第11話 師匠の残したもの
『ふむ。お主と一緒であれば確かに食事の心配はいらぬな。我はもう二度とあのような消し炭を喰らいたくはない』
「わ、私だって一生懸命頑張ったんだから」
『一生懸命頑張ってあの消し炭か。食材どもが不憫でならぬわ』
またもや喧嘩を始めそうな二人にアシュリーは「それで返事はどうなんだ?」と問いかける。
「もちろんその提案お受けいたします! フォルもいいよね?」
『無論。旅の間、お主は美味い飯を食わせてくれるのだろう?』
「材料次第だが、できうる限り努力するさ。それが私の修行にもなるしな」
そしてアシュリーはまだ開いたままの地図をもう一度指さす。
そこは今三人が居る森から四サンチメルほどタスパ側に進んだ場所から、さらに山側に少し進んだところに描かれた記号。
「それでもう一つ提案だが、タスパに向かう途中でこの村に寄りたいのだが」
「えっと、インガス村って書いてあるけど、ここに何か用でもあるの?」
「実は私の旅の目的地の一つがその村なんだ」
『ふむ、少し山の奥か。このようなところにも人は村を作って住み着いておるのだな』
「普通強力な魔獣はこんな低い山には居ない。居たとしても直ぐにギルドから討伐部隊が派遣されるからな」
お前もそうやって封印されたのだろう?
アシュリーのその言葉に苦々しげな表情を浮かべるフォルディス。
「そんなことより、この村に行きたい理由は何かな?」
ディアナはそんな二人のやり取りなど意に介さない様子でアシュリーに問いかける。
「私が冒険者をやめて料理人を目指しているのは話しただろ?」
「うん」
アシュリーの師匠は長い間世界中を旅して、様々な土地の料理を学んで来たという。
しかし二十年ほど前、旅先で魔獣に襲われ大けがをしてしまい、それ以来旅が出来なくなった。
「それで仕方なく王都で店を出してね。私はその店の常連だった」
そうしてアシュリーは語り出す。
彼女が冒険者をやめ料理人を目指し、そして旅をしているその理由を。
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者である父に憧れてギルドに登録したアシュリーは、冒険者としての才能があったらしくどんどん力をつけ依頼をこなしランクを上げていったのだという。
だがそんな彼女にも限界が訪れた。
何処までも高くいけると思っていたアシュリーだったが、ある時簡単な依頼を失敗してしまったのだそうだ。
「自分の限界が見えて焦ってたんだと思う。本当に簡単な仕事だったんだ。それを……」
その日彼女は久々に王都へ向かい閉店間際の師匠の店に顔を出した。
師匠はアシュリーの話を何もいわず最後まで聞くと、彼女が小さい頃から大好物だったキャロリアの煮付けを用意すると「食べな」とだけ言ってお店の片付けを始め――。
「何故かその煮付けを食べてると涙があふれてきてね。そしたら師匠が言ったんだ」
アシュリー。
アンタ私の後を継いで料理人にならないか?
「私は耳を疑ったよ。だって今まで料理なんかしたことが無い小娘に、王都で最高の料理人と言われてた師匠が後を継げって言うんだよ」
「そのキャロリアの本当の味が子供の頃からわかってたのはアシュリー、アンタだけなんだよ」
確かに私以外の子供はキャロリアの煮付けを嫌っている子ばかりだった。大人でも苦手だという人も多かったと記憶している。
このお店の料理はどれもこれも美味しくて、その中で唯一そのキャロリアの煮付けだけ苦手だという人がいたのだ。
「それはね。アンタの舌が特別だからさ」
師匠はそう言って笑うと私の頭をなでてくれた。
「返事は直ぐじゃ無くていいよ」
そう笑う師匠の元に私が弟子入りしたのはそれから三日後だった。
冒険者として限界が見えていたということもある。
だけど私は密かに憧れていた師匠に認められたという嬉しさで一杯だった。
修行の日々は辛く厳しい物だった。
それでも料理のことを全く知らなかった私がどんどん上手くなっていくのが楽しくてね。
「だけど私が弟子入りして半年くらい経った頃――突然師匠が倒れたんだ」
原因は医者もわからないと匙を投げた。
昔旅の途中で負った傷が原因なのでは無いかと告げ、去って行く医者の背を見送るしかなかった。
「アシュリー。私の命がもうながくない事は気づいていた」
医者が帰った後、苦しそうに体をベッドから起こしながら師匠が私を呼んだ。
「私が今までかたくなに取らなかった弟子を取ったのも、自分の命が終わることを予期していたからなんだよ」
苦しそうに、時々咳き込みながらも師匠はその口を閉じなかった。
「そこにあるクローゼットの中にノートが隠してある。取ってくれないか?」
師匠の指さす先には、ほとんど私服を持っていないために殆ど空のクローゼットがあった。
私はそのクローゼットの扉を開けると、師匠の指示に従って貴重な紙で出来たノートを探し出すと師匠に手渡す。
「これはね、私が若い頃に世界を回って手に入れたレシピが書かれているんだ」
懐かしい思い出をたぐるように、師匠は少し笑顔を浮かべながらそのページをめくっていく。
そのページはどこもかしこも文字と絵で埋め尽くされていて――。
「このノートをアンタにやるよ」
「こんな凄いな物、もらえないよ」
「本当はアンタにはこの中の料理を全て仕込んであげたかったんだ。でももう私にはそんな時間は無い」
「そんな」
師匠はそのノートを私に押しつけると、いつもの厳しい『師匠の顔』になってこう言ったんだ。
「アンタに最後の修行を付けてやる。そのノートに書いてある料理を直接そこにいって学んでこい」
「えっ、そんなの無理」
「無理なもんか。冒険者としての力が無かった私でさえ回れたんだ」
「でも私はもう……」
「冒険者としては限界だって言うんだろ? だけどその旅は冒険者としてじゃない、料理人として行くんだ」
そう告げると、師匠は厳しい表情をふっとやわらげ私の両肩に手を置くとこう語りかけた。
「一から全て行く必要は無いさ。実はそのノートには私がたどり着けなかった地の情報も書いてある」
ノートをめくっていくと、たしかに後半に向かうほど空白が散見されるようになっていた。
「私は怪我をしたせいで途中で旅を諦めるしか無かった。だからアンタには私の代わりにそのノートを完成させてほしいんだ」
頼む。
師匠はそう言って頭を下げた。
◇ ◇ ◇ ◇
「師匠が亡くなったのはそれからすぐだった。そして葬儀を終えた後、私は自分自身の修行と師匠の願いを叶えるために旅に出たんだ」
「ということはそのインガス村にレシピがあるってこと?」
「そういうことだ。だから私は村に行かなければならない」
『ふむ。人というのはよくわからんが、要約すればその村にはこの国一番の料理人が認めた料理があると言うことだな?』
「要約しすぎだよフォル」
「いいんだディアナ。それで行ってくれるのか?」
『無論だ。美味いものがあるというのに我が行かぬ訳がないだろう』
フォルディスはそう答えると、横たえていた体を起き上がらせる。
『二人を乗せるとなるとそう速度は出せないが、歩いて行くよりは早く着くはずだ。さっさと乗るがいい』
「いいのか? 私は結構重いぞ」
『今は力がまだ回復しておらぬがそれでもお主らを運ぶくらい造作も無いわ。我を嘗めるでない』
「行こうアシュリー!」
そう手を伸ばすディアナの手をアシュリーは戸惑いつつも握り返したのだった。
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