第12話 フォルディスの仮装
大きめの街道に沿った山の中を二日ほど進むとインガス村へ続く道に出る。
最初こそ街道を進んでいた一行であったが、フォルディスの姿に旅人が戦き、商隊の警備に雇われた傭兵に襲われるに至って方針を変更したのだ。
「せめて使い魔契約さえ終えていれば言い訳も出来るのだがな」
アシュリーはフォルディスの背中から飛び降りると、大きく背伸びをしながらぼやく。
一方のディアナはフォルディスの毛に埋もれたまま熟睡中である。
昨夜は仕方が無いこととはいえ山の中で野宿をした。
慣れない野宿の疲れが出たのだろう。
『いっそ全員口を封じるという手もあるが』
フォルディスの物騒なその言葉に、アシュリーは思わず顔をしかめ「冗談でもそういうことを口にするな」と窘めた。
実際にそれが可能な力を持つだけに冗談にも成らない。
『しかしおかげで予定より到着が遅れそうなのだが』
「たしかに急がないと日が暮れそうだな」
『寝ぼけたディアナを起こすのに無駄に時間が掛かったせいもあるがな』
既に日が陰りかけているせいで、村への山道を歩く人は見える範囲には居ない。
『さて、村へはこの道を上っていけば良いのだな?』
「ああ、そのはずだ」
『わかった行こう。早く乗れ』
フォルディスに急かされアシュリーがその背にもう一度飛び乗る。
腕利きの冒険者だった彼女の身体能力はディアナと比べるべくもない。
『村の手前まで一気に登るぞ』
「ああ、任せた。ただし山道に人の気配を感じたら止まってくれ」
『それでは少し飛ばそうか。ディアナが落ちないように捕まえておいてくれ』
そう言うやいなやフォルディスは一度姿勢を低くして後ろ足で力強く地面を蹴る。
そして森の中を駆けていた時とは桁違いの速度で山道を駆け上がっていく。
あっという間に村の入り口が見える所まで駆け上がったフォルディスは、村から見えない所に立ち止まるとその場に伏せた。
その後、アシュリーがディアナを抱えてその背から飛び降りるのを確認したフォルディスはお座りの体制へ移行する。
「ディアナ、起きろ。村に着いたぞ」
「うーん。まだ食べられますぅ」
「寝ぼけてる場合じゃ無いぞ。早く起きろ。これ以上日が暮れると村に入れなくなるぞ」
ぺしん。
アシュリーが軽く頭を叩くと、やっとディアナが目を覚まし周りをキョロキョロと見回し始める。
「おはようアシュリー、フォル。あれ? ここは何処?」
「インガス村の前だ。さっさと立て」
「もう着いたの? やだっ、髪の毛ボサボサになってる」
慌てて手ぐしで風圧のせいで乱れきった髪の毛を整えるディアナを呆れた表情で眺めるアシュリーと大きく欠伸をして暇そうなフォルディス。
「準備ができたら村に向かうぞ。それとフォルディスはコレを巻いておけ」
『ん? なんだこの布は』
アシュリーが大きめの布を取り出すとそれをフォルディスの首に巻き付ける。
なにやら可愛らしい花柄があしらわれているそれは、フォルディスにはあまりにも不似合いで。
それを見た途端、フォルディスの背から降りたばかりのディアナがお腹を抱えて笑い転げた。
「これは師匠の店で使っていたテーブルクロスだ。形見分けとして旅に出る時に貰ってきた」
『ふむ。それは良いのだが、なぜこんな物を巻かねばならぬのだ』
「かんたんなことさ。本来なら獣魔登録された魔獣は首や足に登録されているという事を示すアクセサリーが付けられる。それがないと村や町には入れない」
『別に我は村の外で待っていてもかまわんのだがな。現に最初に立ち寄った村ではディアナに全てを任せて我は隠れておったぞ』
それを聞いてアシュリーは少し頭が痛そうなそぶりを見せる。
「こいつに全て任せた結果、碌なことにならなかったのだろ」
『……どうだろうな。我にはそんな些事なことはわからん』
何故か偉そうにそう答えるフォルディス。
アシュリーはこれ以上何を言っても仕方ないとその話題を打ち切って本題に入ることにした。
「ともかくフォル。お前はディアナの使い魔としてこれから色々な町に共に入っていくことになるはずだ」
『そうなのか?』
「そもそも美味しい料理が食べたいなら町の外で宅配されてくるのを待つなど言語道断」
アシュリーの語気が高まる。
「料理は出来上がってすぐ食べてこそ最高に美味いんだ。そして、私たち料理人は常に客に最高に美味い状態で料理を食べて貰いたい!」
『お、おぅ……出来たての料理か。確かにお主と共に過ごしたこの二日間の飯は美味かったな。昔食べたベントウにも劣らぬ出来であった』
「そういう訳でお前が本当に美味しい料理が食べたいというなら私の言うことを聞いてそのまま村まで付いてこい」
『そこまで言うなら我も村に同行するとしよう。しかしこの程度で誤魔化せるというのか?』
「いや。それはただの目くらましだ。首に巻いてある登録の印がそれに隠れて見えなくなっているだけと村人に思わせるためのな」
『あまりに雑だな』
「もちろんきちんとした町ではその程度の偽装は見破られるが、田舎の小さな村ではいちいちそこまで調べる専門家は居ない。それに、そんな物を巻きつけている魔獣が野生種とは誰も思わないだろう?」
『ふむ。それでは最初からこの格好をしていれば街道も走れたのではないか?』
「そうかもな。まぁ、思いついたのがついいましがただから仕方が無い」
『お主もかなりいい加減だな』
ピンク色の可愛らしいスカーフが風に揺れる。
その姿は凶悪なフォルディスの顔にはあまりにも不釣り合いだ。
フォルディス自身は別に柄などどうでもいいのでよくわかっていないが、他人から見ればそんな物を巻いているだけで威圧感も何もかもが吹き飛んでしまっていた。
そして、フォルディスの正体を知っているディアナは息も絶え絶えに口を抑えたまま立ち上がってこない。
『それで問題なければ我はかまわん。ディアナ、いつまで休んでおるのだ。さっさと行くぞ』
「早くしないと門が閉じられてしまうぞ。流石に門がしまった後に中に入れてもらおうとすると、それなりに厳しい目で見られかねん」
そう言うとアシュリーは、しゃがみ込んでいたディアナの首根っこを掴んで、ポイッとフォルディスの背中に放り投げる。
このままディアナが歩き出すのを待つより、運んだほうが早いと思ったようだ。
「さて行くか」
『うむ。この村にある美味いものとやらが楽しみだ』
そうしてアシュリーとフォルディスは村へ向かって走り出したのだった。
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