第21話

 冒険者ギルドに来た。

 けど、俺は依頼の受け方も知らなかった。

 両親と一緒につれていってもらったときの記憶なんて、すっかり薄れてしまっていた。


 基本的に、神器と職業を与えられるまでは依頼を受けることはできない。

 だから、俺がここに足を運ぶことはなかった。

 宿屋の手伝いで忙しいのもあったしな。

 

「すみませんメアさん。冒険者として活動したことがなかったので、まったく勝手がわからないのですが」

「あっ、そうなのか?」

「はい。普段は一人でゴブリンを狩るくらいしかしていなかったので……」

「それなら、仕方ないな。私が教えてあげようではないか」


 ばしっと彼女は胸を叩く。

 その際に、わずかに胸が揺れる。


 ギルド内をしばらく歩いていると、冒険者たちがちらとメアさんを見ていたのに気づいた。

 メアさんを見ていた冒険者たちは、ふっと口元を緩めたあと、こちらに近づいてきた。


「おいおい、メア。そいつはなんだよ?」

「……」


 メアさんに馴れ馴れしく声をかけてきた男。

 しかし、メアさんはそれを無視するようにして歩き出した。


 先ほど声をかけてきた冒険者たちは、メアさんの前に立ち塞がった。


「……どいてくれないか?」

「おいおい、そんな口きいていいのかよ? おまえ、Fランクに降格しちまうんだろ?」


 にやにやと笑う冒険者たちに、メアさんはぴくりと反応した。

 メアさんの事情を知っている相手のようだ。


 さらに男二人がやってきて、合計三人が俺たちの前にたった。

 この男たちはパーティーを組んでいるのかもしれない。

 ちらと、先頭にいた――恐らくはこのパーティーのリーダーと思われるスキンヘッドがこちらを見てきた。


「若いな。そっちの男は、まだ神託の儀を終えたばかりなんじゃないか?」

「……そうだが」

「そんな相手を誘って、最後の依頼を受けるのかよ? 仮に降格は免れても、その先はねぇんじゃないのか?」

「……」


 メアさんが唇をぎゅっと結んだ。

 男がにやりと笑い、そんなメアさんに顔を近づける。


「悪いことは言わねぇよ? 俺たちとパーティーを組まないか? おまえに冒険者ってのを教えてやるからよ」


 ふっと男が笑みを浮かべる。

 ……なんだ、口は悪いが良い人ではないか。

 

「もちろん、そっちには色々奉仕してもらうことになるけどよぉ!」


 清々しいほどの下衆野郎だった。

 男たちがニヤニヤと口元を歪めている。


 メアさんが唇をわなわなと震えさせて男たちを睨んでいる。

 俺はすっとメアさんの手を掴んだ。


「メアさんは俺と一緒にパーティーを組んでいるんです。変なちょっかいを出さないでくれますか?」

「……なんだおまえ。まだ神託の儀を受けたばかりの素人だろ?」

「そうだけど、それがなんですか?」

「話になんねぇんだよ、ガキが。邪魔すんじゃねぇぞ」


 男が俺のほうに腕を伸ばしてきたので、その手首を掴んだ。


「……てめぇっ」


 男が力をこめて振りほどこうとしてきた。

 ……さすがに力負けするか? と思っていたが――。


「な、なんだこいつの力!」


 男が暴れるが、まったくもって力を感じなかった。

 ……わざとやっているんじゃないのか? と思うほどだ。

 

 わざとでなければ、俺が身に着けている装備品の効果かもしれない。

 身体強化Sランクを合計五つつけている。スキルの効果は重複する。

 すべて同じだけ強化してくれる、というわけではないようだが。


 男がこちらに蹴りを放ってきた。

 予想外の動きだったが、手を放して回避できた。

 

「てめぇ……っふざけた真似しやがって! こちとら、先輩冒険者だぞ! 舐めた真似すんじゃねぇぞ!」

「……先に舐めた態度をとったのはそっちじゃないですか?」


 俺が言い返すと、男がじろりと睨みつけてきた。

 周りの冒険者たちは、そんな俺たちを見ても止めることはない。


 それどころかむしろ――。


「おうおうやれやれ!」

「こいつは面白そうだぜ! どっちに賭けるおまえ?」

「そりゃあ、もちろん、ブンスエだろ? あいつこの前Cランクに上がったんだぜ?」

「なら俺は小僧のほうだな。あんなに威勢のいい冒険者は久々だしな」

「生意気な新人をボコしてやれブンスエ!」

「小僧、頑張れよ! 俺の昼飯代かかってんだからなー!」


 けらけらと俺たちを見て笑っている。

 ギルド職員を見ると……呆れたように嘆息をついているだけだ。

 

 ブンスエ、というのが目の前の冒険者の名前らしい。

 ブンスエが拳を固めてから俺を睨んでくる。


「謝るなら今の内だぜ?」

「それなら、まずメアさんに謝ってくれませんか? そうすれば、俺もあなたに対してとった行動については謝罪しますから」


 いきなり手首を掴み上げたことだけは、悪いことだとも思っている。

 しかし、ブンスエははっと笑って舌を出す。


「何か、謝ることがあったかよ? 先輩が後輩を指導する。その上で後輩が先輩に奉仕する、何も間違ったことはねぇぞ? 冒険者に限らず、色々な場所でそれらがあるんだよ、ガキ」

「そういった場所があるんですね、知りませんでした」

「何も知らねぇガキが」

「そんなことは別に知る必要ありませんし」


 ブンスエは眉間を一度寄せた後、こちらへと飛びかかってきた。

 ……遅いな

 彼の動きを完全に見切った。


 寸前で左にかわし、足を引っかけてやる。

 ブンスエは顔から派手に転がった。

 地面に顔面をぶつけた彼が、こちらを睨んでくる。


「て、てめぇ……何かわしやがる!」

「あまりにも動きが遅かったので」

「……ふざけんな!」


 ブンスエがまた飛びかかってきたが、俺は先ほど同様に足を引っかける。

 派手に転がったブンスエがよろよろと起き上がる。


 ブンスエは両目を見開いていた。


「う、嘘……だろ。お、俺より速く動けるだと……っ」

「……もういいですか?」

「舐めるなっ! こちとら、十年冒険者やってんだ……っ!」


 ブンスエが叫び、拳を握りしめて振りぬいてくる。

 ……どうやら、俺はこのCランク冒険者よりも、少なくとも強いらしい。


 装備品に大量のスキルがあるからだろう。

 ……さっきと同じようにかわしてもいいが、それでは力の差を示すことはできないようだ。


 俺はブンスエの拳を片手で受けとめる。

 そして、彼の拳を握りつぶすように力をこめる。


「がぁ!? い、いだい……は、離せ!」

「それならもう、メアさんに変なちょっかいはかけませんか?」

「あ、ああっ! かけない! かけないから!」

「……そうですか」


 俺がぱっと手を離すとブンスエは体を震えさせながら離れる。

 彼の仲間たちも恐ろしいものでも見るように俺を見ていた。


「まだ、何かありますか?」

「……な、なんでも、ない、です」


 彼らはその言葉だけを残し、この場から立ち去った。


「おおお! すげぇ!」

「小僧のほうが勝ちやがったぞ!」

「いくらブンスエが神器使わなかったからって、正面から打ち破るなんてなっ!」


 周りが騒がしい。

 俺は彼らではなくメアさんを見る。

 彼女はぼーっとこちらを見ていた。


「メアさん。すみません、謝罪させられませんでした」

「い、いや、いいんだ。そ、そ、の……ありがとう」


 彼女の犬耳がぴこぴこと嬉しそうに揺れていた。


「メアさん、すみません。依頼の受け方とか教えてもらえますか?」

「そうだったな……っ」


 メアさんが笑顔になってくれたので、とりあえずは良かった。


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