第28話
義母に相談した結果。
俺は控室を貸してもらうことになった。
クルアさんには、俺の部屋を使ってもらうことになった。
クルアさんが起きていたら、きっと全力で拒否していただろう。
そもそも、彼女が起きていれば、宿に連れてくることもなかったのだが。
控室に、今日だけのベッドを作り、俺は横になった。
別に、普段と何か変わるということもない。
ベッドは普段使っているものと何も変わりないんだしな。
俺もそれなりに酒を飲んだからか、少し眠くなってきた。
目を閉じてまもなく、俺は眠りについた。
○
朝起きて、見知らぬ部屋で目が覚めた、となればクルアさんも不安だろう。
彼女が起きるより先に目を覚ました俺は、ベッドを片付けてから部屋へと向かった。
何度か、ノックする。
しかし、反応はなかった。
……さすがにまだ眠っているだろうか? このまま今日一日寝させてあげたい気持ちもあったが、彼女にも予定があるかもしれない。
「失礼しますね、クルアさん」
一応声をかけてから部屋に入る。
「うわっ」
部屋に入って目についたのは、クルアさんの寝相の悪さだった。
恐らくは、義母さんが布団をかけただろうに、布団は明後日のところに投げ出されていた。
義母さんがクルアさんの着替えをしてくれたそうだが、それも脱いでしまっていた。
……つまり、下着姿のクルアさんがいるわけだ。
無防備に寝息をたてている。そのたびに、その巨大な胸が上下する。
服の上からでも大きいと思ったが、生はもっと凄い。
いかん、いかん。
不純な感情を抱くのは、クルアさんに失礼だ。
ただ、非常に起こしづらい状況である。
……義母さんか、メアさんを呼んでこようか?
いや、二人ともすでに朝の開店準備で忙しいだろう。
俺は連休だったから今日一日余裕がある。……俺がクルアさんの面倒を見ないで誰がするんだ。
そもそも、彼女は俺のパートナーなんだしな。
「クルアさん。起きてください。朝ですよ」
「……うえ?」
俺の声が届いたようで、クルアさんが目をぱちりと開いた。
寝ぼけたような顔である。未だ、状況がつかめていないようだ。
「あれ……? れ、レリウスさん、ですか?」
昨日のように、呼び捨てではないようだ。
あれはあれで新鮮だったので、わりとありだったけど、残念だ。
「はい。レリウスです。昨日、クルアさんが間違ってお酒を飲んでしまって、そのまま倒れてしまったので、俺が宿まで運んできたんですけど……」
「……え? ええ?」
端的に状況を伝える。
クルアさんは昨日の状況を思い返しているのだろう。
段々とその顔が蒼白なものへと変わっていく。
まるで、取り返しのつかないことをしでかしてしまったような、そんな表情に変わり――。
「も、申し訳有りませんでした!」
クルアさんは下着姿のまま、勢いよく頭を下げた。
両手、両膝、額を床にこすりつける全力の謝罪だ。
「あー、いえ。俺は別に構いませんよ」
「そんなわけには行きません! わ、私は商人の立場でありながら、職人の方に多大なご迷惑をおかけしてしまいました! こんなこと、パートナーとして失格なんです!」
ポロポロと彼女は涙をこぼしながら、何度も何度も頭を下げてきた。
……とりあえず、服を着てほしいのだが、それさえも切り出しにくかった。
ただ一つ判明したのは、クルアさんの知り合いを捜すような行動をとらなくてよかったなと思った。
親しい商人がクルアさんを見れば、それこそ激怒したのではないだろうか?
……クルアさんは本気で商人として、生活しようとしている。だからこそ、商人としてきちんと職人と向き合いたいのだろう。
そしてまあ、昨日は店側の不手際もあって、ミスってしまった。
俺も客の対応で何度かミスしたことがある。
自分だけで済むならいいが、お店に迷惑をかけるかもしれない。そう思った瞬間、申し訳ない気持ちでいっぱいになるんだ。
きっと、今のクルアさんもそれに近い感情なんだと思う。
俺が「いいですよ」といっても、それだけでは駄目なんだ。
他の職人がどのような対応を取るかは分からない。ただ、クルアさんのこのような態度を見るに、大体は契約を打ち切るのではないだろうか。
ただ俺は、これからもクルアさんと一緒にやっていきたいと思っていた。
決して綺麗だからとかそういう理由ではない。いや、一割、二割くらいはあるけど。
単純に、彼女が真面目で接していて楽しいからだ。
仮に今後、配分で俺に入る金額が減ったとしても、俺は変わらずに彼女と今の関係を続けていくと思う。
単純に、彼女という一人の人間を気に入っていた。
「クルアさん」
「あ、あの……わ、私だけの責任なんです。私の不注意が招いたことですので――」
「とりあえず、服着てくれませんか?」
「え?」
そこで彼女がちらと自身の体を見た。
そしてクルアさんは真っ赤な顔になって、胸元に手をやった。
○
ひとまず着替えたことで、多少は落ち着けたようだ。
クルアさんは真っ赤な顔のまま、ベッドにぺたりと座っていた。
「クルアさん」
「は、はい」
「まず、先に話しておきますと、俺は別に今回に関して非があったとは思いませんでした」
「な、なぜでしょうか? 私は、あなたにたくさんの迷惑をかけてしまいました。宿まで運んでもらい、部屋まで用意してもらいました」
……クルアさんは、仕事だから、という部分を意識してしまっているのだろう。
なら、まずはそこを取っ払う必要がある。
「俺は、別に仕事でクルアさんに会いに行ったわけじゃないですよ?」
「え? えーと……どういう意味でしょうか?」
「あくまで俺は、友達と飲みにいったつもりでした」
「……」
クルアさんが驚いたようにこちらを見てきた。それから、ぶんぶんと首を振る。
「あなたはそうだとしても、私は仕事として行ったんです。なのに、あんな――」
「それについては、反省してくれればいいですが、俺は友達と飲みにいって、友達がバカみたいに酒飲んで、それで酔いつぶれた。そのくらいの認識でしたよ?」
クルアさんがなんとも言いづらいような表情を浮かべたあと、顔を沈めた。
彼女が何かを言う前に、俺はさらに続けた。
「それに、クルアさんをここまで運ぶときに……まー、その。胸が何度か当たってしまったので。むしろ、謝罪はこちらがしたほうがいいかと思ったくらいですよ?」
「……別に。レリウスさんが、そういった下心があってやったとは思いませんから」
「そうですか? ……けど、やっぱり自分も男ですから。まったく意識しなかったなんてことはないですよ? ……とにかくです。こちらもその謝罪をするためにここに来ました。申し訳ありませんでした」
「……」
口を閉ざした彼女に俺は改めて手を伸ばした。
「その上で、ですが。今後も俺と一緒に仕事をしてくれませんか? 俺はクルアさんという人が気に入りました。あなたと一緒に仕事がしたいんです」
「……」
クルアさんは目を見開いた後、小さく頷いた。
頷いて、くれた。
「……わかり、ました。申し訳ありませんでした。今後はこのようなことがないようにします」
「仕事のときはそれでいいですけど、友人として飲みに行くときは、気にしないでくださいね。普段見れないクルアさんを見れて、俺も嬉しかったですから」
「……も、もう今日みたいな失態はしませんから!」
クルアさんは顔を真っ赤にして叫んだ。……とりあえず、何とかなったかな。
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