第26話

 クルアさんから話したいことがあると連絡があったため、今日の俺は夕方までで仕事を切り上げていた。

 話したいことというのはなんだろうか? 

 冒険者たちに薬草を売るという話はどうなったのだろうか? 


 うまく行ってくれていればいいんだけど。

 冒険者ギルドに足を運んでいたが、詳しい情報は入っていなかった。

 クルアさんが販売するのに失敗してしまった可能性もある。

 となれば、俺が作製した薬草が無駄になってしまうだろう。


 まあ、別に魔力で作ったものだからいいんだけどね。

 ……それ以外の話だったらどうしようか。

 例えば、契約を打ち切られるとか……。わざわざ内容が書かれていなかったため、不安だった。


 クルアさんに呼ばれた店に行くと、クルアさんは少しおめかしをしていた。

 ……どこにでもいるような平民の俺とは、明らかに違う。

 下級の貴族といわれても通用するような服装だ。ただ、彼女の身につけているものは燕尾服に近いものだ。

 

 商人が良く着ている服だ。

 女性の商人がそれを着ていると、仕事のできる女性、という感じがあった。


「あっ、レリウスさん。お久しぶりです」

「はい、久しぶりですね」

「お店には話をしてありますので、すぐに中に入れますよ。大丈夫ですか?」

「はい」


 クルアさんが笑顔とともに中へと入っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、彼女とともに店へと入っていく。

 テーブル席がいくつも並んでいる。酒場やうちの食堂と違って、少し落ち着いた雰囲気の店だった。


 席についたところで、料理を注文する。

 とはいえ、何やらコース料理があるらしい。

 確か、決まった料理が順番に出てくるんだったっけ?

 

 コース料理と聞くと、それだけで少し緊張してしまうな。

 

「クルアさんって普段こういった場所にくるんですか?」

「いえ、私はほとんどありませんね。師匠に何度か経験ということで連れて行かれたことはありますが」

「……そうなんですね。俺は初めてだったので、今凄い緊張していますよ」

「私も初めてのときはそうでしたよ」


 にこりと微笑んだクルアさん。

 ……クルアさんの表情は別段普段と変わった様子はない。

 悪い話しじゃないといいんだけど、どうなんだろうか。

 最初にサラダが運ばれ、クルアさんが皿に取り分けてくれる。


「あっ、そういえば、お酒って飲みますか?」

「苦手なので飲みませんね」

「そうですか、私も苦手で……一応、飲み放題にもできるようなので、遠慮なく言ってくださいね」


 そうなんだな。

 サラダの取り分けが終わった所で、クルアさんを見た。


「クルアさん。それで今日はどのような話なんでしょうか? 悪い、話ですか?」

 

 もうずばっと聞くしかないだろう。

 俺の言葉に、彼女は目を見開いた。

 ……やっぱり、そうなのか?


「ち、違いますよ! むしろ、良い話です!」

「……あっ、そうなんですか?」

「はいっ! もう一体どこから話せばいいのやら……まずですが、師匠の店から商品を置きたいという話を頂いて、今では場所代を必要としていないんですよ!」

「……そうなんですか?」

「はい。師匠とはいえ、商売相手ですからね。レリウスさんの商品はすべて大変評価が高いんです。だから、こちらも強気に交渉できました。……まあ一応師匠ですからね。多少大目には見てあげましたけど」

「それは、よかったです」


 ほっとするな。

 自分の作ったものがこうして評価されるというのは、やはり何度聞いても嬉しいものだ。


「家具に関しては、引き続き、納品をお願いしますね」

「わかりました」

「それで、次は薬草の件ですが……」


 一度そこで会話を区切る。

 こちらも良い話だったら嬉しいが、そう都合良くは行かないだろう。

 ある程度の覚悟をしていると、クルアさんがぱっと目を輝かせた。


「薬草をうまく市場に流すことができたんですよ!」

「……え、そうなんですか? けど、自分も冒険者として活動することがありますが、あまり流通していないですよね?」

「これからになりますね」

「これからですか?」

「はい。私は、ギルドに交渉して、知り合いの冒険者に優先的に薬草を集めてもらうように頼んだことにしています。ですから、私が少しずつ薬草を、普通よりも多めに納品できるようにしたんです」

「……なるほど。冒険者に融通を効かせたということですか」

「はい。私のコネを使って、ということにしてあります」


 確かにそれなら、うまく流すことができるだろう。


「ただ、それだと冒険者が直接納品すればいいのに、とか言われるのではありませんか?」

「元々、別の街で活動している冒険者に頼んだことにしてあります。……私のコネで、という部分を強く強調しました」

「なるほど……」

「ただ、あくまでこの冒険者は架空の存在ですからね。あまりしつこく突かれると面倒なことにもなります」

「大丈夫ですか?」

「別に嘘はついていませんからね。あとでいくらでも対応は可能です」


 そういうものなんだな。


「とりあえず、最初の納品として薬草はかなり捌けました。また次の納品もお願いしますね」

 

 基本的に、俺の商品はすべて、納品した時にお金をもらうことになっている。

 売れても売れなくても、納品した分だけの報酬が支払われるため、俺としては良い契約になっているが、彼女にはどうなのかと思っていた。


 ただ、多く捌けたのであれば、俺の心配も少し減った。


「とにかく、レリウスさんのおかげで私の名前を売ることができました。本当にありがとうございます。本日の食事代は私が出しますから、自由に食べてくださいね!」

「いえ、別に大丈夫ですよ。そこはお互い、対等で行きましょう」

 

 別におごってもらうほど甲斐性がないわけじゃない。

 というか、たぶん今は俺のほうが稼いでいるんだしな。

 しかし、俺の言葉にクルアさんはぽかんとした様子だった。


「どうしたんですか?」

「……レリウスさんってなんだか他の職人さんと違うんですよね」

「他の職人ですか?」

「そうですね。……えーと、そのここで話したことは聞かなかったことにしてくれますか?」

「はい、別に構いませんが」


 そういうと、クルアさんが小さくため息をついてから、言った。


「やっぱり職人さんって技術を売っているじゃないですか?」

「はい」

「ですから、その……結構上から目線といいますか、尊大な態度を取る方が多いんです」

「……あー、そうなんですね」


 まあ、俺の場合は物を作っている感覚がないからなぁ。

 他の人は一から作っているんだし、愛着などもあるのではないだろうか。


「ですから、結構やりにくいといいますか。たまにこうやって職人さんと食事をする機会もあるのですが……やっぱり接し方って大変なんですよ」

「……なるほど」

「そもそも、相手は年上の人ばかりで、セクハラまがいの発言も普通にしてきますし、なんなら、触ってこようとするときもあるし……そういうのがしたいなら、そういう店に行けばいいんですよ!」


 彼女はぶすっとした顔でそういった。

 よく見ると、少し顔が赤い。

 彼女は手元にあったグラスに口をつけていく。


 ……それ、もしかしてお酒か?

 すでに彼女も俺も成人を迎えたので酒も問題なく飲める。

 ただ、俺はあまりおいしさが分からなかったので、ほとんど口にしたことはない。


 一応、成人したその日に両親とは飲んだ。まったく酔っ払うことはなかったので、お酒は強いほうらしい。

 次の料理を運んできた店員に、声をかける。


「あの、すみません。お酒って持ってきましたか?」

「……いえ? こちらの席は――ちょ、ちょっとまってください!」


 彼女はクルアさんのグラスを見て、慌てた様子で奥へと下がった。

 それから、店員と恐らくは店長と思われる人がやってきた。


「申し訳有りませんでした。こちら、間違えて運んでしまったようで……」

「……はぁ、そうでしたか」

「本日は飲み放題ではありませんでしたが、こちらの不手際もありますし、自由に飲んでもらって構いませんので……」

「……わかりました。クルアさん、どうしますか?」

「おさけのむー!」


 正直言って、飲み放題だからって嬉しいということはない。

 なんなら、半額くらいにしてくれたほうが嬉しかったが、まあクルアさん楽しそうだしいいかぁ。


「レリウスゥ! 話聞いてよー!」


 駄々をこねるように彼女が腕を引っ張ってくる。

 ……クルアさん、お酒にはかなり弱いみたいだ。

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