22話 生の声
今日のアリス先輩は、パンツではなく靴下の気分だったらしい。
私が部室に顔を出すと同時に土下座してお願いされ、両方の靴下を提供した。いまは自席で恍惚とした表情を浮かべながら息を荒げている。
素足で上靴を履くのは抵抗があるので、しばらくイスの上で正座することに。
それはさておき。
姫歌先輩から、新しく執筆する官能小説のためにいろいろと質問させてほしいと頼まれた。
テニス部に所属する主人公とヒロインがダブルスで全国大会を目指しながら内緒の関係を築く百合作品とのこと。
ヒロインである後輩キャラの参考として、この部で唯一の後輩である私に白羽の矢が立った。
日頃お世話になりっぱなしなので、即答で承諾。
いよいよ一つ目の質問が投げられようとするこの瞬間、不意に嫌な予感が脳裏に浮かぶ。
テニス部での百合という設定にばかり意識が向いていたけど、官能小説って言ってたよね?
「それじゃあ、一つ目❤ 愛する先輩とエッチすることになったら、主導権を握りたい? それとも、リードされたい?」
いきなり予想を裏切らない質問が来た!
興味津々だけど経験は皆無な行為を指す直接的な単語に、思わず赤面してしまう。
一度引き受けた以上、無責任に投げ出したくない。
自分が物語のヒロインになったつもりで、素直に答えよう。
同じ部活に所属していて、志を同じくする仲間であり最愛の相手でもある先輩。
ダブルスを組んでいるのなら、きっと信頼関係は強固なものだろう。
もし私がその立場なら……。
「り、リードされたい、です」
羞恥心を拭いきれず、声が小さくなる。
なぜか姫歌先輩だけでなく他の三人も真剣極まりない様相でうなずいているけど、問題なく聞き取ってもらえたようで一安心だ。
「うふふ❤ なるほどなるほどぉ❤」
いつも通り、甘く幼い声音ながら色っぽさ全開の姫歌先輩。表情も口調も和やかなのに、キーボードを打つ手の動きが速すぎて見えない。
本編を執筆しているのか設定を書き足しているのかは分からないけど、私の返答が役に立ったと思っていいのだろうか。
「次の質問❤ 強引なキスは嫌? 受け入れられる?」
強引なキス、かぁ……。
ふと目を閉じ、考える。
赤の他人は論外、ちょっと親しい程度の相手もダメ。
でも、大好きな先輩となら?
「驚いたり困惑することはあっても、嫌ではないです。むしろ自分からするのは勇気がいるので、多少強引な方が嬉しいかもしれません」
「あらあらぁ❤ これは有益な情報ね❤」
「なるほど~、悠理はちょっと強引なのが好きなんだね!」
「さ、参考になる」
「攻めるのは専門外だけど、一考の余地ありだわ」
またしても、執筆と無関係な三人まで過敏に反応している。
「いまさらなんですけど、私の意見を参考にしていいんですか? 確かに後輩という立場こそヒロインと同じですけど、考え方としては少数派な可能性もありますよ」
一般的な後輩は、先輩相手に主導権を握ることを望み、強引なキスを忌避するかもしれない。
「いいもなにも、悠理の意見だからこそ参考になるの❤ 見た目こそ違うけれど、精神面は限りなく悠理に近いイメージのキャラだから❤」
「なるほど、そういうことだったんですね」
完全に納得した。
気恥ずかしさは増したけど、そういうことなら自信を持って答えられる。
その後も立て続けに投げられた質問に答え続け、姫歌先輩にことのほか感謝された。
帰宅して一息ついた頃、一話分の文書データがパソコンに届く。
パソコンのアドレスは教えていないはずなんだけど、相手は姫歌先輩。些細なことなんて気にするだけ無駄だ。
興味を惹かれてすぐさまファイルを開き、ワクワクした気持ちで読み始める。
冒頭のインパクトが強烈で、あっという間に物語の世界に引き込まれた。自分と似た性格ゆえに主人公よりもヒロインに感情移入しつつ、ひたすらに集中して読み進めていく。
一話からすでに面白くて、何度も読み返してしまった。
晩ごはんまで少し時間がある。ベッドでゴロゴロしながら、今後の展開に予想を膨らませる。
それにしても、官能小説なんだから当然と言えば当然なんだけど……エッチだったなぁ。
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