第20話


 今日はメアさんと一緒に冒険者として活動することになっていた。

 待ち合わせ場所はメアさんの部屋前だ。


 というのも、うちで仕事をしている従業員は皆この宿に泊まっていた。


 理由は様々だ。新しく入った子は、絵を描くためにこの街に来たとか。

 メアさんは一流の冒険者になるために。

 それぞれ、色々な夢を持って、うちでバイトをしていた。


 うちの宿なら宿泊、食費込みで月に金貨二枚程度の給料も出る。

 応募者が多いのは、そういう部分もあるのかもしれない。


 メアさんの部屋をノックすると、廊下に姿を見せた。


「レリウス、おはよう」

「おはようございます……それで、準備完了ですか?」

「あ、ああ……何か、変だろうか?」


 そういったメアさんの表情は険しかった。

 ……そりゃあそうだろう。


 彼女の装備には、決して強力とまではいかないが、すべてに悪いスキルがついている。

 よくもここまで見事に揃えられたなと言いたいくらいだ。

 

「……はぁ、はぁ」


 メアさんはこうして向かい合っているだけで、疲れたような吐息をもらしている。

 額には汗がびっしりと浮かんでいる。


 普段食堂で働いていたときなんて、それこそ体力だけが自慢とばかりに動いていたのに。

 同時に思いだされるはメアさんが派手に転んで皿を割った姿。裏でこっそりと直したものだ。


 メアさんは体力に関してだけは、誰よりもあった。

 なのに今は歩くだけでも疲労困憊の様子だった。


 ……それは彼女の身に着けている籠手が原因だ。

 彼女の籠手には、体力減少Sランクが付与されている。

 効果ははっきりとしないが、今のメアさんから察するに疲れやすくなっているようだ。


 他についているのは、筋力減少Dランク、敏捷減少Cランクだ。

 ……恐らく、今のメアさんは普段の三分の一ほどしか力を出せないのではないだろうか。


「……メアさん。その装備品ですが――」

「ち、違うんだ! 別に可愛いから買ったわけではないんだ!」


 いやそうじゃなくて。

 確かに胸元に熊の刺繍が入っていてかわいらしさはあるが。


「その装備品、あまり良くない効果がついているようですけど……大丈夫ですか?」

「……えっ」


 メアさんは本気で気づいていなかったのだろう。

 顔面蒼白でこちらを見て固まった。


「ど、どんな効果だ?」

「……そうですね。大雑把にいいますと、身体能力が普段の三分の一程度になってしまう感じですね」

「……なんだと! だから私、この装備を買ってからまったく依頼が達成できなくなったのか……っ!」


 メアさんはがくりと肩を落としていた。

 落ち込んでいた彼女に詳しい話を聞いてみた。


 ……どうやらメアさんはもともとDランクまであがった優秀な冒険者だったらしい。

 その途中で、今の装備一式に変えてから、どんどん体の動きが悪くなってしまったそうだ。


 いや、その段階で気づいて装備を変えるなりすればよかったのだが、メアさんは違った。


 可愛いからと特に気にせずにずっと着用していたらしい。

 今ではEランク冒険者に降格し、おまけにもうすぐFランクになりそうだという話だった。


「原因が装備なら、ひとまずこれはすべて捨てるしかない、な。可愛くてお気に入り――じゃなくて結構高かったのだが……」

「それなら、作り変えてみましょうか?」

「え? そ、そんなことできるのか!?」

「まあ、一応……挑戦してみましょうか?」

「お、お願いします!」


 メアさんが急いだ様子で羽織っていたベストを脱いだ。

 下は薄着だったため、体のラインがしっかりと見える。


 ……非常に女性らしい魅力的な体だ。もうちょっと男に見られていることを意識してほしい。

 俺が視線を横に向けると、そこでメアさんは気づいたようだ。

 はっとした様子でベストを胸元にもっていった。


「す、すまないっ! 汚いものを見せてしまって!」

「汚くないですよ。こちらこそ、その、つい見てしまってすみませんでした」

「こ、こちらこそ……」


 ぺこぺこと頭を下げてきたメアさんが、すっとベストを渡してきた。

 他にも彼女は籠手や靴など、身に着けていた装備品をこちらに向けてきた。


 じっと俺の様子を見ていたメアさんに俺は悩む。

 ……彼女に俺の鍛冶の様子を見せたことがなかった。


 まあ、別にいいか。

 

「メアさん、少し自分の調整は他の人とは違うかもしれませんが、他言はしないでくださいね」

「もちろんだ」


 こくこくとメアさんが興味津々といった様子で顔を近づけてくる。

 ……近い。

 メアさんの良い香りが鼻をくすぐる。


 俺はそれを忘れるように装備品に集中した。

 とりあえず、このマイナス効果を消すような強化をしてしまえばいい。


 ただ、どうせだったら、いくつか新しいスキルもつけてあげたほうが優しいというものだろう。


 俺は彼女の装備一式に、筋力強化Sランクを付与していった。

 メアさんの装備はSランクになっても、そこまでスキルをつける余裕はなかった。


 つけられるスキルは一つだけだ。

 メアさんが元々前衛で戦うのは知っていたので、それを補助できるようにしておいた。

 

「防具を作る人って出したり消したりするのか? 私、作っているところを見るのは初めてだったんだが、中々面白いなっ」

「俺は少し違うみたいですよ」

「そうなのだな……もう、これですべての調整が終わったのか?」

「はい。使ってみてください」


 俺がメアさんのほうに装備品を戻す。

 メアさんは素早くそれらを身に着けていき、目を見開いた。


「え!? こんなに体が軽くなるのか!?」

「もともとついていたマイナス効果をすべて取り除いて、出来る範囲で強化も行ってみました。それなら、問題はないと思いますが……」

「あ、ああ! むしろ軽い! 羽が生えたようだ! これならいくらだって戦えるぞ!」

「そうですか。それじゃあギルドに行きましょうか」

「ああ! ありがとうレリウス!」


 きらきらと目を輝かせ、尻尾をぶんぶん振り回す彼女に、悪い気はしない。

 今日はメアさんがギルドで依頼を受ける予定だった。

 というのも、冒険者にはランクがあって、依頼を受けない限りこれは上下しない。


 最初はすべての登録者が最低のFランクなのだが、依頼を受けていくことでこのランクがあがっていく。

 ランクはその冒険者の力をおおよそ示してくれるものだ。


 冒険者として生計を立てられるのがDランクからといわれていて、Bランクを超えれば一流冒険者といわれるようになる。


 そしてメアさんは現在Eランクだが、連続で依頼を失敗してしまっている。

 次失敗すればFランクに落とされてしまうそうだ。

 また、ランクの維持などには期間が設けられている。


 半年以上依頼を受けなかった場合は、ランクが一つ降格するらしい。

 依頼は連続で三度失敗すればランク降格だそうだ。


 そういうわけで、メアさんはここ最近依頼を受けていなかったが、もうすぐ半年が経過してしまうため、受けに来たというわけだ。


 俺も少しくらいは力になれればいいな、と思うしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る