第26話 森の中の幽霊

森の端の道を歩いていると、道の傍らには農地の用水路が流れている。きっと近くには村があるに違いない。魔眼を凝らして先を見通すと、はたして農地が広がっていた。その端っこには村がある。今晩はそこに泊めてもらえそうだ。


ふと気が付くと、頭上の木の枝に色鮮やかな鳥がとまっているよ。

へえ、オウムだ。

何か言葉をしゃべっているが、何だろうこの言葉。


“グィルト アルテ エルケサム アルシャイン”


普段聞いている言葉ではない。

もしかしたらこれは古代神聖語ではないかしら・・・グリモアールで言葉を覚えると音までわかってしまうのだ。


それにしても、古代神聖語を話すオウムとは!

オウムの頭の中はどうなっているんだ。


と、蜘蛛の糸がオウムに飛んでいく。

オウムの頭の中を覗くと、やはり鳥の頭は何にも考えてはいない。

ただ、その記憶を少し覗けた。青白い光に包まれた人物が写っている。


ウッ、幽霊!?


なんという事か、ここには野生の幽霊がいるのか。


オウムはそのまま森の中に飛んでいった。蜘蛛の糸は繋がったままで、オウムの向かった方向がわかるし、・・・なんと!オウムの視野を覗くことができる。


森の奥に入ったところに例の青白い光が。

どうやらこのオウムは幽霊と仲良しらしい。


どうしよう・・・


祓魔師フィオレンツィ師の敬虔な弟子としては、昇天させてあげなくてはなるまい・・・好奇心の方が強いが。


と、言うことで幽霊を探して森の中に入ることにする。オウムの飛んだ後の蜘蛛の糸が光っていて道しるべとなっている。これを辿って森の奥に進む。

蜘蛛の糸にはこんな使い方もあるんだ。


下草や藪を分け入って森の奥に進むと、木が茂る中にも少しだけ開けた場所に出た。

何軒かの廃屋が草にまみれて辛うじて建っている。

何十年か前までは小さな村があったのかもしれない。

向うにひときわ草むしたところがあり、そこを探すと小ぶりの鳥居も見られて朽ちかけた小さなやしろが建っている。

そこから幽霊が、ジッとこちらを見つめていた。

何を言いたそうなことがあるのではないだろうか・・・。


蜘蛛の糸を飛ばして幽霊につなげる。これで意思が繋がった。


「あなたは誰?」


「ほう・・・私が見え、私と話せるのか。何百年ぶりだろう、人と話すのは。

我が名はモルス。アドモ様の王国の市民であった者。」


「アドモの王国?古代魔法文明の王国の事?もう滅んでしまった。」


「そう、滅びし王国の市民であった者。大いなる魔法文明に栄え、そして突然滅んだ王国の・・・市民であった者。

ある日、突然王が居なくなり、王国は混乱と魔物の群れの中に滅んでいった。多くの市民が死に絶え、難を避けてわずかに生き残った者も、ヌカイ河を越えて家畜人の国に逃げて来るより他なかった。」


「家畜人の国?今、この国には家畜人なんていないわ。」


「かつて我が居た彼の王国は魔法文明の王国。マナの力でもって、穀物・肉・野菜・鉱物、全てを作り出していた。

この地のように畑を耕すこともなく、牛や羊を追うこともなかった。

コンロー山の頂の”正義の社”から送られる膨大なマナにより、街の地下に作られた”富貴の蔵”から、必要な全ての資源・食料が作り出される。

故にマナの扱いこそがすべての力の源泉、それができる者こそ市民に値する者。

できぬものは全くの役立たず、すなわち家畜人。文明の価値に値せぬ者、如何様に扱かわれようとも有無は言えぬ。それが彼の王国。

しかし王が突然いなくなり、同時に全ての社が狂いだす。

それまで、秩序正しく食料や資源を生み出していた”富貴の蔵”が制御できなくなり、生み出すものは無茶苦茶になってしまった。

それどころか、終には魔物が湧き出てきて、街や村を襲う。

王国はたちまち混乱に陥り、滅び去ってしまった。

大勢の市民が死んだ、そして辛うじて生き残った者もヌカイ河を越えてこの地に逃れてきたのだ。

その時、この地で暮らしていた家畜人たち、すなわちネンジャ・プの国の人々は、寛大にも我らを受け入れてくれた。こうして、我らはこの地に畑を耕し牛や羊を追って命を長らえさせたのだ。

私はその中で小さな村の村長として残りの寿命を過ごし、その中で人生の最後を終えた。

しかし、ここは家畜人の地。

我らがかつて迫害して使い捨てるように扱っていた家畜人の地である。我らの子孫はどうなるのであろうか、いかなる迫害を受けるのであろうか。

それを思うと、心安らかに輪廻することもできず、気が付くと亡霊としてここに立ち尽くしていたのだ。

おまえに聞きたい、我らの子孫はどうなったのか?

この村は既に廃村となり果てて誰もいない。迫害されてこの地を追われたのか?」

「もう何百年も前の事をきかれても、確かな事はしらないわ。

ただ、この森の向うには広い農地が広がっている。灌漑して新たに広い農地を開拓して、そちらに村を移したのではないかしら。」

「この周囲には広大な荒野が広がっていた。ただ、水を手に入れられず荒野のままであった。その荒野の灌漑に成功し、豊かな地に移っていったのであれば、これに過ぎることはない。」

「今はテルミス王国が建ち500年もたっている、ここには家畜人と蔑まれる者はもういないわ。人々は等しくこの王国の下で平和な繁栄を享受しているのよ。」

「そうか・・・ならば、もう思い残すこともない。善き知らせを伝えてくれたお前にせめてもの贈り物をしよう。」


亡霊は自分の足元を指さす。そこを掘れと。

少し掘ってみると朽ちかけた箱があり、中には真っ黒になった金属版が5枚入っている。


「彼の王国より逃れる時、必死になって持ちこんだグリモアールである。喜ばしきテルミス王国の人々に贈ろう。そうだ、この近くにメルランなる神の社があったはず、そこに届けてはくれまいか。」


手に持つとグリモアールの新魔法が頭の中に刻まれてゆく。


”マナよ肉をもたらせ、マナよ命の肉をもたらせ。”;肉の生成


”マナよ麦をもたらせ、命の源の麦をもたらせ。”;麦の生成


”命の水よ、マナと交わり湧き出でよ。”;薬の生成


”文字よ顕せ、形を顕せ、マナの力でここに顕せ。”;魔法のインク

そして、最後のグリモアールからは魔法陣の文法の知識が流れ込む。


全てのグリモアールを読んでのち、亡霊に向けて静かに聖天魔法をかけてゆく。周囲を柔らかな光がつつみ、亡霊はその光の中に穏やかに消えていった。


森を出て元の道を進み、先の村に到着。

今夜はここに宿泊させてもらおう。

豊かな農家に泊めてもらい、その晩ご飯の時に森の中の出来事を話す。

やはりあの廃村は、ここに移ってきたのだそうだ。ちょうど現当主のおじいさんのころ。

最後に幽霊を昇天させた話をすると、


「そう、やはりあの神社に初代様がおられたのですか。そう言われてはいたのですが。苦労なさったんでしょうなあ。今度村の寄り合いで、森の中の神社をこちらに移設するよう言ってみます。」


次の日、宿泊のお礼に幾許かの銀貨を3枚出したのであるが、受け取ってはもらえなかった。逆に餞別にといって、小さな革袋に銀貨を詰めていただいたのである。巡礼の旅を進めるにつれ、小金の増える私であった。

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