第86話 3魔術師、再び

昼餐を終えて王宮を出る。ランディ達が入る時は裏口であったが、出るときは堂々と正面玄関からである。そこには2台の馬車が待っていて、前のには侯爵と3魔術師、後にはランディとガルマン・エルフィン、と分乗する。

こうして3魔術師の魔道研究所に向けて馬車は走り出した。ランディ達は車中で楽しく過ごしている、王宮では予想以上に話が進んだのだから当然だ。でも、前の馬車の中ではとても気まずい時間が流れていた。モルツ侯爵と一緒になった3魔術師が、車内の小さな空間の中で凍り付いた。

その姿を見て、侯爵は話しかける。


「いいですか、私は陛下の隣で共にこの王国を背負っていると恥ずかしながらも自負しております。国家と言うものは怪物です。これを扱うにはよほどの思慮・分別をもって行わなければなりません。でないと、この怪物は暴れ出し人々に大きな被害をもたらすこととなるでしょう。私は好き好んで謀略を仕掛けているわけではない、思慮・分別を要求しているだけなのです。王国に関わる方々にね。

ディーノ・ブランケット、ノリス・ポートレイス、チャーリー・ビゲンコフ、御三方は飛び切りの才能をお持ちだ。そしてその発明は王国の発展にどれ程寄与している事か。その才能はおおきな利益を生み出す力だ。しかしそれだけに、その利益を求めて皆さんの周囲に様々な陰謀が渦巻いているのをご存知ですか?脅迫・詐欺・色仕掛け、ありとあらゆる罠が仕掛けられている。私はそれらからあなた方を守っているつもりでいます。

ええ、そうですとも。警戒して見張っているのではない、心配して見守っているのです。

これは、陛下の御意思であり、王国の方針なのです。

なのに、当の皆さん方から嫌われているとは・・・心外ですな。いや、嫌われるのが私の役目ではありますが・・・寂しい限りです。」


ものは言い様である。しかし、このように言われると説得されざる得ない。デブはもっともらしく、


「閣下のおっしゃる通り、小生どもはイエナー陛下ならびに閣下に感謝すべき事はよく承知しております。決して嫌っておるのではありなせん、しかしながら、いささか窮屈な思いをしておると言うのも事実であります。王国の目であり耳である閣下の眼前に迂闊な事をお見せできない・・・そのような思いにとらわれておるのであります。」


デブらしく、しぶとい返事を返す。


「なるほど・・・私に見張られている・・・そう思っておられるのですな。もう一度言います、警戒しているわけではない、と・・・そして実は、心配して見守るためにここに居るというわけでもないのですよ、今回は。

時間がないのです。ランディさんが騎士団でこう言われてました。あと1~2ケ月、雪の降り始める前に先の用意をして目鼻を付けておく、そうしないと・・・春になるとヴォルカニック皇国の大軍が王国に押し寄せてくるのです・・・これは最高機密です、そのおつもりで。

私がここに居るのは、皆さんの発明を一刻も早く現実にするためである。少々の失敗・無駄は厭いません。時間を稼ぎたい。そのための非常態勢を作りたい。

そう言う事です。」


ヴォルカニック皇国が攻めてくる・・・その情報を聞いて3魔術師達は、あまりにも突然の大事に唖然としてしまう。そしてデブが、


「その情報はランディも知っているのでありましょうか?」


「知っておられます。エリーセ嬢から聞いたのでしょう。ガルマン・エルフィン殿は知りません。しかし、ウェルシの捕虜からその背後にヴォルカニック皇国がいるという事は気付いておられます。いずれ知らせる必要がありますが、それはタイミングを見計らってこちらで致しますから皆さんは黙っておいてください。」


ノッポも疑問があるらしい、


「閣下、私達はこれまで騎士団を通じて魔道具の開発をしてきました。今回そうではなく、閣下が直接来られる理由は・・・如何なることでしょうか。」


「無能だからです。騎士団の連中が無能だから、あなた方に重要な情報を知らせもせずに今まで放っておいた。私はその事が気が気でなかった・・・ところに、あなた方がガルマン殿に協力しようと申し出ている場面に出くわしてしまった。だからもう、直接かかわる事に決めたのですよ。

騎士団がこれまで演習を繰り返し戦術を研究してきて、それなりに自信を持っていることはよく存じております。しかし自分達の戦い方、それ以上に想像力を働かそうとしない。それでいいのですか?戦(いくさ)とはそんなものなのですか?

ランディさんがその疑問に答えてくれました。やはり騎士団のやり方には盲点があったのですよ。だからそれを彼に埋めていただくことにしました。皆さんもランディさんに協力してあげてください。彼は転生者で、前世は将軍クラスの有能な軍人であったようです。無能な騎士団の連中よりも皆さんの発明の意義をよく理解して活用できると思いますよ。」


チビも言いたいことがあるらしい。


「しかし1~2ケ月と言うのは・・・なぁ~、ちょっとできるかな。いやっ、俺達はアイデアを出すだけだからいいよ、でもそれを形にするのは職人だし・・・その材料だって手に入るかどうか・・・ましてそれを量産できるかどうか・・・」


「ふ~、だから私がご一緒しているのです。存じませんか?私の配下のネットワークを。

武器屋・魔道具屋・・・職人も大勢居ますよ。バルディ大迷宮の買い付け商もそうです。

この非常時、これらを総動員するつもりです。その体制を御三方と相談しなければ。」


できるかどうかはともかくとして、3人にはもうこれ以上の異議はない。


やがて馬車は魔道研究所に到着する。研究所なる建物は味もそっけもない建築であったが、魔術師達は気にする様子もない、その実用的な造りに至極満足している。


一行を会議室に通して次にしたことは・・・

ノッポが壁に貼ってある魔法陣の描かれた羊皮紙に向かって、


「お~い、お~い、居ないのか~」


と呼び声をあげはじめた。2~3分も唾を飛ばしながら呼び続けると、ようやく"ナンダイ~"と小さな声が聞こえてきた。


「きょうは晩飯いらないから~」


"ナンダッテ~、モウ ツクッテンダ~。ツルンデナイデ、ハヤク カエッテキナ~。"


「大事なお客様なんだ~、会議で遅くなるんだ~」


"ダイジナ キャク~? ンナモン コネ~ヨ~ ハヤク ケェッテキナ~"


「侯爵閣下が来られているんだよ~」


"コーシャク カッカ~? ドコニ イルンダ~ ンナモン。 コーシャク タレテナイデ トットト カエッテキナ~"


「すぐ後ろにおられるんだよ~」


この様子を見ていた侯爵は、状況を察したらしく苦笑いしながら、


「しばらくぶりですな~、モルツですよ~」と、声をあげる。すると・・・


"エッ、

・・・

・・・

オヒサシブリデス・・・

・・・

・・・

ダンナサマ~ コンバンノ ゴユウショク ハ ソチラデイタシマショウ~

デイジー ト ティナ モ ヨンデヨウイイタシマスワ~"


そう言って、タタタとかけていく音が聞こえてくる。

会議室の中は微妙な沈黙が流れて、


「ホッホッホ、お仲が宜しいようで・・・」


と、侯爵が場の雰囲気を和まそうとするが、気まずい沈黙はそのままだ・・・。

いや、ランディはちがった。もうそんな雰囲気なんてどうでもいい、その魔法陣の価値はそれどころではないだろう。たまらなくなって、ついに沈黙を破ってしまう。


「なあノリス、その壁に貼ってある魔法陣、それはなんだい?」


「えっ、これかい。魔道通話だよ。王宮と国境の城とに設置してあるんだ。これはそれの小型版だよ。便利かなっと思って作ってみたが、見ての通りだ。」


「その魔法陣を作動させるのに、魔力とか魔法の能力とか、要るのかい?」


「ただの魔法陣だ、マナを流せれば簡単に使える。流すマナの量はごく少量だよ、"着火"よりもはるかに少ない。まあ、話す相手の距離と話す時間にもよるが・・・」


「どのくらいの距離まで使えるんだ。」


「マナの使用量によるが・・・14~5Kmぐらいが実用的な限界じゃないか・・・。

しかし、かさ張るし、使い勝手は見ての通り、相手が出てくるまで馬鹿みたいに呼び続けないといけない。」


「そのあたりは問題ないと思うぞ。かさ張るのならば皮鎧の背中にでも貼り付けておけばいい。呼び続けるというのは、問題があるが・・・魔法陣に聴診器みたいなものを付けれないか?そうして常時、互いに聞いていたら、呼ばなくてもいいぞ。声だって小さくていける。」


この世界には、聴診器に使うゴム管などはない。しかし、迷宮には大きなミミズが居て、そいつの中身をほじくり出し、抜けガラの皮を舐めし上げてミミズ革の管を作り、その中に螺旋状のコイルを通して伝音管とした聴診器がある。かなり高価だ。


「ケケッ、その辺はこちらに任しておきなヨ。しかし、そんなものをなにに使うんだい?」


「小隊~中隊レベルの連絡に使う。山の中の戦いでは、各部隊が距離を取りつつもお互いに連携をとりながら機動してゆきたい。だからすぐにつながる魔道通話は大きな意味を持つ。まあ、これで互いの位置も分かれば言う事がないのだが・・・。」


「可能だよ。エリーセが教えてくれた簡単な魔法陣がある。初等の空間魔法で"空間認識"とか言うらしい、距離と方向が把握できる。この魔法陣を流し込んでやればいい。そうすれば話している相手の位置を把握しながら通話できるようになるさ。」


ノッポが答えた。


「おっ・・・なんだその便利な魔法。そんな事が出来たら測量もいらないじゃないか。」


ここで侯爵が口を挟んで尋ねる。


「みなさん、その魔道通話とやら、騎士団では使えないのでしょうか?」


ランディは丁寧に答える。


「閣下、十分に利用価値があると思います。大規模な戦いでは大勢の伝令兵が走り回ります。かわりにこれを使うと瞬時に伝令・報告ができますから、その価値は大きい。私としては、その原型が既にあるのにこれまで使われていなかったというのは不思議なくらいです。また、大隊・師団レベルの司令部になると、これを沢山備え付けた馬車を配置すればいい。そうしたら戦闘指揮の仕方が一変すると思いますよ。」


「では、騎士団向けにも作って頂かないと・・・。」


「いや、まずこちらで使って完成度を上げたものに仕上げたいと思います。未完成なままですと騎士団としては使ったこともない道具ですから、その価値を認めてくれないのではないでしょうか。」


「・・・では、大急ぎでお願いしますよ。協力は惜しみませんから。」


「ケケッ、任しときな。」


とりあえず、一つの話がまとまった。これを具体的に煮詰めるために工房に場所を変えて、ああでもない、こうでもないと、相談が始まる。侯爵は用務員;これは侯爵の配下の隠密だ、を呼び出しメモを渡す。そして、


「さてと、皆さん。細工商の主を呼びました、ほどなくやって来るでしょう。アイデアをメモにして指示してやって下さい。そうですね・・・この工房、ここに職人を常駐させるのも手ですか。」


「魔道具を完成させるには、この工房は少し狭いのではないかと小生は考える次第であります。しかし、細工商の工房との連絡員として魔道具作成について経験あるものを置いていただけると、作業はおおいにはかどるでありましょう。」


この様にして、開発体制が具体的になってゆく。

一時間ほどもしたころ、玄関で守衛をしていた騎士がやってきた。


「デイジー様・ノエル様・ティナ様が来ましたよ。庭で今晩の晩餐の用意をするからちょっと手伝って欲しいとの事です。」


それを聞くとノッポは少ししかめっ面で出て行こうとする。ランディは声を掛ける。


「力仕事なら俺が手を貸そうか?」


「力仕事に俺が呼ばれることはないよ。ノエルの方が強いんだから。多分これだよ。」


そう言って一枚の魔法陣を傍から引き出す。


「多分、かまどを作れって事さ。」


「かまど?」


「ああ、いつものバーベキュー。」


「???」


デブが説明してくれる。


「毎週末、我々の3家合同でバーベキューをしているのであります。それが、少し野趣あふれておりまして・・・。」


「えっ」


「つまり・・・子牛・羊・豚、いろいろですが、要するに一頭の生贄・・・それを庭で屠殺いたしまして・・・」


「ええっ」


「ええ、料理は屠殺からだっ!というのがデイジー達の信念と申しますか・・・そして、その場で皮を剥いで丸焼きと言うのが、小生達の家庭の週末の御馳走と言う訳なのであります。」


「えええっ」


「それで、一頭丸焼きは火の通りがなかなか難しいものでありまして、そのために大きなかまくらのような・・・特別のかまどを作る必要があるのです。土で作るのですが、土だけだと崩れてしまう、そこで土魔法の土硬化でもってつくるというわけで、それで呼ばれたのでありましょう。」


「なっ、なんと!それは見学させてもうらうよ。」


ランディも野営するときはイノシシやシカを丸焼きにして食うことがよくある、あれは旨いものだ。でも家庭料理としてはどうなんだろう・・・御近所から苦情が出ないのであろうか、庭で屠殺なんかして・・・。

それはともかく、おいしい丸焼きを作るかまど、これは後学のために見ておく必要がある・・・いや、それよりも魔法陣とどう関係があるのか・・・そこに興味もあった。こうしてランディは後ろからついていくが、なんとガルマン、エルフィンも付いて来るし、その後ろからは侯爵までやって来た。みんな気持ちは同じなのだ。そしてデブとチビも渋々とついてきた。


研究所の庭と言うのは何の愛想もないただの空き地であった。まあ、ちょっとした野外実験をするのには、こういうスペースがあった方が都合よかろう。そこに丸太で小さな櫓が組まれている。きっと生皮を剥がれた生贄を吊るすのであろう。

3人のドレスを着た女性が肉体作業をしている・・・。櫓の周囲に板切れを立てかけ、その上から柴で葺いている。そして、


「おーいノリス、中に入んな!」


そう言ってノッポが呼ばれた。ノッポはその柴の中に潜り込むと、


「いくぜ~」


と言う掛け声と共に、外側からスコップで土をかぶせてゆく。すると不思議な事に、柴の山に土をかぶせるとそのまま硬化して壁となっていく。これを全周にやってゆき、とうとう小さな土のかまくらが出来上がった。ほんの5分間ほどのでき事である。


「もういいよ~」


との声があがると、中から砂だらけになったノッポが這い出てくる。


「凄い土魔法だな。一瞬にして土のかまくらが出来上がった。エリーセも即席で土の小屋を作っていたけど、あんたもそんな事ができるなんて。知らなかったよ。」


「いや、大したことじゃない。これだよ。」


そう言って魔法陣の描かれた羊皮紙を取り出して見せる。


「これは土硬化の魔法陣なんだ。これを裏からあてて、土が被ってきたら土硬化で固める。それだけのことさ。」


「おおお~~!

こりゃあ、とんでもないお宝じゃないかい~。」


感嘆して声をあげたのはガルマンで、そのまま呆然として立ち尽くしている。

エルフィンはその様子を見て、


「この土硬化の魔法陣を使えば大方の造作普請が捗るだろう、だからあんなに感心しているんだよ。」


「いえ、便利なようでありますが、小生にはそれほどとは思えません。土のかまどのような小さなものならばアレで十分ですが、家を建てるとなるとどうでしょう。マナ切れしてひっくり返ってしまうのが落ちでありましょう。普通に考えたら、あのかまどが2~3個が限界ではないでしょうか。いや、小生達のように魔術師ならともかく、一般人にはかまくら一つも無理でしょう。」


「いや、山の民ドワーフの魔力保持量は相当なものだよ。俺達エルフに遜色ない、いや勝っているかもしれない。ガタイがデカいからね。君たち普人族の常識とはまた違うんだ、20個ぐらいはできると思うよ。

ただ、彼らは若干不器用なたちでね、手先の事じゃないよ、なんと言うか頭と舌の回転の方がネ、魔法の呪文を唱えるのがうまくない。そこで魔法陣が大事なお宝というわけなんだよ。」


この話を聞いていて、今度はランディがソワソワとしてきた。


「オイオイ、戦場に堅牢な砦を速攻で築けるってことの意味、あんたらわかってんのかい。こりゃあ十分に戦略兵器だと言ってもいいと思うぞ。

ちなみに500人のドワーフ・エルフにこの魔法陣を使わせてみろ、あの土かまくらが一万個分と言うことになる。ちょっとした城がアッという間に建ってしまう。」


ガルマンとエルフィンはこっくりと頷く。その様子を見て、こんどはモルツ侯爵が口を開ける。


「なっなんと。キャンプには数千人からの避難民が居るはずです。彼らがその作業をするとなると・・・とんでもない力になる・・・」


すると、それを聞いてエルフィンが、


「侯爵閣下、森と山は我らのものであると、国王陛下からお約束いただいた事、すでにランディから聞いております。われらは王国の援助を受けるとともに、協力できることに労を惜しむつもりはない。しかし、我らは我らの大義に戦う所存、王国のしもべになるつもりはない。」


「いや、配慮の足りない発言でした、取り消しましょう。

しかしですな、エルフィン殿。

今回のウェルシの侵掠、背後にはヴォルカニック皇国があるとの情報を既に得ております。

王国にとっても他人ごとではないのです。私が申し上げたいのは、王国が山の民・森の民に援助を"恵んでいる"、というのではなく、お互いに頼り合える関係にならなければならない。

状況はかなりきな臭い・・・双方とも全力を挙げて共闘しなければならない。そうしないと皆さんにとっても、王国にとってもとんでもない未来が待ち受けている、そう言いたいのです。私といたしましては、対等の盟約でありたい、そう言う事です。」


「つまり、古からの盟約に基づいてと言う事でよろしいということでありますのじゃな。」


ガルマンがまとめてしまい、エルフィンは口を閉じる。


「仰る通り。」


「ケケッ、難しい話はもういいかい?話を戻すよ。

この土硬化の魔法陣、羊皮紙のママだと使いにくいだろっ、何か板に張りつけた方が良くないかい?」


「いっそのこと銅板に刻み込むというのは?」


「ケケッ、そりゃあダメだよ。これは大勢が使う事が前提なんだ、数が要るだろう。簡便で軽くて、そして安くしないと。まあ、そだな~、ゴミ箱の蓋に張り付けてみるか。」


そう言って向こうの方にあったゴミ箱の蓋の表にピンではり付けて、


「ガルマンの旦那、やってみなよ」


ガルマンはそのゴミ箱の蓋の取っ手をもち、しゃがんで土の山に押し当てて、"エイヤッ"と気合を入れる。そして、その蓋を持ち上げると、果たして土の山はそのまま固くなっている。自然の岩のように緻密なものとは言えないが、蹴っ飛ばしても崩れる様なものではない。


「う~む、なかなかのもんじゃぞ。こんなのなら、100回でもできそうじゃ。

もう少し大きくてもいいぞい。」


「ケケッ、そうかい、じゃあそんな感じなのをとりあえず2~30個も作ればいいんだな。それで具合がよければ、500個でも千個でもつくればいいさ。」


話し合いがまとまったところでかまどの方を見ると、既に火が焚かれて、てっぺんの穴からモクモクと黒い煙が吐き出されている。中の柴が燃え尽き、櫓の丸太が熾火の薪になってきたら、皮を剥いで塩をまぶした生贄の羊をぶった切って中に放り込むのだそうだ。スモーク付きのオーブンである。


「もう一つ、見せておきたいものがあるんだ。」


ノッポがいつの間にか戻っていた。モノは研究室にあるとかで、一同は、ノッポの後をぞろぞろとついて研究所の中に入ってゆく。


「これなんだ。木盤に魔法陣が書いてあるだろ、その中央には球形の穴が開いている。

まずこの水晶玉にマナを注入して、そしてこの穴にはめ込むと・・・」


ビー玉ぐらいの水晶版をはめ込むと、15㎝ほどの木盤が湿ってきて刺激臭が漂ってくる。そして何か液体が滴り始めた。


「エリーセに教えてもらった油生成の魔法陣だよ。」


「かなり高級な魔道具だな。魔力が相当いるんじゃないか?」


「その通り。だから水晶玉にはあらかじめマナを注入しておく。そして、使う時は、木盤にはめ込むというわけだネ。それで一斗缶ぐらいの油がでるよ」


「なるほど・・・水晶玉か・・・高価だな。しかし、これは火攻めに恐ろしく便利だ・・・一回の攻撃で十個は欲しいな。」


「ケケッ、心配するなって。エリーセがここに居た時、水晶玉をいっぱい作って残してあるんだ。土魔法の鍛錬だとか言っていっぱい作ってたからね。」


「森を焼くというのは忌々しいが、ウェルシの奴らをその中に焼いてしまうというのなら、その値打ちはある。春か夏のみずみずしい森ならば、山火事もそれほどは広がらないだろう。」


エルフィンが唇を歪めて呟く。


一通りの話が終わる頃、年取った用務員が「細工商の親方が来られましたよ」と、新たな客を案内してきた。ここから3魔術師達と"細工商の親方"が鳩首して打ち合わせを始める。そうすると、侯爵・ランディ・ガルマン・エルフィンはもう傍で彼らの話を聞いているだけだ。


しばらく様子を見ていると、夕陽のさす窓の外から肉の油の焼けるいい匂いがしてきた。やがてその夕陽も陰り、宵闇に包まれた頃、"野趣あふれるバーベキュー"が始まる。


肉塊は、焦げ付いた油の上から煙に燻されていて表面は真っ黒だ。その煤をぬぐい取ってナイフを入れるとピンク色の断面が現れ、そこから透明な肉汁が滴り落ちてきた。程よい厚みの肉片に切り分けて、赤ワインの酸味が効いたグレービーソースをサッとかけ、上から香草を揉みつぶして振りかける。


「出来ましたわ、召し上がれ。」


デブの奥さんのデイジーが、スープ・サラダと共にこの逸品を勧めてくれる。その"野趣あふれる料理のやり方"さえ見て居なければ、貴族家の晩餐にふさわしいテーブル以外の何物でもない。


「御3家が素晴らしい家庭をお築きの事、拝見させていただきました。仲人をなさった陛下にもよく報告しておきますよ。」


侯爵がそう言うと、恐妻たちはスカートのすそをちょっとつまんで、優雅な礼儀で返事する。でもそのスカートには羊の首をぶった斬った時に飛び散った血や作業中にかぶった煤がこびりついていて、3魔術師達は、「・・・、・・・。」と無言のままに憮然としている。


「まあ、貴族家と言うものは表向きは優雅ですが、裏に回ると皆さん手を汚していらっしゃる。そう言うものですよ。ホッホッホ。」


そう言うもんらしい・・・。


この晩餐が終わると侯爵は帰って行った。が、ランディ達の帰る所は山の中のキャンプであり、今夜は3魔術師それぞれの居宅に分宿することとなった。


ランディが泊まるのはチビの家で、15分ほどの帰途であり、チビの夫婦と3人並んで夜道を歩いている。


「ケケッ、お屋敷と言っても準男爵だからね、ちょっとした商家に毛が生えた程度だよ。あの研究所はもともと伯爵邸だったから大きかったけれども。まあ、ちゃんと自宅を構えるとなると分相応と言う事なのさ。」


準男爵というのは中堅官僚が大体それにあたる。中産階級であって、上流貴族ではない。3魔術師はその魔術の才能のおかげで上級貴族顔負けの経済力を持っていたから、伯爵邸を買い込んで魔道研究所としていたが、結婚してちゃんとした自邸を持つとなると"分相応"に納まっている、王室がそのように押し付けているのだ。


「ケケッ、まあ、この辺が気楽でいいのさ。伯爵にもなるとよほど気を付けていないと潰されちまう。」


「伯爵位?チッ、まず足元を見て生きることだ。」


チビの話を横で聞いていた彼の恐妻ティナがそう呟く。


到着したビゲンコフ(チビの家名)邸は、現代なら郊外に建っている大きめの一戸建てほどの大きさでしかない。庭は生贄の屠殺もできる程に十分な広さではあったが。

そこへ住み込みの家僕とメイドが一人ずつ居て夫婦に仕えているのだと・・・人件費が安いのでその程度は当たり前なのだ。

そのささやかな新婚家庭で一晩を過ごして、翌朝、ガルマン・エルフィンと一緒に帰ろうとすると、ノッポは土産に持っていけと、きのうの土硬化の魔法陣を数枚渡してくれた。


帰りの道中は、ランディもガルマン・エルフィンも、お疲れではあったが気持ちは高揚している。これから先の事が具体的に見えてきたのだから。







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