第5話
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彼女からまた連絡が入ったのは、一週間が経った頃だった。
「そろそろ一つぐらいは、見つけた?」
「まあ、一つぐらいは」
「じゃあ、会って話でもしよう」
夏が深まるにつれて、気温は高くなる。僕は汗を垂らしながら、彼女の下へ向かった。指定されたのは、喫茶店だった。入店のベルが鳴り、彼女がこっちこっちと手招きする。
「では、早速報告会をしよう」
「誰の真似? それ」
彼女がだて眼鏡をちゃきっ、とどこかの名探偵みたい動かすのが少し面白くて、笑みが溢れる。彼女もまた、僕が笑ったのを嬉しそうにニコと頬を緩ます。
「ちょっと、雰囲気が出ないじゃん」
「ごめんて」
「じゃあ、まず私から」
コホンとわざとらしく咳払いをして、彼女は一週間の調査の結果を語って聞かせた。
「まずは、ホームレス。フリーター、浪人生……」
と満足に幸せを送れないと、失敗した人たちの例を挙げる。
「でもさ、」
彼女は、気色の悪そうな顔をした。
「でも、それって違うじゃん。この世界の〈不適合者〉ではないよね。生きてるんだもん。ちゃんと」
〈不適合〉の答えは出なかったけど、真実は出たよ。彼女はそう言った。
「僕の答えも言って良い?」
「どうぞ」
そう言う割に彼女は興味がなさそうだった。もう既に答えは出ている。そう言う顔をしていた。
「せいけんお」
「ん?」
僕が言ったその一言に彼女は目を瞬かせる。
「生嫌悪。そう言う人たちがいるんだ。生きていることが嫌いなんだ。生き物に恐怖を感じる。かと言って、死ぬことに抵抗感があるんだ。そう言う人たちがいるから、君も仲間はずれじゃ無いよ」
その時、タイミング良く頼んでいたコーヒーとシフォンケーキ、彼女はショートケーキが来た。僕達は、無言でコーヒーを啜った。それは、傍から見れば長年連れ添った老夫婦のそれに見えただろう。カウンター席のじじばばの目がうるさい。
「澪、多分私はそうじゃないと思う」
ショートケーキに手を付けたとことで彼女はそう言った。
「生きることに恐怖は感じないし、死ぬのだって、死ぬときが来たならそれでいい。ただ、私は〈不適合〉なの」
言い終えると、彼女はコーヒー啜る。僕にはもう、彼女は〈不適合〉に取り憑かれているとしか思えなくなってしまった。
「結局ダメだ……」
ダメなんだよ。彼女がそう言う度にシフォンケーキの甘さが身に沁みる。
「もういっそのこと、ダメなことをしようよ」
僕は気休めの言葉を使った。彼女は分かりやすい様に反応する。
「それもいいかも」
「でしょ」
それから一夏を使って、「ダメなこと」をする生活が始まった。
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