第152話 邪神 富貴

【勇者イヤースより長老ピピン宛の書簡】

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邪神『富貴』については良く分からん。情報がないんだ。

調べようと思って潜入してみたが、あそこには人間はまったく住んでいない・・・村なんては、もうとっくの前に喰いつくされている。だからもぐり込める余地がないんだ。

で、近くに砦造って魔物軍とだらだら戦いながら様子を観てんだけど・・・恐ろしく大勢の魔物が居る。狩っても狩っても、次々と新手が現れるんだ。キリがねえぇ~。

中ボスは2体いて軍も2つに分かれているが、どうも連携はとれてないように思うな。仲も悪いようで時々、結構、仲たがいしてやがる。

あんまりにも大勢居過ぎてお互い仲も悪いから、あいつら魔物同士が共喰いしてんじゃねぇか。

が、それでも魔物の数は減らない。次々と生まれてくるのに違いない。

少々狩ったからと言って、ボヤボヤしているとすぐに元の木阿弥になっちまう。

まったく、数の暴力ってのは厄介なモンだ。策も謀もあったもんじゃない。

やるときは一気にボスまでヤッちまわないと。

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なるほど。結局のところ“数の暴力”ってのが一番ヤッカイなわけ・・・。



【長老ピピンより勇者イヤース宛の書簡】

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ご苦労様。

邪神『富貴』について・・・たいした情報でもないけど一応こちらで知っている事を君に伝えておくよ。


昔ね、ヌカイ河川岸にタルンという小さな町があったんだ、邪神が来る前の事だよ。

そこに邪神『富貴』が現れたんだ。

突然、河から巨大なスライムが現れて、そして川岸に在った小さな池の中に住み着いたのさ。住み着いたと云っても、池の大きさとほとんど変わらないという巨大スライムだからね、上からのぞくと水面のすぐ下に透明なのが見えていたらしい。それで池の傍に野犬なんかがやってくると、水面から体の一部を出してそのまま飲み込んでしまう・・・てな事だった。

最初は人間を襲うなんてことはなかった。だから誰も恐れてはいなかった・・・いや、むしろ頼りにされていたんだ。

タルンの町の人々は危険があると・・・当時は、僕たちネンジャ・プの教団側とタルンの町が対立していたからね・・・タルンの人達はその池の傍に逃げ込んでいたのさ。そのスライムは彼らの味方となって保護していたからね。

・・・つまり、ネンジャ・プ教団から守ってくれる町の守護神だったわけだ・・・。


でも、他の邪神たちが狂いだすと『富貴』もおんなじだ。今度は池の傍に居た村人から喰い始め・・・そのうちには、オークなんかが湧き出してきて、そのオークは村から人をさらってきて、池に放り込んで『富貴』の贄にし始めたのさ。それで、タルンの人たちは逃げ出して、あたり一帯は無人地帯となってしまった・・・ってことなんだよ。


『富貴』の武器は酸だ。シュッて飛ばすこともあるし、取り付いて溶かし込むこともある。

巨大なスライムだから、切りつけても、刺しても、被膜にちょっと傷が入るだけで、それもすぐに回復してしまう。

だけでなく、あれの近くによると靄がかかってきて、その中にいると脱力してしまうんだ。

へたりこんだところを、襲ってきて被さってあとは酸にドロドロに溶かされて吸収されちまうだけ・・・とにかく見た目がグロいヤラレ方なんで、みんな怖がっているよ。


さて、どうしたものだろう。

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タルンって、湊町みなとまちのタルクスの事かしら。あそこには小さな入り江はあったけど、池なんてあったかしら。



【勇者イヤースより長老ピピン宛の書簡】

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どうしたも、こうしたも・・・とにかくやるより他ないわナ。


とにかく俺たちは砦で頑張り続けるよ、ダラダラとネ。

『仁愛』とおんなじだ。邪神と魔物の軍勢をできるだけ離す、これが一番。

砦の方に魔物軍を集めておいて、やるときは邪神本体を狙う。

・・・で、本体をどうやるか・・・スライムだろ・・・酸が問題なんだナ・・・。

・・・

・・・

じゃあ、アルカリだぁ!・・・俺は化学が得意だったんだ。


こっちの世界で手に入るアルカリってなんだ?

相手はデカいからな、大量に手に入る強力なアルカリ。

それを邪神の居る池に放り込む。そして、滅多切りにする。

ってのはどうだい?

・・・そ~だな・・・川の傍に棲んでんなら船を使えばいい。

砦に魔物軍をできるだけ引き付けて・・・アルカリを積み込んだ船で川岸に突入・・・壷や樽に詰め込んだ大量のアルカリを邪神の池に放り込んでぶちまける・・・ってのどうだい。


それから、脱力させる『もや』なんだが。

ミクラタナ曰く、“それはドレナージしているのかもしれない。闇結界のマントで防げるはずだから、しっかりとマントを羽織っておくべきだ。”だってさ。

まっ、俺は大丈夫だけどナ。

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アホなイヤースに得意な科目なんてあった!?

まあ、酸性とアルカリ性があるって知っていたのだから、最低限の知識はあったのだろうけど。



【長老ピピンより勇者イヤース宛の書簡】

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そうするよ、君の言うとおりにネ。


まず、アルカリ。

これは生石灰を使おう。これから半年かけて石灰を大量に焼成するよ。石灰を入れる大壷もネ。


そして、船。

川岸に突っ込んでいって岸に乗り上げれるように・・・平底の浅い船・・・いや、いかだでいいか。底にそりをくっつけた細長いいかだ。それを川船の前にくっつけて川岸に突入する。いかだが岸に乗り上げたら、そのいかだの上を生石灰の入った壷を池のところまで押していってぶちまける。

逃げる時も河から逃げたらいい。

うん、その辺もうちょっと工夫できると思うよ。こちらの工房にはいい職人が居るからね。任せておくれ。


それから、ドレナージの『靄(もや)』って・・・人間の精気を吸い取るっていうのかい。さすが邪神だけあるな。でも、それを防ぐ闇マント・・・こいつもすごいな。それでも顔が心配だから、闇マスクでもつくるよ。

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う~ん、具体的に考えているのはやっぱりピピン。

で、次の書簡までには半年ほど期間が開いている。多分、戦いの用意をしてたんだろう。



【勇者イヤースより長老ピピン宛の書簡】

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この半年間、砦で頑張って来たが・・・よ~やっと、用意ができたってわけだ。

・・・待ち遠しかったぜ。


ところで、魔物軍はこの間ず~っと攻めてきたぞ、飽きもせず。

それで不思議な事に、連中は全く変わらない。何も変わらない。

相変わらず2軍に分かれて互いにいがみ合いながらダラダラと戦ってやがる。

戦法も変わらない・・・いや、もとから戦法なんてのはないな。

ただ、攻めてくる。そして壊滅したらそこで終わる。

しばらくして、魔物の補充が貯まると、また攻めてくる。

その繰り返しだ。


フン曰く、

「魔物ノ心 ニハ 友愛ノ情 ハ ナイ。 ダカラ 団結デキナイ。

魔物ノ心 ニハ 目先ノ飢エ ト 激情シカナイ。 ダカラ 成長デキナイ。」


敵ながら、なんだか哀しい話だわ。

飽き飽きするほど魔物とやり合ってきたが、おかげでやり方が大分とわかって来た。

うまく嵌めて、殲滅してやる。

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ここでチョット出ているんだけど、魔物と人間の違いって・・・。フンの見方というのは教会の見解とは大分と差があるけど、フンの言う方が具体的でより確かだと思う。



【勇者イヤースより長老ピピン宛の書簡】

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石灰船団の用意ができた、て聞いたから攻勢に出たわけだナ。


とは言っても、余りにも多くの魔物だ。まともにやったら負けないまでも、こちらの被害は甚大になる。だから、嵌めてやったのさ。

砦の曲輪くるわの中に一軍を誘い込んだのだ。そう、そのための曲輪を作っていたからな。

外からみてボロい一画を作っておいて・・・そこをワザと崩して誘い込んだというわけだ。もちろんアホの魔物どもだ、その崩れた一画に飛び込んでくる。

こちらの守兵は退去していて、その曲輪の周りの壁の上で待ち構えてる。

虎口に誘い込む、ってェ~わけだ。


最初は壁を守るだけにして、曲輪に魔物がいっぱいあふれかえるのを待ってたのさ。そして、中に魔物が溢れかえった時、まずは弓矢の嵐、それで静かになったら今度は煙攻めだ。

煙草(けむりぐさ)を放り込んで燻してやったから、曲輪の中は刺激性の煙が立ち込める。中の魔物どもは煙に巻かれて息もできない。それでうずくまるので、そこをまた弓矢で狙って昇天させてゆく、ってわけだ。

これで大方の魔物を殺したんだが、そこへもう一方の魔物軍もなだれ込んできた。

新たに入って来た連中は中の惨状を見て、さすがに怯んで外に逃れようとしてたよ。しかしその一方で、後ろからは新手が押しまくってくるわな。もう身動きの取れない大混乱となったぜ。

そこでだ、俺っちの軍勢は城から出て連中を取り囲んで・・・あとは皆殺しだ!


魔物の血と内臓の生臭い匂いが立ち込める中、俺たちは邪神の方に向けて進軍を開始したわけだ。


延々と進むと、向こうに邪神の潜む池が視えてきた。ただの池にしては、水面がいやに明るい。すぐ下に巨大スライムが居るんで、それが透き通っているんだ。

そこから注意深くゆっくりと進軍してゆくと・・・池の水が溢れかえって、巨大スライムが出てきやがった。

で・・・後ろにじりじりと後退して、スライムをできるだけこちらに引き付け、その一方で合図の狼煙のろしを上げたってわけだ。

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うんうん、陸から攻めたイヤースの側からしたらそうなのね。一方、河から攻めた船団の方は?



【長老ピピンより勇者イヤース宛の書簡】

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うん、君がよくやってくれたって事、船団長ウルサーから報告を受けているよ。

彼からの報告をここに写し書きしておくからね。


“約束の日の早朝、我々は停泊地より出航したしました。総勢で100隻を超える大船団の威容に、私も船乗りたちも気をたぎらせ興奮しての出陣でありました。

しばらくして、例の『邪神の潜む池』の近くまで進みその沖で錨を降ろして合図を待っておりましたが、この時が一番つらかったように思い出されます。血の煮えたぎるような思いを抑えながら、じっと待っておったのですから。

そして、一睡もできずに一夜を明けて昼前、勇者イヤース殿からの狼煙が上がったのです。

船首に大きないかだを取り付けた『特攻船』が岸に向けてガムシャラに漕ぎ出しました。そこの浅い船ではありますがいかだが岸に乗り上げるほどになりますと、さすがに底が付き前に進めません。そこで少しでも岸に乗りあげるように舷側から竿を突き刺して前へと押し出します。それでも進まなくなったら、いかだの上から次のいかだを前に継ぎ足して岸の上に橋を架けてゆく。そしてその筏橋の上を生石灰入りの大壷を押し出していったのです。そんなのが12隻、つまり12の筏橋ができました。

ちょうどその頃でした、巨大スライムの注意がこちらに向けられたのは。

それまでは陸地側の勇者軍の方に向かっていたスライムですが、今度はこちらに向けて攻撃してきたのです。

そこで、あらかじめ申し合わせていた通りに、大壷を割って生石灰を前にばらまき、後ろでは大きな置き盾を立てて、そこから生石灰入りの袋を投げつけ、船から大型のバリスタ(大型の石弓)を打ち込んで反撃いたしました。

最初はスライムはこちらの攻撃をものともせずにじわじわを寄せてきましたが、生石灰の撒いてあるところまで来ると・・・そこで止まってしまいました。

やはり、生石灰が苦手なのです。それを確かめた時、我々の意気は上がり思わず勝鬨を上げてしまう者もいたくらいでありました。

後はひたすら、スライムに生石灰をぶっかけ、そこをバリスタで矢を打ち込んで傷つけます。しばらくするとスライムは徐々に引き下がってゆくので、今度はそれを追って大量の生石灰をまき散らしながら大壷を次々と前に進めてゆき、ついには池の淵まで到達いたしました。あとはその池の中に生石灰をばらまいていくばかり。何しろ100隻の船に積み込んできたのですから、池を生石灰で埋める事になるはず。

池の水は生石灰が混じると、反応熱で湧きあがってゆきます。その熱湯でスライムの表面は爛れ、そこを生石灰が焼いてゆくのです。

こうなると、それまで透明に澄んでいたスライムの体ですが、流石に白く濁ってまいりました。

こうして一時間もたつと、この巨大スライムもようやく固まって動かなくなってしまいます。


調度その頃でした、勇者イヤース殿と合流できたのは。


「おう~、いい塩梅に茹で上がったな~、旨そうだぜぇ~、」

というのが、勇者イヤースの第一声でありました。


そして、スライムの核を探して周りを歩き回っておられましたが、どうやらそれを見つけたようです。長槍を持ってきてその核に向けて穂先を突き出し、見事にスライムの核を貫きました。

そのとたんに勇者はばったりと倒れて気絶してしまった次第です。”


と、まあこんな具合だったとのことだよ。

ご苦労様、あと一匹だ。

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