ラブソング 室生犀星・性に目覚める頃remix
森山流
1
僕と同じようにバンドをやっている小川という友達がいる。僕のバンドがネットに流したデモ音源を聴いてすぐにメールをくれて、その3日後には僕のバイト先のコンビニに来た。小川はあまり喋るほうではなかったけれど、同じ17歳でプロのバンドマンを目指すものどうしすぐに仲良くなった。
小川はボーカルと作詞をしていて、特に詞がやたらとうまかった。いつも「君」に対する気持ちがリアルに書いてある。誰か好きな女の子がいるんだろうなと思った。僕も恋愛っぽい曲を作ってはいたけれど、特定の相手に向けたラブソングなんて書けない。ただ想像上の、かわいい女の子のもやもやしたかたまりみたいなものへ書いていたから、小川の本物のラブソングがすごくかっこよく見えて羨ましかった。
実際、小川はしょっちゅう女の子とLINEをやり取りしていた。1日に何人ものメッセージがくるのを僕に見せたりする。
「なんでそんなに女の子と知り合えるんだよ。だいたい、いつもいい歌詞書くから彼女とかいるんだろうとは思ってたけど、特定の彼女じゃなくてこんな何人もいるのかよ」
「彼女みたいな子くらいすぐできる」
涼しい顔で言う。
じゃあ僕にも彼女とは言わないから女友達くらい用意してくれ、と思わず言ってしまう。小川は、村尾にはまだ早い、とニヤニヤ笑う。女の子と知り合う段階から小川に頼んでるようじゃ彼女なんて無理だな。恥ずかしくなって僕は黙った。
小川と友達のライブを見にきた。二階で柵にもたれてぼんやりしていると、フロアやドリンクカウンターをうろうろしていた小川が戻ってきて、
「あの子可愛いだろ。今連絡先聞いてきた。ライブ終わったらLINE来るよ」
と顎でぞんざいに示した。近所の高校の制服の女の子が4、5人かたまった中に、たしかに1人目立ってかわいい子がいる。栗毛のえりあしがカールして目が大きい。ジュースの入ったカップを両手で持って、ちょっと居心地が悪そうにしている。ライブハウスなんて全然慣れてないんだろう。出演者とクラスが一緒かなにかでチケットをもらってどんな場所かも知らずに来てしまったみたいな感じだ。
「次、田口のバンドが出るだろ。あの子田口のクラスの子なんだ」
「え、じゃあ田口が呼んだんだろ。お前が勝手にちょっかい出していいのかよ」
「大丈夫、田口より俺の方がかっこいい」
僕が文句を言うより先に、フロアの明かりが落ちてステージのスポットライトがともる。田口のバンド、フィッシュボーンズの演奏だ。
えー今日はみなさん、僕たちのライブを見にきてくれてありがとうございます、今日は東高軽音部のバンド4組、それぞれ頑張りますんで楽しんでください、じゃまずはカバー曲で、We Can Work It Out-
イントロなしでいきなりサビから入る曲だ。
「田口、ビートルズ好きだなあ。あいかわらずベタだね」
「名曲だ」
「そんなこと言ってても小川はビートルズのカバーなんてやらないだろ」
「まあな」
明るいギターの音。歌い出しはちょっと音を外した田口のボーカルも、だんだん調子が合っていく。
「あっ、あの女の子…」
「うん」
「さっきから小川のほう見てるよ」
「知ってる。行くわ」
「え、おい」
Life is very short, there’s no timeー
小川は田口の歌声に合わせてふざけるように口ずさみながら、さっと人の間を抜けていく。気づいたときにはもう1階のフロアであの子の隣に立っていた。ここからでもわかるくらい女の子の肩が震えた。うろたえている。小川が女の子をじっと見る。あいつの優しい、でも暗くて狡猾な目に捉えられて、あの子はきっと怖くて、でもそれ以上に惹かれているんだろう、と思うと僕まで息が詰まった。
ステージに突き刺さるスポットライトの赤、黄、白。ギターの泣き声、ベースの唸り、バスドラムの腹に響くふるえ。あっ、と思った瞬間にはもうあの子の腕が小川にぐんと引っぱられ、そのまま抱えられるように腕の中に吸い込まれる。小川はライトに反射する眼鏡を光らせて、彼女をさらうようにドアから出ていった。
「…え、どういうことだよ、これ」
僕はなんだかめまいがして、ライブハウスのなにもかもがすごく遠くに感じた。
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