第39話


 俺の一撃を食らったガガイールが後退する。

 顔を押さえていた彼だが、血が噴き出している。

 一応加減はした。


 とはいえ、顔面に膝を入れればあれくらいのダメージにはなるだろう。


「……き、貴様ァ!」


 ガガイールが激昂し、神器を振り回す。

 それなりにかわしやすかったのは、彼がずれた感覚の修正に手間取っているからだ。

 隙だらけのガガイールに、時々拳や蹴りを入れていく。


「僕は、貴様の店の客だぞ!? こんなことしていいと思っているのか!」

「従業員に迷惑をかけるのなら、客じゃありませんよ」


 苛立ちとともに振りぬいた蹴りが、ガガイールの腹につきささる。

 ガガイールがよろめいた瞬間だった。


「あっちです!」


 リスティナさんの声が響いた。

 ちらと見ると、リスティナさんが騎士を三名引き連れていた。


「り、リスティナさん! 僕のために助けを呼んでくれたんだね!」


 ガガイールが期待するような笑顔を浮かべ、リスティナさんを見ていた。

 ……どんな神経をしていればそんな発想になるのだろうか。

 頭の中を一度見てみたいもんだな。


「誰が! 騎士さん! さっき説明したとおりです!」


 リスティナさんから事情を聞いていたようだ。

 騎士がガガイールの体を拘束する。


「は、離せ! 僕はリスティナさんを救うために戦っているんだ!」


 ガガイールはそれでも暴れていたが、騎士が一度手刀を落とし、意識を奪った。

 騎士の見事な手腕に、俺はほっと息をついた。

 こちらに騎士がやってきたので、俺は彼に頭を下げた。


「……ありがとうございます、助かりました」

「いや、これが仕事だから気にするな。……こちらの女性から事情は簡単に聞いているが、詳しい話を聞きたい。詰所まできてもらってもいいか?」

「はい、問題ありません」

「同行、感謝する」


 騎士がすっと一礼をしてから、歩き出す。

 騎士の一人がガガイールを運び、もう一人の騎士は周囲の人に声をかけていた。

 ……状況の確認などをしているようだった。


 リスティナさんが目に涙をためながら、こちらへやってきた。


「せ、先輩、怪我ないですか!?」

「はい、リスティナさんが思ったより早く呼んできてくれましたので。ありがとうございます」


 俺はリスティナさんにすっと頭を下げる。

 ……彼女の体はまだ震えていた。

 それもあってか、詰所に向かうまでの間。リスティナさんはずっと俺の左腕を掴んでいた。



 〇



 騎士の詰所で、取り調べを受けることになった。

 といっても、リスティナさんが騎士を呼んだ時にかいつまんで話をしていたようだ。

 一つ一つ、丁寧に再確認をする程度で話は終わった。

 

「キミたちが暮らしているのは『渡り鳥の宿屋』だね。わかった。また何か聞くべきことができたら向かうかもしれない。その時は、時間を割いてくれると助かる」

「わかりました。それでは、ありがとうございました」

「ああ。こちらも、協力感謝する」


 取り調べを終えた俺たちは騎士の詰所を出た。

 ……結局、夕陽が沈むような時間まで取り調べを受けることになってしまった。

 辺りは暗くなり、街灯の魔石がちらほらと点灯し始めた。


 リスティナさんとともに、その道を歩いていく。

 

「リスティナさん。そんなに責任感じないでください」

「……だって、ここまでのことになるなんて思っていませんでしたし」

「あんな相手じゃ、想像もできませんよ」


 妄想が暴走している相手だ。

 俺たちの想像なんてできないような犯罪者だ。


「それに、私のせいで、先輩に迷惑をかけてしまいました」

「迷惑だなんて思っていませんよ。何かあったら、守ると話していたでしょう?」


 俺がそういってリスティナさんをじっと見る。


「……」

「普段のようにしていてください。あれほど熱心なお客がつくような魅力を持っているんですから。これからも、今まで通りに振舞ってください。それでまた何かあったら、俺が助けますから」

「……レリウス先輩」


 彼女はこくこくと何度か頷き、目元に浮かんだ涙をぬぐってから、笑顔を浮かべる。

 無理やりに笑ったようにも見えた。

 けど、それがリスティナさんの笑顔の中でも一番綺麗だなと思えた。


「わかりました……っ! これからも、先輩のことからかいますね!」

「それは、やめてください」

「やめませんよっ」


 嬉しそうに彼女が微笑み、歩いていく。

 ……まったく。

 そのあたりはもう少し成長してほしいんだけどな。


「それにしても、レリウス先輩があんなに強いなんて予想外でした。びっくりしましたよ!」

「……まあ、一応メアさんと一緒に何度か冒険者としても活動していますから」

「そうだったんですね……っ。かっこよかったですよ?」


 かっこいい……正面きって言われると恥ずかしいな。


「てっきり、それなりに戦えるのを知っていて誘ったのかと思っていましたよ」

「そんなことないです。……ていうか、あんな行動をとられるとも思っていませんでしたから。すぐに、諦めると思っていたんです」

「そりゃあそうですよね。まあ、気にしないでください。また何かありましたら、いつでも頼ってくださいね」

「……ありがとうございます」


 ぺこり、とリスティナさんが頭をさげてから、微笑む。

 それからリスティナさんは目と口元をにやっとゆがめる。


 また何か企んでいるのか? そう思った次の瞬間、彼女が右腕に腕を絡ませてきた。

 ふにっと柔らかな感触がして思わず腕を引こうとする。しかし、リスティナさんはがっしりとつかんでいて離さない!


「い、いきなり何するんですか!」

「お、お礼ですよお礼!」

「お礼……って。こんなボディタッチばっかりしていると、相手に誤解されますよ?」

「失礼な! 誰にもは……しませんよ?」


 うるっと瞳を潤ませる彼女に、思わずドキリとする。


「誰にもって……」

「気に入った相手にしか、こんなことしませんって。私、軽い女に見えますか?」

「えっ? え、えーと……その」


 俺が驚いて訊ねると、彼女はにやぁ、といつものように口元を緩め、


「冗談ですよ? 先輩、本当からかいがいがありますね!」


 そういった彼女の頬は少し赤くなっていた。

 ……恥ずかしくなってまで人をからかうなっての。

 そうは思ったが、俺も照れてしまっていて、言葉を返すことはできなかった。


 リスティナさんと別れたあとに、下着を買いに来ないといけないしな。

 急いで宿に戻って、またすぐに出かけないと。

 

 俺が歩き出すとリスティナさんが服を控えめにつかんできた。

 振り返ると、少しだけ照れたように頬を染めた彼女がいた。


「そのえーと、ですねレリウス先輩」

「……どうしたんですか?」

「ま、また今度……付き合ってもらってもいいですか?」 

 

 俺は軽く息を吐いてから、頷いた。


「もちろんですよ。困ったときは頼ってください」

「……ありがとうございます」


 リスティナさんはほっとしたように息を吐いた。

 宿についたあと、俺は下着を買いに向かった。

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