88話 恋人たちの朝

 目を覚ますと同時に、二つの異変に気付く。

 まずは、身動きが取れないこと。原因は明らかで、左隣で寝ている葵先輩が横から私を思いきり抱きしめている。寝息がかかるほどの距離に顔があり、寝起き早々にドキッとさせられてしまう。

 次に、陰部がなにやら重いということ。これもまた原因は明らかで、右隣の布団にアリス先輩の姿がない。感触からして、私のお股に頭部を預け、太ももの間に体を収めている。俯瞰して見れば、布団の下部からアリス先輩の脚がはみ出しているはずだ。


「あらあら❤ 羨ましいわねぇ❤」


「あ、姫歌先輩。おはようございます」


 声に気付いて視線を動かし、アリス先輩の布団越しに姫歌先輩と目を合わせる。

 姫歌先輩は「おはよう❤」と告げつつ、四つん這いになってこちらに近付いてきた。

 葵先輩の逆側から私に抱き着いてくれるのかな、なんて期待していると――


「ちゅっ」


 人工呼吸に近い体勢で、唐突にキスが始まる。

 あいさつ代わりのソフトなキスかと思えば、唇をこじ開けるようにして舌が口腔に侵入してきた。


「んっ❤ ぁむ❤ ちゅ❤」


 姫歌先輩の瞳はトロンとしていて、息遣いはいつも以上に色っぽい。

 気持ちに応えるべく――というより無自覚のうちに、私の方からも舌を伸ばしていた。

 密着した唇の内側で舌が濃密に絡み合い、お互いの唾液を行き来させる。

 浮遊感に似た心地よさが全身に広がり、電流のような快楽が脳を襲う。

 そうしているうちに、少し離れた位置から衣擦れの音が鳴る。真里亜先輩が目を覚まして上体を起こしたのだろう。


「な、なかなかすごいことになってるわね。眠気も吹っ飛ぶ光景だわ」


 姫歌先輩とキスしている最中なので視界には映らないけど、声色から真里亜先輩の驚きが伝わってくる。

 葵先輩に抱き着かれ、下半身にはアリス先輩と思しき膨らみがあり、淫靡な音を立てながら姫歌先輩とキス。この状況を見て驚かない方が難しい。


「ま、まりあふぇんはい、んっ、おぁようおあいまう」


 反射的に朝のあいさつを投げかけたものの、キスしながらだと当然ながらまともに発音できない。


「おはよ。というか、あたしにもキスさせなさいっ」


「んっ❤ じゅるるっ❤ そうね、独り占めはよくないわ❤」


 真里亜先輩の言葉を受け、姫歌先輩は舌を激しく吸引してから唇を離し、自分の布団へと戻った。

 カーテン越しに差し込む陽光を反射して、唾液の糸がキラキラと輝く。

 真里亜先輩は未だ就寝中の二人を起こさぬよう枕元を静かに移動して、先ほどまで姫歌先輩のいた場所に腰を下ろす。


「ん、ちゅっ」


 唇が重なり、生温かい舌がにゅるっと挿し込まれた。

 なにを望んでいるのか、言葉を介さなくても伝わってくる。

 力加減を間違えないよう意識しつつ、真里亜先輩の舌に歯を立てる。

 すると、目の前にある瞳が幸せそうに細められた。

 息をするのも忘れて酸欠寸前までキスを堪能した後、真里亜先輩がスッと立ち上がる。


「さてと、これで張り切って朝ごはんを作れるわ」


「うふふ❤ それじゃあ、わたしも手伝わせてもらおうかしら❤」


 二人は軽やかな足取りで和室を去り、朝食の準備をするためキッチンへと向かう。

 私はあまりの快楽に蕩け切って、見送ることしかできなかった。

 贅沢すぎるほどたくさんの愛情を貰い、朝から幸せな気持ちで胸がいっぱいだ。


「むにゃ……ぁむ、ぁむ」


「んひっ!?」


 葵先輩に頬を甘噛みされ、変な声を漏らしてしまった。

 下腹部ではアリス先輩が寝返りを打ってうつ伏せになり、最も敏感な場所に息遣いが伝わる。

 二人が目を覚ますまでの数分間、この状況は続いた。


「ごめんね悠理、あーしって昔から寝相悪くてさ~」


「あ、アリスも、寝ぼけて布団に、も、潜り込んで、ごめんね」


「いえいえ、むしろ二人にはいい思いをさせてもらいました」


 二人とも意識がない間の行動を申し訳なく思っているようだけど、こちらとしては感謝こそすれ非難することは有り得ない。

 布団を畳んでから三人で廊下に出ると、お味噌汁の優しい香りが漂ってきた。

 そのままキッチンに顔を出して、三人で手分けして配膳を行う。

 途中、自分もやると言い張る真里亜先輩と姫歌先輩を無理やり席に着かせる。いくらなんでも、配膳ぐらいは任せてもらわないと申し訳ない。

 食卓に並ぶのは、これぞ日本の朝食といったメニュー。「いただきます」と声を合わせてから箸を手に取る。

 絶品料理に舌鼓を打った後は、平日ということで少し慌ただしさを増す。

 制服に着替え、洗面所を交代で使い、二階で財布や教科書などをカバンに詰め込み、戸締りを確認して玄関へ。

 これから毎日、大好きな先輩たちと一緒に登下校できる。

 溢れんばかりの幸せを胸に抱きながら、楽しい気分で学校へ向かう。

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