第35話 城郭都市バルディ Ⅲ

バルディ神社を出て、修道院に戻ってみると、魔術師3人組は、回収してきたゴーレムにかかりきりになっており、例の遺跡の探索は中断したままになっている。

他にすることもないので、暇そうにしていると女騎士のエミリーに誘われたので、別の遺跡調査に加わることにした。

場所はバルディ川を越えて、対岸の魔の森の中に入ったところ。魔物も出てくるとのこと。オークは普通にいるし、オーガも出てくるかもしれない。

人数は騎士が7人・魔術師が2人・修道士3人にガイドのムンク。

「メンバーは大勢いるので、足らないという事はないのだけれど、治療師だけは必要な時にはいくらいても足らないからね。だから歓迎するよ。」と。


翌朝早くにバルディ川を渡る。

と、言っても、浅瀬の河原を石伝いにわたっていくだけである。何度も往復しているのであろう、所どころに木の板も渡してある。

川を渡って向こう岸につくと、早速オーガが出てくるが、騎士たちは手慣れたものだ。

ふとももにまずボルトを撃ちこんで動きを鈍らせる、槍で肩を突いて腕も振り回しにくくしてから、立ち回りに持ち込み、スキを見て急所を貫き仕留めてしまう。

流石、ベテランの騎士たちである。修道院で修行をしようかという騎士に新米はいない。みんなそれなりのキャリアをつんだ腕の立つベテランばかりなのだ。


川を渡って、森の中の少し開けたところに石碑群が現れた。これらの拓本をとっていっているのだとの事。

騎士たちは周囲を警戒して見張りに着いて、修道士たちは拓本をとる作業に入る。

私は、かまどを作って火を焚き、鍋を沸かして昼ご飯の用意をする。と言っても持ってきた干し肉や野菜を煮込んで、修道院自家製のスープの素を混ぜるだけであるが。まだ時間が早いのでよく煮込んだ濃厚なスープができるはずだ。

時間が過ぎて昼食時になると、辺りにはスープの匂いが漂い、これにつられるように手の空いた者からポツリポツリと食事にやってくる。

串にさして遠火で焼いた丸パンとスープの入った木椀に干し肉を乗せて渡してやり、話をしながら相伴する。

のんびりとした雰囲気だ。

「ホラ、コイツごついだろう、オーガと相撲とったらしいぜ。」

「そんなわけないだろ、力比べしたのは確かだがな。」

「そんなことできるのですか?」

「金剛力ってあるだろう、メルラン神社のグリモアールを読んだのさ。アレを覚えたので、試してみたくなってさ。」

金剛力;筋力・耐久力を一時的に2倍に強化する魔法である。

このごつい騎士はグレアという名前らしい。なかなかのゴリムチのイケメンである。

ここのところ修道院の窮屈な生活にフラストレーションがたまっている。このイケメン騎士をからかってみたくなってきた。

「フフッ、じゃあ私とも相撲とってみます?」

「えっ?」

ジッと見つめてやると、ニヤッと笑う。横の騎士は、噴き出している。

修道院で修行中とはいえ、俗人であり、聖職者の生活に染まっていない彼らにとっては、院内の規則がうるさく、やはり窮屈なのだ。こうして外に出ると開放的な気分になるのも仕方ないのである・・・。

潔癖症の女騎士エミリーは露骨にいやそうな顔をしていた。しかし修道院の外に一旦出てしまうと、俗人の守るべき戒律は、ほとんどない。

ごつい騎士は私をお姫様抱っこして、近くの小さな茂みの裏に寝かせ、ズボンを下ろして、ナニの用意は始めたが、他のメンバーも気付いていても、ニヤニヤと笑っているだけで何も言わない。

その辺がっついていないのは、やはり貴族出身という生まれのせいだろう。


そして、騎士グレアが両手を地につけて、仰向きになった私の体の上にのしかかり、下半身がつながった時、

その時、頭の中に呪文が流れ始めた、


”御身香しく、春風に揺れる若葉のごとく香しく、

御身輝きて、若葉にいずる露の事く輝きて、

御身暖かく、若葉を照らす春の陽のごとく暖かく、

その命、春に山の鳥の飛びさえずるがごとく萌えいづらん、

その命、春の野に草々の伸びるがごとくに萌え上がらん。

雪にて凍てつきたる小川の、氷の解け出でて再び流れたる、春の陽気にぬくもりて。

霜にて固まるこの土の、苔の柔らかに再び萌え広がらぬ、春のにおいに誘われて。

凍りたる血潮は再びめぐりぬ、固まりたる肉は再び蘇りぬ。”


途端に、上に乗った騎士グレアは、口から泡を吹き白目をむいて、そして、私の体の上に気絶してしまった。

「ひ~~」、思わず悲鳴を上げる。


悲鳴に驚いて何人かやってきて、重なった私と騎士の周囲を取り巻く。

「何があった?膣痙攣か?」

「グッグッ、グリモアール???」

「何だって?」

頭の中に流れた、呪文を口に出して唱える。

「何言ってんだ?」

「とにかくこの人を!」

気絶している騎士グレアを横に転がすと、当然ながらフリ○ンであり、股間からは湯気が立っている。慌ててローブを腰に掛け、私も腰に巻く。

騎士の脈や呼吸は乱れていない、顔色も普通だ。

単に目を回しているだけとわかりホッとしていると、向こうから拓本をとっていた修道士が作業をやめてこっちにやってきた。

今唱えた呪文を聞いていて、

「それ、ホーリーヒールの呪文じゃないか?ほら、神社で祭りの時にやってるだろう。」

普人族の神社では“神降ろし”の代わりにこの“ホーリーヒール”が発現される。メルラン神社の“神降ろし”にはワンランク落ちると言われているが、普通の治療師の使えるヒール・ハイヒールとは隔絶した効果のある治癒魔法だ。

「じゃあ、ホーリーヒールのグリモアールがここにあると?」

「えっ!なんだって!それ、大発見じゃないか?拓本なんてとってる場合じゃないだろ!」

どうやら、私と騎士がまさしくナニが始めようとしたとき、地に着いた騎士の手がたまたまグリモアールのうえに当たっていて、二人が繋がると、グリモアールから呪文が、騎士グレアの手~股間を介して、私の頭に流れ込んできたようなのだ。

騎士グレアはグリモアールと私に挟まれて、強制的に呪文が頭の中に流れたために、頭の中がオーバーフローしてしまい気絶してしまった、という事らしい。

つまり、野外での開放的なナニがグリモアールの新発見につながってしまったというわけなのだが・・・、大騒ぎになってしまった。


周囲の腐葉土を除くと、果たして地面の上にグリモワールの碑石が現れた。横に並んで、もう一つある。

まさしく大発見だ!。

とにかく一旦、帰ることとなった。しばらくして、件の騎士グレアは目を覚ましたが、まだふらふらしている。

修道院に帰って、この出来事が報告されると院内はたちまちにして興奮に包まれた。

大急ぎで王都の中央教会に知らせを飛ばすこととなり、当面はグリモアールを監視下に置くということとなった。しかし、バルディ川の向う岸であり、魔物が心配なところである。見張りを置くために、ちょっとした砦のような頑丈な小屋を建てることにしたのもむべなるかなである。


ところで私と件の騎士グレアであるが、夕方に修道院長に呼ばれた。

お説教を受けるために校長室に呼ばれた中学生の様な気持ちで2人してむかう。

修道院長室に入ると、飾り気のない部屋のなかで、痩せて生真面目な院長が神妙な面持ちで語り始める。横には典座も居て、こちらを睨んでいる。


「今回のグリモアールの発見は、誠に神様のお導きであり、祝福であると言わねばなりません。この奇跡に直接立ち会うこととなったお二人の事も同様であり、そこで何があったかについて、とがめるつもりはございませんが・・・、いささか、頭の痛い問題であります。」

お説教ではなかった様だ。横では典座の修道士が笑いをこらえている。

「この奇跡は、当然教皇様にも報告せねばなりません。いえ、世界中に知らせる必要があります。この発見はすべての人々への祝福なのですから。そして、当然ながらその時の由縁も知らせなくてはならないのです。この奇跡の物語を末代にまで伝えなくてはならないからです。つまり、お二人がいかにしてこの奇跡に出会ったか、世界中の善男善女に、今後末代までも、この物語を話していかなければならないのです。

わかりますね・・・。」


当然、わかっている・・・とも。


「私の聞いた話を確認するために、いま、お二人に来ていただきました。この話の内容は今後世界中に知られるでありましょうから、慎重に、よ~く吟味しなければなりません。ですから、当事者であるお二人にしっかりと確認しておかねばならないのです。

騎士グレアはオーガと戦い、見事これを打ち取ったが、同時に傷つき、力なく地面に手を着き、横たわっていた。信女エリーセは、傷ついた騎士グレアに治療魔法をかけるために体に手を触れた、その時に奇跡は起きたのである。

騎士グレアの手はグリモアールの上にあり、信女エリーセの頭の中に騎士グレアを介してグリモアールから呪文が流れ込んできた。かようにしてこのグリモアールの存在が知らせてきたのである、と・・・。

・・・よ~ろ~し~い~で~す~ね!!」


院長を見ると、目が吊り上がり、恐ろしい迫力でこちらをにらみつけてきてる。

消えそうに小さな声で”ハイ”と答えると、騎士グレアも頭をブンブンと縦に振っていた。

「結構です。それでは、そのことをお忘れなく!いいですね!くれぐれもお忘れなく!」

典座は、こらえきれなくなったようで、”ヒッヒッヒ”と声を殺した不気味な笑いを漏らしている。

院長は壁にかけてある聖なるシンボルに向かって十字を切っている。嘘をついた罪の許しを乞うているに違いない・・・。


院長室からでて、騎士グレアに尋ねてみる。

「大丈夫ですか?」

「いやもう大丈夫。」

「それから、ホーリーヒールの魔法ですがどうです?」

「俺の頭では、許容範囲を超えた魔法だからな、気絶したのも仕方ないさ。ところが、不思議なことに頭の中に呪文が残ってるんだ。もしかして、この魔法覚えたのかな?でも、さっき使おうとしたが無理だったけどね。魔力の問題かな?」

そうに違いない。でも、彼はヒールが使える。魔力を上げると使えるようになるかもしれない。

「そうだといいね。どれ、修行を積んでみるか。」

これも運命のいたずらと言う事か、てっぺん禿げ白髪の爺神がしそうなことである。


一方、あのゴーレムはどうなったのであろうか?

修道院の倉庫からは知らないうちに消えてしまっていた。3魔術師のノッポに聞いてみると、

「ゴーレムなんだけどね、修道院からはえらく邪魔扱いにされたんで、仕方ないので、バルディ駐在騎士団団長のグンキル男爵に相談したんだよ。熱心な人でね。いや、退屈してたのかな。見に行きたいから、つれてってくれというんだ。それで例の遺跡に連れて行って、見せてやったんだよ。そしたら、あれを見てさ、すぐに”軍事機密だ!”だってさ。それで、ゴーレムのあの残骸は城の倉庫に引き取ってくれたんだ。その後、バルディ駐在騎士団の騎士たちと俺たちだけで、遺跡の残りのゴーレムを回収しにいってきたんだよ。」

「どうしたかって?いやつまらない話だよ。城には据え置きのバリスタ(大型の石弓)があるだろ、あれを何台かもっていってさ、安全地帯からバリスタでゴーレムの中の水晶を打ち抜いて、それで終わり。回収したものも全部、城の倉庫の中さ。まあ、調査・研究はそこでできるので、文句はないけどね。

ディーノ(デブ)は、遺跡の方の調査にかかりきりで、僕とチャーリー(チビ)がゴーレムを見てんだけどね。まあ、これは難物だね。ゴーレムの動力は君の言う力の魔法で動いているのは違いない。アダマントでできた関節部の機構がみそだね。だけど問題は制御だ。どんな機構で制御しているのかさっぱりわからない。とんでもなく複雑になるはずなんだけど、ゴーレムの中にはそうした仕掛けが全然ないんだ。ディーノはね、あのホールの壁一杯に書き込まれていた紋様が制御のための魔法陣じゃないかと言ってるんだけど、そうだとしたら到底、我々の手に負える代物じゃないよ。動力部分だけでも物にできたらネ~。」

後は軍事機密らしい・・・、と言ってもそれ以上の話がある様にも思えないが。


その日の夜、例のグリモアールの回収について会議になる。発見当事者である私は当然参加である。というより、修道院で動員できる者はすべて参加である。

かなり大きなグリモアールであり、まず掘り出す作業場の確保をどうするかが問題なのだ。川向こうであり、魔物、特にオーガの出現が十分に予想されるから。

やはり、小さな砦を築くより他無かろうと。

人手が必要なので駐在騎士団に協力を頼むとしても、冒険者には黙っておくべきだ。盗みにくるやつがいるかもしれないから。

という話であるが、ではどんな砦を築くのか?

具体的になるといい知恵が浮かばない。早急かつ頑丈な砦を、修道院のメンバーだけで築くことができるのか?

「とにかく、急ぐのであれば、グリモアールの上にまず見張り小屋を建ててしまうというのはどうです?小屋と言っても、土魔法で石壁を作ってしまえばかなり頑丈なのができるはずです。そこを拠点にして、グリモアールを見張ると共に砦を作ればいい。」

「そんなことできるのですか?」

「野宿をするとき小さなものを作っていたので、多分半日あれば小屋のサイズでできると思います。」

他にいい知恵も案も出てこなかったので、これで行くこととなった。


翌朝、修道院総出で、と言っても30人ほどであるが、現地に赴く。

件のグリモアールの前に出ると、修道院長は、まず地にぬかづいて感謝の祈りをささげ、みんなに祝辞を手短に述べる。

そして、作業開始である。

院長は「ここは夜になると寒かろう、自分の部屋に小さな薪ストーブがあるのであれを持ってきなさい」と。

まあ、おせっかいなことであるが、今は秋でありこれからの季節を考えると、確かに必要かもしれない。

典座が「倉庫に古い奴があるんじゃないか」と言って、10人ほどが薪ストーブやほかの荷物を取りに戻る。

居残り組はグリモアールの周囲の藪を刈ったり木を切ったり、作業を始める。急ぐので木を切った後の切り株はそのままだ。

これから建てる小屋の壁の位置がおおよそ決まったら、以前作った壺ハウスの要領で壁を作り上げていく。ここからは、魔力の有り溢れる私の独壇場だ。今度は壁の厚さが30㎝程もあり、作業量はかなり多い。オーガに突進されても地面からずれない様に、地中に埋まった部分から壁を作っていく。

20㎝程の高さで一周出来るころ、ちょうどいいところで薪ストーブが届いた。中に設置して、空気取り入れ口のパイプを外に出し、また壁を作っていく。

壺ハウスよりもはるかに作業量が多いので、疲れてしまって、途中2~3回休んだが、午前中には壁の高さが4mほどになった。ちょっとした塔で、これならオーガが来ても大丈夫だろう。

今度は、地面から3mほどの高さで、壁の内側に板をのせる出っ張りや梁を作っていく。そして、この上に板をのせ、天井かつ見張り台とする。

入口は・・・無い、下手に扉なんぞ付けたら、バカ力のオーガに簡単に打ち破られてしまうからだ。梯子で登って、上から入ることとなる。

中には、薪ストーブと余った板や廃材や薪が積んである。見張り台となっている屋上に雨除けの天幕を張り、これで出来上がり。

夕方には作業がすべて終わり、これからの見張りの当番を決めて、この日はおしまい。明日からは、この塔/小屋の周囲に砦を作っていかないといけない。

私は明日以降も仕事が多いはずで、見張り当番からは外されている。当分、修道院から通いである。


翌日、バルディ駐在騎士団団長のグンキル男爵もやってくる。出来上がった小屋の壁を叩きまくり、頑丈なのを実感すると、

「ほう~これは、なかなか。どのぐらいの時間で立てたんで?」

「壁を作るのにかけた時間は正味2時間くらいですかね。他に見張り台の床を作ったりで、全体ではほぼ一日かかりましたよ。」

「えっ!この壁を2時間で!いったい何人の魔術師でやったんだ。」

「彼女一人です。」

修道士は私を指さしながら説明している。騎士団長のグンキル男爵は絶句して私の側にやってきて、いきなり指さし、

「軍事機密だ!あんたは。」

と。

「!!!」

今度は私が絶句してしまう。

「しかし、なんというか無駄に高度な魔法をつかっているな。この塔は!」

褒めた次には、勝手な論評をひとくさりして、

今度は

「まあ、こっちに来なさい。」

そういって少し離れた場所に連れていき、

「このあたりかな。この地面を掘って空堀にし、その土で傍に堤を作る。」

と、いわれたので、言われるままに空堀を掘ってその土で横に堤を作る。

小屋の石壁とは違い、土のままでいいというので、力の魔法で空堀を掘り、掘った土を堤にする。マナの消費はずっと小さく手軽にできる。すぐに2mほどの高さの堤が出来上がった。

「そこまで!」

グンキル男爵が叫ぶ

「いや、あんたに堤を作れと言ったんじゃない。みんなでモッコ担いで作ったらいいな!といったんだ。しかし、あんた、働き者というか、凄い魔力だな。」

そして出来上がった堤を見て、

「ここからが、あんたの仕事だ。」

なんてこった!

「この堤の表面を土魔法で固めるんだ!」

表面を固く押し固め、角度を急にしていく。表面はレンガ以上の強度があるだろう。

「そう!それでいい。空堀と堤は俺たちが作る。あんたは表面を固めていく。いいね!」

と言うわけで、騎士団長グンキル男爵はいったん街に戻って、手の空いていた冒険者達を大勢連れてきた。手に手に、シャベルやモッコを担いで。そして、よいしょよいしょとと堤を作りだす。私はでき上がった堤の表面を順に固めていく。こうして次の日の夕方には、空堀と土壁で外周を固めた砦が出来上がったのである。

門や中の小屋は大工がやってきて作っている、1~2日もすればできるだろう、とのこと・・・。やはりプロはやることが早い。

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