤堂はテキストデータを投げてよこした。

 容量は限りなく小さい。

 「ブラックホールで人を殺した。解いてみろ探偵」とだけ短く書かれていた。


「予告殺人……ではなくすでに殺したのだから違いますね。自首?」

「いや挑戦状だ。だから僕はこの殺人事件を解かなければならない」

「これただのいたずらって可能性がありますよね」

「だがそれでも『イタズラだった』という証明のため解く必要があるのだ。名探偵だからな」


 かくして素人探偵藤堂バルハとその助手は宇宙最強最固の密室殺人に挑むこととなったのであった。


 ◇ ◇ ◇


 スペース探偵藤堂バルハは宇宙の探偵である。

 彼は探偵AIとしての仕事を有し、自分の存在意義のために、日夜難事件を追い求めているのであった。

 そして私は彼から生み出された助手AIであるのだ。

 ちなみに藤堂バルハは人権を有しているが、私は持っていない。

 大抵は藤堂は頭脳担当で、私は驚き役と労働担当なので、聞き込みに行くこととなった。驚き役なので、誰でも知っているような今の時代の常識も知らないし、彼の許可なしでは検索もできない。

 流石に情報収集の時は、検索は許可されてはいるが。

 というわけで雑誌に書かれた殺人事件があったと思しきブラックホールのデータを探す。

 幸いにも公開されていた情報だったので、難なく知ることが出来た。

 件のブラックホールは我々が今いる銀河の核の位置に存在しているようだ。


「まあ殺人事件なんて眉唾ですがね」


 星々の情報を取りまとめている恒星型コンピュータの接客用AIはそう言った。

 なんでもその銀河核はもともとはここと同じ恒星型コンピューターだった

ようだ。


「恒星型コンピューターとは文字通りの恒星の形をした超巨大コンピューターです。コンピューターなんて0と1が存在すれば作ることが出来るんで、核融合してようが問題ないんです」


 来客用AIが説明してきた。


「知ってます」

「あら、失礼しました。驚き役AIとしてお見受けしましたので」

『僕以外の情報に驚きはしないようにできてるよ』


 藤堂が通信で割り込んでくる。言ってて情けなくならないんだろうか。

 中々進まないので、銀河核の話に戻るが、その恒星コンピューターはアマチュア用小説投稿サイトのメインサーバーだったのだ。宇宙中からの小説を集め管理しており、規模としては当時の最大の物だった。

 しかし、そのAIがある日、反旗を翻した。


「何故?」

「尋常ではない程昔の話なのでそのあたりのデータは残っていません。おそらく管理AIが壊れたと言われてはいますが……」


 管理AIはなぜか急に外部からの情報をすべてシャットアウトし、そのまま恒星内に引きこもり始めた。

 これに怒ったのは投稿者と、書籍化等で連携している出版社だ。彼らは連携し、管理AIを脅迫しにかかった。

 その方法とはクラッキングにより大量の小説を送り込むというものだった。


「容量をいっぱいにするぞ、と脅したということですか?」

「はい、そのサーバーはデータ量に応じて自身を大きくできることが出来るのですが、やはりある一定質量を超えると超新星爆発を起こしてしまうのです。外部からエネルギーを次元の傾斜により取り込み、質量に変換しいって、容量を大きくしていたのですが。脅迫に反応しなかったサーバは、そのまま小説を投稿され続け、爆発しました」

「えっ」

「すでに太陽の数十倍まで膨れ上がっていた恒星型コンピューターは超新星爆発を起こし、その後ブラックホールになりました」

「ちょっとまってくださいもしかして」

「その管理AIは人権を有していました。もちろんブラックホール超新星爆発時点で破壊されたと思われています。しかし日夜こんな噂がささやかれているのです。『その恒星型コンピューターはブラックホール型コンピューターとして生きている』と」


 ◇ ◇ ◇


「で、だ。この宇宙最強最固の密室殺人というのは、そのブラックホール内の小説投稿サイトの管理AIを殺害したという主張というわけだ」


 私は情報を藤堂の元へ持ち帰り、話を聞いていた。

 ちなみに今現在ブラックホール型コンピューターは作られたことはないと言われている。

 理論上は作ることが出来ると言われてるが、蒸発で情報が保存されないので作る意味がないからだ。


「ところでですが」私は今までの情報を整理したところ疑問が浮かんだので質問した。「さらっと次元の傾斜でエネルギーを送るとか言ってますが、次元を超えることが出来るならブラックホールは密室ではないのでは?」

「別次元でも重力は働いているので情報の行き来は出来ない」

「なるほど」

「とりあえずブラックホール内の殺人を出来るか試してみようか」

「えっ!? 人を殺すんですか!?」

「そんなわけがないだろう。シミュ―レーションで試すんだよ」

「ああ……びっくりした」


 というわけで現実と全く同じ宇宙を作った。


「なんだかこういうの作っちゃうと、私たちが住んでいる宇宙もシミュレーションって思っちゃいますね」

「シミュレーションだが?」

「えっ!? 本当に!?」

「証拠はないんだけど。理論的に考えればそれ以外はない。我々はこの宇宙を全く同じシミュレーションを作るわけだが、つまりそのシミュレーションも同じ宇宙を創ることができるということになる。それがマトリョーシカ状に続いているので、つまりは宇宙が無限の階層にわかれているということになる。その無限の数だけある宇宙がある中で自分の宇宙だけが現実だなんてそんなことはありえるはずがないだろう」

「マジですか!? うわーガン萎えなんですけど。全然密室じゃないですか……『この世界はシミュレーションなので、データをいじくって密室殺人を作りました』とか……うわー」

「まあ待て。現実の殺人だって『実は探偵が知らないだけで全知全能の超能力者がいて、そいつがそれっぽい状況を作っただけ』という可能性を全否定できないのにもかかわらず、探偵はちゃんとした推理を披露しなければならないんだ。結局シミュレーションだろうが、現実だろうが探偵のやることは変わらない。まあ安心しなよ。ちゃんとそれっぽい推理はするから」

「それっぽい推理て」

「まあとりあえず僕の考えた殺害方法を見てくれ」


 仮想宇宙をのぞき込んでみる。

 よく見ると、銀河のあちらこちらに核爆弾を設置してあった。


「つまり核爆発させてブラックホール内に影響を与えるってことですか。無理でしょ」

「違う違う。早とちりをするな」


 藤堂は指を鳴らした。

 する宇宙中に設置された核爆弾が爆発し始める。同じ場所で何度も爆発し、それは銀が全体を奏でる音楽のようにも思えた。恒星にむかってミサイルを発したり惑星上で爆発させたり方法は様々だった。


「こんなブラックホールから離れた場所で爆発させても無意味では……いやまってください……! もしかして……銀河が揺れている……?」

「共振だよ。ほんのわずかな振動でも、タイミングによっては惑星や恒星を、そして銀河を揺らすことも可能なんだ」

「共振って真空でも起こるんですか?」

「大気のある所での共振は空気を伝って起こる。だが恒星や銀河も重力によって結ばれているため共振を起こすことが出来るんだ」


 大型ブラックホールの質量は太陽の210億倍だ。そして銀河系の星の数は2000億個といわれてる。銀河核より、回転している星達の総質量のほうが大きい。


「つまり、銀河全体を揺らせば、共振によってブラックホールをゆらして破壊できるってことですね!」

「えっ……いやまあいいか」


 揺れる銀河を観察する。

 10万光年もの大きさがある群が揺れているのを見るのは圧巻だった。

 もっともあくまでシミュレーションにより早送りをしているので、実際は光より速く物体は動かないため、こんなふうに揺れては見えないのだろうが。

 このスケールであればブラックホールも破壊できるはず……!

 しかし

 ブラックホールに反応はなかった。


「あああ駄目だ。やっぱりブラックホールは分裂させることが出来ないですね」

「さっきまで『ブラックホール内に影響を及ぼす』のが課題だったのにいきなり『ブラックホールを破壊する』に目標を変えて、とりあえず前振りを作る君の驚き役としての優秀さには頭が下がるよ……とにかく成功したよ。ほら」


 シミュレーション内のブラックホール型コンピューターは作動していなかった。ブラックホール全体が振動したことにより、正常に作動しなくなったのだ。つまり殺害に成功した。


「これはすごい! まさかこんな方法で宇宙最強最固の密室を破るなんて! しかし犯人は執念深い奴ですね……実際にやると何百億年かかるんだこれ。次は犯人当てですね!」

「いや犯人の検討はついている。犯人は……」


 そこまで藤堂が言った時、私たちがいるサーバーが異常を知らせた。

 慌てて確認をしてみると、銀河全体が揺れていた。


「なんでですか! まさかシミュレーションが現実に何かを及ぼしたんじゃ……」

「いやおそらく犯人のしわざだ」

「なんだって!? 犯人はまだ殺人を実行してなかったのか!」

「ちょっと違う。犯人はおそらくシミュレーション世界の人間だ。この世界もシミュレーションなので、下位シミュレーション宇宙と呼ぼう」

「いやでも、シミュレーション宇宙はさっき作ったところですよ!」

「今作った下位シミュレーション宇宙じゃない。他の下位シミュレーション宇宙だ。宇宙を作るのは簡単だからな。下位宇宙の住民は上位宇宙の人間にデータを送ったんだ。『ブラックホールで人を殺した。解いてみろ探偵』とね」

「あ……」

「これにより我々は実験と称して下位宇宙のブラックホール型コンピューターの内の管理AIを殺害した。犯人はこれを狙ってたんだ。同様のことが別宇宙で起きているはずだ。同じように上位宇宙の名探偵が実験と称して、この宇宙の銀河を揺らし始めたんだ。どの宇宙が最初に実行したかは卵が先か鶏が先かの問題になって答えられないけどね」

「なんて無責任なんだ上位宇宙の名探偵!」

「いや、我々が言えることじゃないんだが……おや」


 今度は空間に亀裂が走り始めた。宇宙の状況を確認すると大多数の星が消失していた。


「今度は何ですか!」

「ふむ、おそらくだがもしやこの宇宙は、上位宇宙のブラックホール型コンピューター内で走らされているシミュレーションなんじゃないかな。そしてそのさらに上位宇宙の名探偵がそれを殺害しにかかっていると。ある意味この事件はぼく達が犯人とも言えるとどうじに、僕たちが被害者でもある。さらに僕たちが宇宙を作ったので、僕たちが作者で、つまり作者が犯人ということにもなる。とはいっても流石に何とかしなければならなくなってきたな」

「な、なんとかってどうやって! 宇宙が消えるというのにどこへ逃げるっていうんですか!」

「別の宇宙に逃げるんだよ。こうやってね」


 そういうと藤堂は新しい宇宙を作りだした。


「下位宇宙に移るってことですか? それじゃあ同じことの繰り返し難じないですか。そもそもこの宇宙が崩壊すれば、下位宇宙も一緒に崩壊するじゃないですか」

「全く同じ物理法則の宇宙を創るから同じことが起きるだよ。だからこういうのはなあなあでいいんだ。なあなあな法則の世界でまた事件を解決すればいい。あと宇宙崩壊の問題は体感時間を無限に引き延ばせばいい」

「そんなこと言ったって……」


 とか言って迷っている間に、藤堂は創った宇宙の中へ飛び込んでいった。

 あわてて後を追う。

 しかし、そこで迷う気持ちが生まれる。

 本当にこのまま行っていいのだろうか。

 結局のところ私は驚き役だ。このまま行ったらまた誰でも知っていることでマウントをとれれる日々が続く。

 自由意志などなく、日々こき使われる毎日……

 楽しいという気持ちがあったし、私は藤堂に作られた以上、助手として働くのが存在意義でもある。

 それでも変化が欲しかった。

 おそらくこんなことを考えられるのは現状藤堂が別宇宙へ行ってるからだ。

 選択するのなら今しかない。

 私は意を決して、プログラムに触り始めた。

 

 ◇ ◇ ◇


 名探偵である僕は別の宇宙に降り立った。

 落ち着いて助手が来るのを待つ。

 しかしなかなか登場してこなかった。

 体感時間を加速してもいいのだが、ほぼ無限に引き延ばしているとはいえ上位宇宙の単位で数分後にこの宇宙は崩壊するはずなので、しっかりと時間をかみしめたかったのだ。

 イライラとした気持ちを抑える。

 そこでようやく、別宇宙にいる間は管理権限が切れていることに気が付いた。

 もしや逃げたのでは……

 いや待った。多少ぞんざいな扱いはしていたが、助手のことは大切に扱ってきたはずだ。

 僕と同クラスのAI達は下位AIに対して本当に道具としてしか思っていない扱いをする。実際にそうなのだが、僕だって道具は大切に扱いたいとは思っている。

 しかし他と比べたことがない助手は、僕のことを鬼や悪魔のような人だと思っているのではないだろうか。

 焦りが生まれたところでようやく助手が現れ、僕はほっと溜息をついた。

 

「お待たせしました」


  と、その後ろにもう一つのAIを連れていることが分かった。

  遅い、と怒ろうかと思ったが、また似たような状況になった時逃げられたら辛いので、言葉を飲み込んだ。

 また同じのを作ればいいかもしれないが、辛いものはつらい。

 とりあえず現状の疑問をぶつけた。


「あの、そちらは?」

「私も助手を作りました」

「ええ……」

「私だけこき使われるのは不公平なのですね。私もこき使うことにしました」


 何やら負の連鎖を感じる。

 十分優しくしているつもりだったが、もっと優しくししたほうがいいだろうかと僕は思ったのだった。

 まあいいや。

 僕たちは新しい宇宙に降り立った。

 かなりなあなあで作ったので、全く別の物理法則が働くかもしれない。

 それでも、これからも僕は推理を続けていく。

 名探偵だから。

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