第7話



 なんでも、貴族がうちの宿に泊まるらしい。

 貴族といえば、もっと最高級の宿に泊まるのが通例だが、どうにもそこの貴族とは昔からの知り合いらしい。

 ……正確に言えば、俺の両親が冒険者として彼の依頼を受けたことがあるとか。


 その繋がりから、この宿の店主である義父とも知り合いだったらしい。


 俺も会ったことがあるのだそうだが、まだたぶん五歳より以前の話だ。

 なので、まったく記憶になかった。


「レリウス、201号室の掃除は終わったか?」


 今日の夜、貴族の人が来るということで義父はどこか緊張した様子だった。

 用意した部屋は201号室。

 以前、俺がベッドを作り直した部屋だ。


 まあ、作り直したのはここだけじゃない。すべての部屋だ。

 だけど、201号室だけが、Sランクのベッドであり、他のベッドはB、Aランクのものだった。

 寝心地がもっとも良いのはSランクのベッドなので、201号室を貴族の方のために残してあった。


 とは言っても、俺は不安だった。

 ……この部屋にある家具はすべて俺が作り直したものだ。


 どれもSランクの最高級品にしていたが、果たして貴族に受け入れてもらえるだろうか。


「レリウスが用意してくれた家具はすべて、お客さんに大好評だから大丈夫だよ」


 義母がトンと肩を叩いて微笑んだ。

 ……俺の不安を察しての発言なのかもしれない。


「普段のお客さんは冒険者だけど、これから来るのは貴族だから……」

「大丈夫大丈夫。Aランク冒険者の人も、絶賛してたから! 以前泊まった高級宿のベッドよりも寝心地がいい! 椅子の座り心地は最高! 料理は普通! って!」


 義母の言葉を聞いた義父が、がくりと肩を落としていた。


「仕方ないだろぉ……高級宿とは素材が何もかも違うんだからよぉ……」

「まあまあ。あなたの料理はおいしいわよ」


 義母が微笑み、俺も頷いた。

 すると義父はようやく元気を取り戻し、鼻の下をかいていた。


「そろそろ来る予定だし、みんな準備してくれ!」


 義父の言葉を合図に、俺たちは外に出迎えに向かった。

 今日、うちの宿は貸し切りだ。


 貴族だけではなく、その護衛の騎士たちも泊まる予定だそうだ。

 そのため、義父は朝から気合が入っていた。

 絶対に成功させないといけないだろう。

 

 隣にいたメアさんをちらと見る。


「メアさん、緊張しないでください」

「わわわかっているぞぉぉ……っ!」


 ……駄目そうだ。メアさんはうちの宿だともっとも容姿が整っていることもあって、こうして出迎えを任されていた。

 

 暗くなった街中を一台の馬車が走る。

 それはゆっくりとこちらに向かってきた。家紋の入った馬車は、間違いない。

 シェルス家のものだ。


 子爵の貴族だそうで、この地方の管理を任されている人だ。

 今は領内を見て回っているそうだ。

 騎士とともに中から降りてきたのは、二十歳ほどの青年だった。


 ……聞いていた人よりも若いな。

 もしかしたら、息子さんのほうかもしれない。


「……おお!? その顔はもしかして、レリウスか?」

「え、えーと……はい、レリウスです」


 少年のように微笑んだ彼が俺のほうに近づいてきた。


「俺はクライア・シェルスだ。久しぶりだな。まだ小さい頃に一緒に遊んだことがあるんだが……覚えてはいないか?」

「えーと……はい、すみません。思い出せません」

「はは、いいさいいさ。当時のおまえは三歳くらいだったからな? 目つきがおまえのお父さんにそっくりだ」

「……そうですか」


 ちょっとばかり嬉しいことを言ってくれる。

 しかし、喜んでばかりもいられない。

 メアさんをちらと見ると、彼女はにこっとひきつった笑顔で宿のほうに手を向けた。


「そ、そりゃでは! こ、こちらでやんす!」


 ……滅茶苦茶緊張しているな。

 けど、別に腹を立てるということもないようだ。

 というか、この人、俺にばかり声をかけてくる。


「いやぁ、本当に久しぶりだな。昔、俺と遊んでくれる子ってあんまりいなかったから懐かしいなぁ」

「……そうだったんですか?」

「ああ、そうだよ。うちは子爵とはいえ貴族だったからね。領民の子たちはやはり距離をおいてしまってな。親があんまり関わらないようにしていたらしいんだ」

「そうなんですね……けど、やっぱり貴族ってきくとこちらも緊張しますから仕方ないのではありませんか?」

「そういわないでくれ。子爵なんて、貴族の中では下のせいで結構肩身が狭いんだからな。まあ、うちの場合は前に任されていた貴族が、それはもうあくどい人だったっていうのもあって、みんな貴族に怯えてしまっているのも原因の一つだろうけどな」

「……確かにそれは仕方ないかもしれませんね」

「だからまあ、俺の遊び相手は飼ってる魔物とレリウスくらいだったもんでな。キミのご両親には一緒に魔物狩りに連れて行ってもらって、本当に楽しかったよ……って。……あー、そのすまない。俺はよく無神経といわれてしまうもんでな」

「いえ別に。そのくらい気にしないでください」


 悪気があっていったわけではないとは、この数分のやり取りで十分わかった。

 談笑、といっても話すのが好きな人なので、その聞き手に回っている間に中への案内が終わる。

 食堂につれていき、そこへ料理を運んでいく。


 騎士を含めての軽い宴会のようなものだ。 

 俺はずっと、クライアさんと一緒の席について、彼の話を聞いていた。

 すでにアルコールが回っているようで、クライアさんは赤い顔でこちらを見ていた。


「そうか……冒険者になるのは難しいのか」

「そうですね……。『鍛冶師』ですから」

「それは……残念だったな。そういえば、確かこの宿の子は、『勇者』だったんだよな?」


 さすが自分の領内のことなだけあって、よく知っているようだ。

 今クライアさんは父からの引継ぎを行っているそうだ。

 あと一年もすれば、クライアさんが領主になるそうだ。


「はい」

「他にも今年は『勇者』がたくさん見つかっていてな」

「なんでも上の方たちは随分と盛り上がっているみたいですね」

「……まあ、そうだな。俺は何かとんでもないことが起きる前兆なんじゃないかって思えて仕方なくてな」

「……とんでもないこと、ですか?」

「ああ、そうだ。だっておまえ、神様がどうして俺たちに職業や神器を与えると思う?」

「……それは、この世界で必要な力だからですか?」

「ああそうだ! ってことはだ! 『勇者』の力が必要になるような事態が発生するんじゃないかってわけだよ! それも五人分もだ!」


 ……確かに。

 逆に考えればそういう可能性もあるということか。


「ま、俺の杞憂だといいんだけどな。ふぁ……眠くなってきたぁ」


 口元に手をあてながら、クライアさんが伸びをした。

 

「本日泊まる予定の部屋は201号室になります。案内しましょうか?」

「んー、そうだな。そろそろ、寝るとしようか」


 クライアさんが伸びをしてから立ち上がる。

 すかさず騎士二人がクライアさんを支えるようにやってきた。

 俺が201号室に案内する。


 部屋に入ってクライアさんをベッドまで運ぶと、すぐにクライアさんは目を閉じた。

 それを見た騎士が驚いたように彼を見ていた。


「く、クライア様が一瞬で眠っただと!?」

「……そんなに驚くことなんですか?」


 騎士が驚いた様子で声をあげ、それから口元を押さえた。

 二人が静かに部屋を出て、俺もその後に続いた。


「……クライア様は結構神経質な方でな。枕が変わると眠れないから、用意していたんだ」


 ……そうなんだな。ちょっと意外だな。

 

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