第11話

 俺が体を起こすと、フィーラはほっと息を吐いた。


「わ、悪いわね。その寝ているときに起こしちゃって」

「いや、別にいいですけど……また、眠れなくなってしまいましたか?」

「……うん」


 しゅん、とフィーラは視線を下げた。

 彼女の胸元ではきらりと赤い宝石が光を放っていた。


「原因を調べに行きましょうか」

「……い、いいの?」

「まあ、その為に俺は来ましたから」


 俺はベッドから立ち上がり、軽く伸びをした。

 それからフィーラとともに部屋を出た。

 フィーラは少し眠れたからか不機嫌な様子はなくなっていた。


「ねぇ、あんた。その……嫌じゃないの?」

「何がですか?」

「……だって寝ているときに起こされたら嫌でしょ?」

「まあ、そうですけど……別に十分寝ましたし」


 時計を見たところ、四時間ほどは寝ていた。

 決して多くはないけど、俺からすれば十分だ。


 宿屋の朝は早く、夜は遅かった。

 だから、このくらいは問題ない。さすがに、ずーっと続くなら勘弁してほしいけど。


「それに、眠れない辛さはわかりますから。フィーラさんのためにも、頑張りますよ」

「……」

 フィーラは頬を染めてから視線を外した。

「……どうしたんですか?」


 何か失礼なことを言ってしまっただろうか。

 フィーラははっと顔をあげると、首をぶんぶんと振った。


「な、なんでもないわっ。そういう風に言ってもらったの、初めてだったから。……それに、あたしが起こすとみんな最初はちょっと嫌そうな顔するのよ?」


 ……まあ、確かにそれはわからないでもない。

 仕事だとわかっていても、やはり寝起きでいきなり完璧な対応はできないだろう。


「俺は大丈夫です。まあ、ちょっとびっくりしましたけど」

「びっくり?」

「だっていきなり、可愛い女の子が隣にいたんですよ? フィーラさんだってかっこいい男の子が突然隣にいたら驚きますよね? ほら、憧れの王子様とかいたら絶対驚きますよね?」

「まあそうだけど……か、カワイイ!? 誰が!?」

「そりゃあ、フィーラさんですけど……」


 俺がそういうと、フィーラは顔を真っ赤にした。

 可愛いといわれるのに慣れていないのだろうか?

 フィーラとともに部屋へと戻った俺は、彼女のベッドを確認する。


 ……なぜか、睡眠妨害Sランクになってしまっていた。

 ということは、フィーラが寝たのが原因なのだろうか?


「フィーラさん。眠れなくなった前と後で、何かこう変化したことってありますか?」

「……ないと思うわよ?」

「そう、ですか」


 ……それなら、手っ取り早く調べてしまおうか。

 俺は一時的に目を変化させる。

 今までは注視しない限り、作製可能、不可能が出ないようにしていたが、それを見ただけで判断できる状態に戻した。


 視界を覆うほどの大量の情報が脳へと流れ込んでくる。

 何か、このスキルの原因になるものがわかれば――。 


 まずは部屋を見て、それからフィーラを見た。

 フィーラはもちろん作製不可能だ。だが、その体に身に着けているものを見ていく。

 彼女の胸元で光るネックレス。


 ネックレスについた赤い宝石が、怪しく光ったところで、俺は目を戻した。

 なるほどな。原因がわかった。


 俺は一度目と脳を休ませるように目を閉じる。

 一度に大量の情報が入ってくるのはなれないな。


 改めて目を開くと、フィーラはなんだか頬を染めて視線を外していた。


「フィーラさん」

「な、なに?」

「その胸元のネックレスはずっと身に着けていたものですか?」

「……違うわ。あっ……これ、ちょうど一ヶ月くらい前に買ったのよ」

「そう、なんですね」

「これが、何かあるの?」

「そのネックレス、呪われている可能性があります」

「……え? そ、そうなの? ……あたし、前に市場で見つけていいなぁ、って思って買ったんだけど……の、呪われているの?」

「はい。可能性としてはなくはないかもしれません。寝る時は外したほうがいいかもしれませんね」

「……そ、そうなのね」


 フィーラがネックレスを外して、それをテーブルに置いた。

 それから彼女がベッドに入ろうとしたときだった。

 ネックレスがすっと、フィーラの枕元へと移動した。

 ……なるほどな。


「な、なにこれ……っ」

「自動で戻ってくるみたいですね」

「こ、これじゃああたし、寝られないじゃない!」


 俺はじっと、ネックレスを見る。


 赤魔石のネックレス Sランク

 睡眠妨害付与Sランク 自動帰還Sランク


 この二つが付与されているせいで、フィーラの睡眠が妨害されてしまっているんだ。

 作り直せば、これらのスキルがなくなることはすでにわかっている。


「フィーラさん、この魔石を少し弄ってみてもいいですか?」

「え、ええいいわよ」


 フィーラはぎゅっと俺の左腕を掴んでくる。

 呪われている、と聞いてから。

 フィーラは不安そうだ。

 ……異性とこんなに距離が近いのは、リン振りだな。

 少し緊張しながら、俺は右手に神器を取り出した。


「……それあんたの神器?」

「はい」

「なんだか、あんまり強くなさそうね」

「そんなに強くはないですね」


 できることといえば、素材に分解してしまうことくらいだ。

 俺がそれで魔石を軽く叩くと、砕け散った。


「え、こ、これ、壊してくれたの?」

「すみません。すぐに戻しますから」

「え、いや……別にいいけど……呪われているの、いらないし」


 フィーラがそういうが、一応彼女の宝石だしな。

 俺が素材を回収してから、作り直す。


 新しく作り上げた赤魔石のネックレスを取り出して、フィーラに見せる。


 さっきと見た目は変わらない。

 ただ、今度のは悪い能力はすべて排除されている。


「こ、これ……さっきのよね? どうやって作ったのよ!?」

「まあ、それは……俺が調整を加えたものですので、さっきのようなことは起こらないと思います」

「……」


 フィーラにネックレスを手渡すと、彼女はそれを握ってから遠くにおいた。

 それからフィーラはベッドで横になる。


「……ほ、本当だ」


 ネックレスが戻ってこないことを確認したところで、フィーラが目を輝かせた。


「す、すごいのねあんた。こんなすぐに原因に気づくなんて!」

「たまたまですよ。今後は、身につけるものにも気を配ったほうがいいかもしれませんね」

「……う、うん。ありがと!」


 フィーラが微笑んだあと、あっと口を開いた。


「……そういえば、あんた名前は?」

「俺はレリウスです」

「そうなんだ。レリウス、ありがとうね」

「はい。フィーラさんの力になれてよかったです」


 ただ、まだ完全に解決したわけじゃない。

 俺はちらとベッドを見る。呪いが付与されたままだ。


「フィーラさん。今このベッドでは寝られないと思いますので、俺が調整しますね」

「あっ、まただめになっちゃったの? これまでに感じたことないくらい良いベッドだったのに……」

「また同じくらいのものを作りますよ」

「ほんと!? 期待しているわ!」


 フィーラが近くの椅子に座ってから、俺のほうを見てきた。

 ……できれば見られたくなかったが、まあいいか。


 さっき小さなものではあったが見せているんだからな。

 俺は同じようにベッドを破壊し、回収する。


「ちょ、ちょっと! ベッドどこにいっちゃったの!?」

「すぐに戻しますから少し待ってくださいね」


 フィーラがあっ、と声をあげたが、すぐに作り直す。

 Sランクのベッドが出来上がったので、それを眼前に戻した。


 ぽかんとフィーラはこちらを見ていた。


「何が起こったのか、さっぱりだったわよ……?」

「まあ、内緒にしておいてください」

「内緒?」

「はい。二人だけの秘密ってことで」

「ふ、二人だけ……え、ええ、わかった」


 フィーラが嬉しそうに微笑んだあと、椅子から立ち上がる。

 それから彼女は俺の隣に立ち、顔を近づけてきた。


 それに気づいて彼女を見ようとしたとき、頬に柔らかな感触が触れた。


「な、何ですか!?」

「二人の秘密ってことでっ。ありがとねっ、レリウス!」


 フィーラは頬をわずかに染めた彼女が、ベッドに潜った。

 き、キスされたのか!?


 考えてもいなかった行動に、頬が熱くなる。

 俺は彼女から逃げるように部屋を立ち去った。

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