第8話
次の日の朝だった。
騎士の多くが寝坊した。
起床予定の時間を過ぎたので、仕方なく俺が一人の騎士を起こしに向かった。
「ま、まさか寝坊するとは思わなかった! す、すまない他の騎士たちを起こすのを手伝ってくれないか!」
と言われたので、俺は一人ずつ起こしていった。
皆、驚いたような様子で急いで着替えを始める。
そうして、食堂に降りてくると、ばたばたと騎士も駆け下りてきた。
「……あのベッド、寝心地最高だったな」
「本当にな……まさか、この宿であそこまでのものが用意されているなんて思わなかった」
「というか、この食堂の椅子にしたって、なんか座り心地良くないか?」
「それな! あのときは旅の疲れがあったし、俺の勘違いだと思っていたけど、やっぱ違うよな!」
騎士たちがそんな会話をしていた。
俺の作製したものは、どうやら貴族や騎士にもそれなりに良いものとして受け入れられたようだ。
俺が一番心配していたのはそこだった。
騎士たちから少し遅れて、クライアが階段を下りてきた。
「はぁ……まったく。どうやら騎士たちが寝坊してしまって、迷惑をかけたようだな」
「いえ、別にそんなことありませんよ。冒険者の方に、朝起こしてほしい人へのサービスもありますから」
「それはあの店員が狙いなんじゃないか?」
「でしょうね」
ちらとクライアさんがメアさんを見る。
俺が食事を並べていると、クライアさんが隣の席を叩いた。
一緒に食べよう、ということなんだろう。
なので俺もそこに座ることにした。
「それにしてもだ。あのベッド……本当に凄いな。俺はこれでも睡眠に関してはうるさいほうなんだが……まさか旅先でこれほどまでに熟睡できるとは思わなかったな。……あの家具を作った人は知っているか? ぜひとも、俺も同じものが欲しいんだが!」
「えーと……作った人は知りませんが、それについては店主に相談すればなんとかなるかもしれませんよ?」
「そうか!」
クライアさんは嬉しそうに目を細めた。
俺は自分が作ったとは言うつもりはなかった。
だって、職人ギルドに所属していない俺が、何か物を作って販売することは禁止されているからだ。
「まさか、この旅でこんな出会いがあるなんて思わなかったなぁ。あれなら、毎日だって熟睡できるぞ!」
「睡眠は大事ですからね」
「ああ!」
それから、クライアさんは朝食を食べてから、宿を出発した。
家具に関しては後で屋敷から回収のために人が来るということになった。
……『鍛冶師』か。
まさかこの職業で、誰かを笑顔にできるとは思わなかったな。
両親が、魔物を倒してその村や町の人たちに喜ばれているのを見るのが好きだった。
自分のことのように自慢していたことだってあった。
俺が見たかったのは、誰かの笑顔だったのだろうか。
『鍛冶師』なら、もっと多くの人を笑顔にできるかもしれない。
冒険者は難しくても、その道を目指すのも1つの手段なんだろう。
〇
『鍛冶師』のレベル上げをしながら、宿の仕事をこなしていく日々が続いていく。
そんなある日だった。宿屋に一人の男がやってきた。
受付をしていた俺は、普通の客だと思って対応したのだが、その帰りだった。
「ここの家具を作っている人間は知っているか?」
男が考えるような様子で尋ねてきた。
俺は自分の力について話さないほうがいいと教えられていたから、すぐに名乗るようなことはしなかった。
「何か、問題がありましたか?」
問題はないと思っていた。
というのも、ここ最近宿の利用者は家具に関して絶賛していたからだ。
多くの利用者が、寝心地のよいベッドに関して口にしていた。
「いや……噂程度の話だったが、まさかここまで寝心地の良いベッドがあるとは思わなかったんだ。一度、商人ギルドに行って話を聞いてみたいと思ってな」
「……そうですか。家具ですが、いくつかは個人的に自分が改良を加えていますので、元のものとは随分と変わってしまっていますが」
「……キミが、か?」
じっと男はこちらを見てきた。
観察するような目だ。
「はい」
「……その若さですでに家具職人の才能の片鱗を見せている、ということか。すまない、キミにいくつか家具の作製をお願いしたいと思っているんだが、いいだろうか?」
「……えーと。私は生産系ギルドに所属しているわけではありません。あくまで個人的な範囲でやっていますので、お金のやり取りが発生する場合はちょっと……」
以前、クライアさんにベッドを売却したが、あれは例外的なものだ。
お金が動く場合、職人ギルドに所属し、きちんとした手順を踏む必要がある。
特に技術系のギルドは、上とのやり取りが難しいらしい。
本来であればきちんと弟子入りをしたり、職人学校を卒業する必要があるんだ。
製作したものを、直接店とやり取りするのか、商人を通して販売するのか、とまた色々あるらしい。
「……そうか。それなら、内密に仕事を頼むことはできるか? 誰にもこのことに関して吹聴はしない」
「はぁ、それであれば、まあ一応……」
「そ、そうか? それはよかった。どこか、場所はないか?」
「……えーと、ちょっと待ってください」
とりあえず、義父に相談してみないことには時間も作れない。
受付を他の人に任せ、俺は義父のもとに向かう。
先ほどの内容について話すと、義父は少し考えるような表情を作った後、頷いた。
「こっちは大丈夫だ。少し話をしてみなさい」
「わかった」
義父の許可も出たので、俺は彼を自室へと案内した。
部屋に彼を入れ、近くの椅子を引っ張ってきてお互いに座った。
「すまない、仕事中にわざわざ時間を作ってもらって」
「……いえ、大丈夫です」
「そうだな……どこから話をすればいいか――まず私の自己紹介からだな。私は、アルスゥス伯爵家の者なんだが」
「……貴族さまですか」
「ああ。クライア子爵からこの宿について聞いてな」
また貴族。
それに少し驚いたが、確かに彼の所作はどこか気品があった。
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