第64話


 いつもよりも気持ち早めに起きた俺は、身支度を整えていく。


 今日は昇格依頼の日だ。

 まずは冒険者ギルドで他の受験者と合流する必要がある。

 身支度はすぐに終わる。


 筋力強化6つ、体力強化6つ、敏捷強化6つ。

 衣服、現在身につけているナイフや剣の合計がこれだ。


 これだけ身を固めておけば、よっぽどのことが無い限り問題ないだろう。

 さすがにじゃらじゃらとアクセサリーをつけるのは目立つので、ネックレスと腕輪を一つだけ身につけておいた。


 ただ、どちらもつけられるスキルの枠は精々一つだけではあるが、十分だろう。

 今回、攻撃系スキルで使用する予定のスキルはないので、各種基本的な能力向上を中心に付与している。

 

 さすがに、これだけの装備品だと身に着けた瞬間に体が軽くなる。

 ……ただ、一つだけ気をつけないといけないことがある。

 日常的に使っている体と、スキルが付与されたあとだと動ける速度がまったく違う。

 その違いをしっかりと意識して、魔物と戦う必要がある。


 ……一応、日常的にこの状態で体を動かしていたので問題はないと思うが。


「それじゃあ、ヴァル。行ってくるね」


 俺は寂しそうな目を向けてくるヴァルの頭を一度撫でる。


「ヴァー」


 鳴き声もどこかさみしげだ。

 ヴァルを参加させるわけにはいかないのだから、仕方ない。

 部屋を出て、裏口を出る。


 ちょうど、箒を持って掃除していたリスティナさんと目があった。


「おはようございます、リスティナさん」

「レリウスさん。今日昇格依頼の日ですよね?」

「はい」

「頑張ってくださいね」


 驚いてリスティナさんを見てしまう。


「どうしたんですか?」

「いえ、いつもなら……何かしらのからかいがあったので――」

「え、なんですか。先輩からかってほしかったんですか?」


 リスティナさんが目を細めながら体を寄せてくる。

 箒の柄の部分で腕をつついてくる。


「いえ、素直に応援されたので……裏を読んでしまったんですよ」

「もう、酷いですね。私だってきちんと応援するときはしますから! あっ、これお弁当です! っていっても、パンとちょっとした料理しかありませんけどね!」

「……ありがとうございます」


 押し付けられるように渡される。

 リスティナさんは手をひらひらと振って店へと戻る。

 その頬はわずかに朱色に染まっている。


 ……素直に応援するの、慣れていないんだろうなぁ。

 ていうか、掃除途中でいいのだろうか?

 ……まあ、あまりゴミなどはないし問題ないだろう。

 

 受け取った弁当を俺は背負っていた小さな鞄に入れる。

 今日はアイテムボックスから荷物を取り出せない、あるいは取り出す動作を隠すために鞄を用意していた。


 そこにお弁当を入れる。荷物はそれだけだ。

 さすがに、つくってくれたお弁当を分解して回収する、なんて野暮な真似はできないからな。



 ○



 ギルドにつくと、すでに俺以外の四人はいた。


「よろしくお願いします、レリウスです」


 受付にいくと、すでに今日組む予定の四人がいた。

 ……早いな。

 指定の時間よりも三十分早く来たのだが、俺が一番最後になってしまった。


「おう、よろしくな。オレはウォリアだ」


 気さくに片手をあげたのは、斧を背負った男だ。

 随分と強そうな神器だ。

 ブレイクアックス、という武器のようだ。

 ずらりと攻撃系のスキルが5つあり、身体強化系も3つある。


 力技に特化したタイプのようだ。


「よろしくお願いしますね。僕はシイフといいます」


 にこりと微笑んだ爽やかな男は、ナイフのようなものを持っている。

 シックスダガーという武器だ。

 こちらの神器はどちらかといえば控えめだ。身体強化系が3つついているが、どれも敏捷強化だ。


 彼はダガーというのもあって、速度重視なのかもしれない。

 これで、前衛の二人の能力がおおよそわかった。


 ちらと、二人で一緒にいた女性を見る。

 ……彼女らが、以前受付に聞いた時に言っていた二人組だろうか?


「私はラシンよ。よろしくね」

「わ、私はチユといいます! よ、よろしくお、おお願いします!」


 一人は堂々とした様子で。

 もう一人はとても緊張した様子だった。


 ラシンさんの持っている武器は槍で、チユさんは杖だ。

 ラシンさんも前衛系のスキルがついているが、チユさんは後衛よりだ。


 これで浄化魔法でも持っていたら、教会から誘いが来ていたかもしれないな。


「これで、メンバーはそろいました。それではリーダーをお決めください」


 にこりと、受付が微笑むと同時、ウォリアさんが手をあげた。


「オレ! オレやりたい!」


 ウォリアを除いたメンバーで視線を合わせる。


「あたしは別にいいわよ」


 とはラシンさん。

 それに続いて、チユさんがこくこくと首を縦に振る。


「わ、私も……ラシンちゃんと同じ意見、です」

「僕も構わないかな。リーダーは大変そうだしね」

「俺もそれでいいですよ」


 満場一致で決まり、ウォリアさんが嬉しそうに拳を固めた。

 それを見ていた俺たちは苦笑交じりに見合わせた。

 ……とりあえず、パーティーメンバーに悪い人はいなそうだな。


「それでは、こちらが依頼書になります。リーダーのウォリアさんが管理してくださいね」


 受付がウォリアさんに紙を渡す。

 ウォリアさんがそれを受け取り、依頼の受領が完了する。


「それでは、昇格依頼頑張ってください。もちろん、無理なようでしたらすぐに引き返してくださいね。命あっての、冒険者ですから」


 受付はそう言い残し、一礼のあとに業務に戻った。


「それじゃあ、早速外に行こうか。で、いいよなみんな?」

「ええ。構わないわ。行きましょうか」


 ウォリアさんが言って、ラシンさんが頷く。

 ウォリアさんが先頭を歩き、ラシンさんとチユさんがその後ろをついていく。


 俺とシイフさんで同じように並んだ。


「レリウスさんって結構戦える人だよね?」

「え? どうしてですか?」

「以前、女性を冒険者から守っていたよね? ほら、ギルドで」

「……あー」


 メアさんのことだろうか?

 リスティナさんもよぎったが、ギルドでの話ならメアさんだろう。


「そうですね。まあ、それなりに身のこなしはいい方だと思いますよ」

「そうなんだ。あっ、僕は別に敬語じゃなくてもいいよ?」

「……あー、小さいころから家の仕事の手伝いで接客をしているので、結構染みついちゃっているんですよね」

「あっ、そうなんだ? どこで仕事してるの?」

「『渡り鳥の宿屋』です」

「えっ!? そうなんだ! 最近有名な宿屋だよね!」

「ええ。そのせいで――おかげで、お客が増えて大変で大変で」


 冗談交じりに話をしていく。

 俺たちの話を聞いていたラシンさんが話に割り込んでくる。


「えっ! 『渡り鳥の宿屋』って確か住み込みでバイトできるところよね!? 今度募集するときあたしたちにも声かけてよ! ね、チユ!」

「え? え!? わ、私接客とか無理だよぉぉ」

「そうなんですか? 案外、始めて見れば結構できるものですよ? うちのバイトにも人と関わるのが苦手なのを克服したいって人もいますしね」


 まだ俺たちは初対面だ。

 魔物と対峙する前に、お互いのことを知っておくことが大事だろう。

 特にチユさんはなかなか人と打ち解けるのが苦手な子なんだろう。


 特に、意識して声をかけておくべきだろう。

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