4話 深く考えたら負け

 平日の夜。今日は両親ともに帰りが遅く、一人寂しく夕飯を食べる――はずだった。


「悠理、おいしい?」


「はい、おいしいです」


 目の前には姫歌先輩がいて、手際よく作ってくれた料理の数々を味わわせてもらっている。

 私が今日一人であることは誰にも言っていないし、鍵はきちんと施錠した。

 そもそも前提として住所を教えていないにもかかわらず、この先輩は私が帰宅して手洗いうがい等を済ませて自室で一息つき、食事の用意をしようと台所に向かったときにはすでに料理の最中だった。


「うふふ、よかった❤ 隠し味を入れたおかげかしらぁ❤」


 姫歌先輩がパァッと明るい笑顔を浮かべる。

 今日のメニューはハンバーグときんぴらごぼう、豆腐とねぎの味噌汁。シンプルながら、私が作るより遥かにおいしく、毎日食べたくなるような味付けだ。


「隠し味? なにを入れたんですか?」


 特に変わった味はしなかったけど……もしかして、愛情とか言い出したりするのだろうか。


「知りたい? だったら、答えはベッドの上で、ね❤」


 相変わらず、かわいらしい声なのに色っぽさ全開で話す人だ。

 なぜ料理の隠し味をベッドで聞く必要があるのか、なぜ私がベッドで寝ていることを知っているのか。素朴な疑問も浮かんでくる。


「まだそういう関係じゃないですから、遠慮しておきます」


「ふふっ、残念。悠理のかわいい寝顔、近くで見たかったのになぁ❤」


「ブサイクな寝顔でいびきもうるさいかもしれませんよ?」


 仮にそうだとしたら恥ずかしい限りだけど、先輩のペースに乗せられるのもなんとなく悔しいので主導権を握りにかかる。


「大丈夫よ❤ 天使のようにかわいらしい寝顔で、寝息も静かだったわ❤ たまに寝言で食べ物の名前を漏らしてたけど、それはそれでかわいらしくて素敵よ❤」


「え?」


 さも就寝中の私を知っているかのような言動に、思わず箸を落としそうになった。

 驚きの視線を先輩に向けると、当の本人は怪訝に思われていることにさえ気付いていないかのようにキョトンとしている。


「せ、先輩……私の寝顔、見たことあるんですか?」


「ええ、もちろん。出会ってからは、毎日見ているわ❤ あ、でも安心してね。起こすと悪いから、部屋の中に入って間近で観察するのは数日に一度で、基本は窓の外から見るだけだからっ」


「そ、そうですか」


 珍しく焦った様子で弁明する姫歌先輩。

 私はべつに、目を覚ましてしまうとか、そんな些細にもほどがあることは微塵も気にしていない。


「さてと、名残惜しいけどそろそろ帰るわね。私のブラを置いて行くから、もしよかったら後で使って❤」


「は、はい、分かりました」


 いったいなにに使えと言うのか。

 姫歌先輩は立ち上がると同時に胸元へ手を突っ込み、器用にブラを外してテーブルに置いてから立ち去った。

 怒涛の展開すぎて現実味がないけど、先輩がここにいた証拠は確かに残っている。

 スイカを入れて持ち運べそうな下着を見ながら、私とは無縁の代物だ、なんてことを考えつつ黙々と食事を続ける。

 しばらく時間が経って、両親が帰ってきた。

 お風呂に浸かって癒されつつ、ふと先輩との会話を思い出す。

 基本的には窓の外から私の寝顔を見てる、って言ってたよね。

 私の部屋、二階にあるんだけど……。




 入浴中に背筋が凍る思いをした翌日、学校で直接訊ねてみた。

 姫歌先輩は「なんだ、そんなことか」とでも言うかのように、あっさり返答してくれる。


「あらあら、怖がらせちゃったかしらぁ。ちゃんと説明しておけばよかったわね、ごめんなさい。わたしは普通に、壁の凹凸を使って二階までよじ登っているだけよ❤ 幽霊とかじゃないから、安心して❤」


「なるほど、そうだったんですね」


 密かに本気で怖がっていた私は、詳細を聞いて深く安堵する。

 壁の凹凸うんぬんは女子高生が普通に行えることじゃないけど、姫歌先輩だからと納得するしかない。

 自分の常識で考えていたらいくら驚いてもキリがないから、あまり深く考えすぎないようにしよう。

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