2話 入学初日の創作部②
姫歌先輩は私から離れて予備のパイプイスをセッティングし、着席するよう促してくれた。
用意してもらったイスに腰を下ろし、辺りを見回す。
本棚、小型の冷蔵庫、給湯ポット、IHコンロとシンクを備えたキッチンスペース。これなら、一晩ぐらい閉じ込められても余裕で過ごせそう。
私はテーブルの合わせ目が正面に来る位置に座っていて、左側には手前にギャルっぽい先輩、奥に姫歌先輩、右側には手前にお姫様っぽい先輩、奥にお人形さんっぽい先輩が見える。
姿勢を正して改めて名乗ると、続けて先輩たちも自己紹介してくれることとなった。
「わたしは部長の
なるほど、あのノートパソコンは執筆用の物だったんだ。
先輩ってどんな小説を書くんだろう。頼めば見せてもらえるだろうか。
「あーしは副部長の
「よ、よろしくお願いしますっ」
先輩につられて、私の声もやや大きくなる。
あと……うん、これは一応訴え出た方がよさそうだ。
「夏見先輩」
「あははっ。姫歌のことも名前呼びなんだし、あーしも残りの二人も名前でいいよ~! で、どしたの?」
「葵先輩。そろそろ手、離してもらってもいいですか?」
実はさっきから、葵先輩の右手が私の左胸を執拗に揉んでいる。
どうやら左利きらしく、器用にもタブレットでイラストを描きながらだ。
タブレットにはセミロングの髪をポニーテールにした高校生ぐらいの少女が描かれていて、髪型や胸の大きさにそこはかとない親近感を覚える。
いや、これはもう奇遇でもなんでもなく、私をアニメ調で描いている。モデルにしてもらえるのは嬉しいけど、裸なのがなんとも恥ずかしい。
それに、制服越しに触られているだけなのに、先端の色とか形とか大きさとか、この上なく正確に捉えられている。
「悠理のおっぱい見てると手が吸いこまれちゃってさ~。後であーしのも触っていいから、それで許してよ!」
「結構です」
「ちぇっ。ま、いきなり嫌われるのも悲しいし、今回はこのぐらいにしておこうかな~」
今回というところが気になるけど、葵先輩は潔く私の胸から手を離してくれた。
「……あれ?」
ふと、右奥にいた先輩が消えたことに気付く。
ついさっきまでいたはずなのに、いったいどこへ?
「あ、
足元から声がして、テーブルの下を覗いてみる。
いつの間にか脱がされていた私の上履きを顔に当て、爪先付近でうずくまるアリス先輩がそこにいた。
「か、返してください!」
「も、もうちょっとだけ、お願い。こ、この香りと温もり、落ち着く。すぅー、はぁー」
「ほぼ新品とはいえ汚いですよ! 深呼吸しないでください!」
下手すると胸を揉まれるより恥ずかしいので、先輩相手とはいえ力づくで上履きを取り戻す。
印象に違わず非力だったおかげで無事に奪還できたけど、再び着席したアリス先輩が見るからにしゅんとしている。私は被害者のはずなのに、罪悪感が否めない。
「アリス先輩は、どんな活動をしてるんですか?」
「ぼ、ボイスドラマ、とか、歌を、ろ、録音、してる。こ、この部屋の防音性、すごいから」
なるほど。話すのは苦手でも、演技や歌は別なんだ。
目の前で実演してもらうのは難しそうだから、ぜひとも収録した物を聞かせてもらいたい。
「ようやくあたしの番ね。
髪や瞳の色が同じだと思ったら、従姉妹だったのか。
顔立ちもどことなく近しい物を感じる。
ただ、アリス先輩が幼児体型なのに対し、真里亜先輩はグラビアモデルみたいな抜群のスタイル。体の印象は真逆だ。
もちろん、どちらが秀でているとは一概に言えない。
姫歌先輩や真里亜先輩のような大きい胸は純粋に圧巻の一言に尽きるけど、葵先輩のように全体的に引き締まった体型も素晴らしく、アリス先輩のロリボディには背徳的な魅力を感じる。
いやいや、会ったばかりの先輩をそんな目で見てはいけない。
「暇潰しってことは、先輩は特に創作してないんですか?」
「つまり、あんたはあたしが目的もなく非生産的な時間を過ごしているだけのクズだと言いたいわけね?」
「ちっ、違いますよ! なんでそうなるんですか!」
「初対面の先輩に対して、なかなかいい度胸してるじゃない」
ダメだ、話が噛み合ってない。
「気に入ったわ。遠慮しなくていいから、どんどんあたしを罵りなさい!」
「……は?」
「あぁっ、その冷たい視線、最っ高! 気が向いたら、物理的にも責めなさい。もちろん不意打ちは大歓迎だし、凶器だろうが道具だろうが自由に使っていいわよ!」
「は、はぁ、そうですか」
直感した。あまり深く踏み込んじゃいけないタイプだ。
「ちなみに、創作って言うようなオリジナリティーはないけど、あたしは家で作った料理やお菓子を持ち込んでみんなに振る舞ってるわ。今日はクッキーを焼いてきたから、あんたも食べなさい」
真里亜先輩の手元にあったバスケットが開かれ、とても手作りとは思えない出来のクッキーが顔を出した。
どうやら他の先輩たちの顔をモデルに作ったらしい。特徴をしっかりと掴んだ造形で、一目でどれが誰か分かる。
小説、イラスト、ボイスドラマと歌、料理とお菓子作り。私はどれも授業でやった程度にしか触れてこなかったけど、純粋に興味はある。
部室は清潔感が保たれているし、一生に一度すれ違えたら奇跡と思えるような美少女が四人。
百合展開を期待して女子校に進学した身としては、願ってもない環境だ。
「悠理、創作部へようこそ。今日から毎日、かわいがってあげる❤」
「まだ入るって言ってないんですけど」
「あははっ、冗談上手いね~! うんうん、太もももすべすべで気持ちいい!」
「冗談じゃないですし、当たり前のようにセクハラしないでください」
「ふ、ふへへ……はぁはぁ、ゆ、悠理のパンツ、いい匂い」
「器用に隙間を縫って人のパンツを嗅がないでください!」
「なかなか鋭いツッコミね。さぁ、その調子であたしを口汚く罵りなさい!」
「ああもう、少し黙っててください!」
部室へ足を踏み入れた瞬間の緊張感はすでになく。
こんなことを言ったら失礼かもしれないけど、私はすでに、初対面なのが嘘かのように感情を剥き出しにしている。
同い年の相手でさえ打ち解けるのに時間を要する私には初めての経験だ。
だから、だろうか。頭の中ではもう、答えが出ていた。
個性的どころではない先輩たちから逃げるように、部室を飛び出す。
一年一組の教室へ戻り、ホームルームで配られて机に入れっ放しだった入部届を取り出し、迷わずペンを走らせる。
職員室に駆け込んで入部届を提出すると、問題なく受理された。
きっと幾度となく後悔するんだろうなぁと感じながらも、逸る気持ちを抑えられず駆け足で部室棟に向かい、最奥の扉を勢いよく開ける。
「新入部員の露原悠理です。創作的な趣味はまだありませんけど、よろしくお願いします!」
こうして私は、自分でも不思議なくらい『ここしかない!』と確信した部活の一員となった。
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