第16話 教会篇;グリモワール

昼食を終えて、図書館の資料室に連れて行ってもらった。

そこには、大きな石版や銅板の欠片が10個ほど大きな棚に並べられている。これがグリモワールらしい。


「グリモワールが完全な形で見つかる事は珍しい事なんですよ。ですから、完全形で見つかった物は宝物庫に大事に保管されています。

ここにあるのはいわば破片を集めたものですが、破片といってもそれぞれが機能するので、部分というか部品といった方がいいかもしれませんね。

部分と聞いてちょっと残念な気持ちになりました?でも、こっちの方がいいことだってあるのですよ。

だってそうでしょう、全部いっぺんに読んでしまうよりも、少しづつ読むほうが楽でしょう?こっちの方が敷居が低いのですよ。

少しづつ読んで、同時に少しづつ古代神聖語の読解力を付けていく。

どう!学習にはこちらの方がいいでしょ?

じゃあ、順番に読んでみて。

左から順番に手をかざしていってみてごらんなさい。」


言われたとおりに、並んでおかれた石板・銅板の破片に掌をかざしていく。

いずれも古いもので、下手に触れようものならば破損するかもしれない。手で直接触れない様に、かつできるだけ近づけて、注意深く・・・。

”御身香しく、春風に揺れる若葉のごとく香しく、・・・・・。”

突然頭の中にこんな文言が響き渡り、もう二度と忘れることのないように強く記憶の中にに刻み込まれる。

次の破片、

”・・・御身輝きて、若葉にいずる露の事く輝きて、・・・”

内容は重なるが多々あるのだが一旦頭の中に入ると、うまい具合に並んで一つの呪文が形成していく。


「部分とは言っても、全体の中のどの部分ということがちゃんと認識できていて、うまい具合に繋がるでしょ?

ですから、一つ一つは意味のないように思えても、全部読むとちゃんと一つの呪文になっちゃうんです。

どう、凄いでしょ!

さあ、読める物はどんどん読んでいっちゃって。」


”御身香しく、春風に揺れる若葉のごとく香しく、

御身輝きて、若葉にいずる露の事く輝きて、

御身暖かく、若葉を照らす春の陽のごとく暖かく、”

全部読み終えると、このような長い呪文になる。

よくもまあ、覚えることができるな、と思うほどに長い呪文なんだけれども、不思議と頭の中に刻み込まれている。

そして、石板やら銅板に刻み込まれた古代神聖語の文字も少しばかり読めるようになっているのだ。

それだけではない、身体を巡るマナの制御して、新たな魔法を発現することも身についてしまっている。


「はい、みんな読んじゃったのですね。じゃあ、次!」


次の棚に並べてあるグリモワールの破片を順々に読んでゆく。

”御身香しく、春風に揺れる若葉のごとく香しく、

御身輝きて、若葉にいずる露の事く輝きて、

御身暖かく、若葉を照らす春の陽のごとく暖かく、

その命、春に山の鳥の飛びさえずるがごとく萌えいづらん、

その命、春の野に草々の伸びるがごとくに萌え上がらん。”


「どう?読めました?

バラバラですけど、順序良くつながりました?

この文章のグリモワールはあちらこちらで見つかってます。そう、たくさん見つかってるんです。

そしてこの文章は古誓書の中にある詩編の一つでもあるのですが、わかります?

古誓書そのものは神社に残ってる古文書を翻訳したものなのですが、こうしてその文章の一部がまたグリモワールとして、たくさん出てきているのです。

文章は一緒なんですが・・・、このグリモワールの全体を写したものが、これねっ。」


シスターが羊皮紙に書き込まれた”それ”を見せてくれたが、通常の文書の様に言葉が順序よく並んでいない。言葉が絵のように配置されていて、まるで、装飾紋のようだ。


「これ、魔法陣ですよね?」


「いえ、違います。

というより、魔法陣がグリモワールを真似してみたものじゃないでしょうか。

字の並び方は、なんか文法としてあるんでしょうけど、その辺はよくわかってないんです。

でも、魔法の発現はこれにかかわっているようだけど、魔法陣からは知識の伝達はないし・・・。

ちなみに、先のグリモワールはヒールです、そして、2つ目のグリモワールは、呪文を追加してハイヒールになります。

これで今、あなたは大事な治癒魔法2つを習得したのですよ。

どう、すごいでしょ。

普通はね、この2つを読むのに半年とか一年とかかかるんですよ。魔力を上げながら、修行しながらね。

でもあなたはいっぺんに読んじゃった、正直言って、びっくりしちゃってます。

あなたの魔法の才能、凄いと思いますよ、やっぱりあなた。

まあなんでしょうね、誓書の詩編の詩と一致しているのは、大昔の魔法の呪文がグリモワールにたくさん記録されていて、それが同時に古誓書にも伝わってきたんでしょうね。

それはそうと、こうして不完全なグリモワールの破片を集め、揃える。これは大変な仕事なんです。

因みにこのヒールとハイヒールのグリモワールをそろえたのは私です。よそに同じものがあるんで、この魔法を最初に発見したわけではないんですがね。

そう、新しい魔法を最初に発見したら大ごとですからね、名前が残りますよ~。

まあ、魔法だけじゃない、古代のいろいろな知識の宝庫ですよ、これは。

ねえ、あなた、一緒にどうです?

やりがいあるお仕事でしょ。

あなた、才能がありそうだし、運もよさそうな顔してるし、大発見なんてのもあるかもですよ。

いや、ずっとでなくていいんですよ、教会にいる間、勉強を兼ねて、どうです、もう決まりでしょう、ネッ。」


断る理由もないし・・・、こうして当面フェルミ女史の研究室に通うことになった次第である。

 

毎週火曜日と水曜日がフェルミ女史の下で、図書館の整理を手伝いながら、古代神聖文字の学習も進めている。

ヒール、ハイヒールのグリモワールを読んだので、その基礎は身に着いているようだ。

魔術師達の所に居た時から、魔法陣の勉強として古代魔道語を勉強していたが、これは古代神聖文字の事だ。魔術師は古代魔道語と呼んでいるのである。いや、その時の勉強があったから、グリモワールが読めたのかもしれない。

いずれにせよ、フェルミ女史から勧められた”やさしい古代神聖文字”と言う書物は数日で読了できた。


「まあ、なんというか優秀ですよ。これで基礎編はおしまい。じゃあ次に行きますよ、次はもっと上級の治癒魔法と聖魔法に挑戦です。」


そう言って、グリモワール保管室にまた連れてきて、


「じゃあいいですか、今度はこのグリモワールを読んでください。多分、大丈夫だと思います。ひっくり返ったりはしないと思いますから。」


読解力以上のグリモワールに触れても、それは沈黙を守るただの石でしかない。

では、読解の実力が伯仲しているとどうなるのか。上手く読める時もあり、部分的にしか読めない時もある。ときには、頭の中がオーバーフローしてしまい、白目をむいて気を失ってひっくり返ってしまうこともあるらしい。理解力以上の情報が強制的に頭の中に流れ込んでくるためだろうと言われている。

ちょっとばかしの脅しを受けて、掌をグリモワールに恐々と近づける。

「荒れたる奔流よ、穏やかなれ

途切れたる流れよ、盛んなれ

燃えたる炎よ、涼やかに消えよ

冷たき氷よ、暖かくとけよ」

呪文が頭の中に流れる。

読めた。ホッとして、フェルミ女史の顔を見るとニコニコと笑顔をこちらに向けている。

「は~い、読めました。

この魔法はキュアーといって、体のホメオスタシスを回復させる魔法です。病気で苦しんでいる人に掛けるとその苦しみが癒されるのです。でも、病気そのものが治ったわけでないので、気を付けないといけません。

後、浄化と言う魔法があって、これは、聖魔法なのか治癒魔法なのか、ちょっと分類が難しい魔法であるのですが・・・。これも読んでみます?

とは言っても、図書館には置いていないので、テルミス神社に行かないといけませんが・・・。

うん、今日は私の都合もいいので、さっそく行きましょう。”善は急げ!”です。」


そう言って、午前中から街頭に飛び出して、テルミス神社に向かう。

フェルミ女史は背が低いのに歩くスピードが速い。顔を前に突き出し、目いっぱいの大股でシャカシャカと速足で進む。歩いているときは無口であり、ただ目的地に向かって、わき目も降らず全力で歩む。繁華街の人混みの中に入っても、小柄な体で、その隙間をすり抜けていくように歩むのである。

半時間もそうして行くとテルミス神社の神門が見えてきた。王国の名前はこの神社から来ている。その名前の示す通り、その由緒はテルミス王国建国の歴史と深く絡んでいて、それ故に王室の援助も大きく、境内は王都の繁華な街中にも関わらず広大であり、その社は壮麗だ。

神門を入ると神殿広場が広がっている。大勢の参拝者や暇人がブラブラとたむろしており、広場の隅っこには屋台や出店までが出ていて、何かおいしそうなものを売っている。


「とりあえず、拝殿でお参りしましょ。」


教会も神社も崇めている神は同じなのだ。てっぺん禿げ白髪の爺神だ。だから教会の聖職者にとっても神社は参拝すべき場である事は変わりない。

参道を進み、立派な石造の拝殿に入る。

広い拝殿から奥を覗いても神像などは置いていない、あの禿の爺神の像があっても信仰心が高まるなどと言うこともないだろうけど。


「太古の神社には精霊の偶像信仰なんかがあったらしいけれども、今はもうそんなこともないですね~。信仰の有り様について教会が煩(うるさ)いためかもしれないけど。」


誓書の中にも、ネンジャ・プが当時ミュルツにあった神社の堕落を怒り、これを叩き壊したという事件が記載してある。


そして、拝殿で祈りをささげた瞬間、体の中で何かが蠢動した。下腹がジワッと熱くなり、頭の中に”探求心こそ礎なり”と声が聞こえる。

幻聴が聞こえて何か病気かと思ったが、じきに収まってしまって痛くもないので、そのまま忘れたが・・・。


ここでお参りを済ました後、宝物殿にはいっていくと、件(くだん)のグリモワールが恭しく鎮座している。

前に出るとフェルミ女史は祈りをささげている。偶像崇拝はしてはいけないが、グリモワールには祈ってもいいらしい・・・。

その辺のところの理屈はよくわからないのだが、私もこれに倣ってお祈りをする。

こうしてようやくグリモワールを読むことになる。


「さあ、これが浄化魔法のグリモワールです。あなたが、このグリモワールを読めるように神様にお願いしておきましたが・・・、その辺のところは神様は冷たいですから、実力主義の方ですから、ダメでも恨んではいけませんよ。

一回で読める事なんてめったにないんです。だからダメでも修行を積んで、ネッ、何度でも挑戦すればいいだけの事ですから。」


なんだか、ダメだろうと決めつけているようだ。少しムカッとする。

”ならばご照覧あれ!、我が魔道の天稟を!”と、心の中で叫び、渾身の気合を込めて、右手の掌をグリモワールの前に差しだす。


”清らかなれ清らかなれ、御身を

清らかなれ清らかなれ、心魂を

清らかなれ清らかなれ、御霊を

清らかなれ清らかなれ、この世界よ”


頭の中に流れた呪文を小声で口ずさむと、


「ヘッ!、なんと、読めたのですか!

読んじゃった、浄化のグリモワールを。

わっ私なんて、1年間通ったのですよ・・・、炎天下の日も雪の日も・・・、通い詰めたのですよ・・・。

そっそれを一回で読んじゃった・・・。

フッ不公平じゃないですか・・・、神様はどうしてこんな不公平なんです・・・。

いや、こんな事を思っちゃダメ、ダメ、ダメ・・・、ダメなの。

ハァ~、まあ、いいでしょう、なるほど浄化は読めたわけですね。

でも、まだ残っていますよ、聖天がネッ。

これこそ、至高にして究極の聖魔法!

ショーテーン!」


そう言って、鋭く指さす先、とはいっても右隣なんだけれども、もう一つのグリモワールが鎮座している。同じく右手を遣ると


”解き放たれるがいい、今生のくびきから

解き放たれるがいい、肉塊の檻から

解き放たれるがいい、煩悩の疼きから

天空の、自由な天空の、清らかな天空の、

神の御元に”


何やらお経のような呪文であるが、頭の中に流れた通りに口ずさむと、

フェルミ女史は、奇跡・・・いや・・・怪奇現象を見るがごとくの驚愕の表情を隠そうともしないで、ただただ、私を見つめていて、しばらくすると表情筋も疲れてきたのであろう、ぐったりと無表情になって、”ハァ~”とため息をつき、


「もう、いいです。不公平は世界の常なんです。それを神様は知らしめるためにこういう事をなさるんです。3年間かかる者もおれば、一回でケロッと読んでしまう者もいるという事なんです。

でも、いいですか、よく聞いておいてください。

この聖天と言う魔法は聖職者でも使えない方が大勢おられるのです。

たとえ使えても、10年・20年かけてようやく身に着けた、と言う方がほとんどです。

ですから、他の人に話すときは気を付けてくださいね。

聖職者と言えど人の子ですから、妬みの心が湧きたつことは防げませんから・・・。」


「ハッハイ、よくわかりました。気を付けます。でも、この魔法、どういう魔法か、よくわからないのですが・・・。」


「う~ん、聖天魔法、これを覚えると祓魔師の資格が得られます。そして必ず司祭になれます。まあ、そう言う魔法です。魂に働きかける魔法、そう言う魔法なんです。

浄化に関して言うと病気になった方から病魔の汚れを祓ってくれる、キュアーとは違った方法で病気を治してくれる、と言いますか。とにかく、人の体や魂にとって害悪となる要素を祓ってくれるという結構な魔法です。

また、遺体の様に魂の抜け殻、放っておくと腐ってゾンビになってしまう遺体を焼滅させたりもしますが、この場合はかなり浄化魔法のレベルを上げて強化してやる必要がありますね。

まあ、詳しい説明は私がするよりもフィオレンツィ兄弟にお聞きになるといいです。あの方は、この魔法のスペシャリストと言いますか、神学の大樹でもありますからね。」


どうやら、聖天魔法と浄化魔法は、教会の信仰の根幹に触れるものらしい。あまり問い詰めたり、自説を主張したりなんてしない方がいいだろう。帰ってから、フィオレンツィ師に聞くことにしよう。


「まぁ~、驚きすぎて疲れておなかが減ってきましたよ。あちらの屋台で、ちょっと何かおいしいものをいただきましょう。」


今度はつかつかと広場の方に戻り、隅に並んでいる屋台に近づいていく。


「ここの、クレープがおすすめです、これは逸品ですよ。」


そう言って、私の分と2つ頼んでくれる。

お代を払うのに萎びた財布を取りだすと、屋台のオヤジさんがお代はいらないと手のひらを振っている。

褒められて、喜捨する気になったらしい。

フェルミ女史は、突然の喜捨に感謝の満面の笑顔を振りまいている。

喜捨を受けるのは聖職者の特権?いや務めなのだ。

ひき肉や野菜やら、甘辛のソースがよく効いて、なかなかイケる。挟んでいる具材からはクレープと言うよりもタコスかもしれない。甘くないのでおやつと言うよりも軽食である。


もぐもぐ・むしゃむしゃと食べて、指先に着いたソースも舐めてしまうと、グリモワールで昂った気持ちも落ち着いてきて、修道院への帰途につくことになる。

そして、神社の神門を出た時、

「しまった!」

フェルミ女史が小声で叫ぶ。

「どうしました?忘れものですか?」

「あなた!修道院のお昼ご飯の時間じゃないですか。急いで帰らないと!。クレープをいただいている場合じゃなかった。」

「昼食の時間に遅れると規則違反になるのでしょうか?」

「いいえ、そう言う事でなく、時間が遅くなるとおかずの料理がなくなっちゃうじゃないですか。干し肉になっちゃいます。」

思わず吹き出してしまい、

「神様は公平なんですね。神社でクレープを食べると、昼食の料理は無くなってしまうなんて。」

「ええ・・・、全くです・・・。」

こうしてこの日のお昼ご飯は干し肉とパンになったのである。クレープはおいしかったけれども・・・。


食堂で干し肉を齧りながら、フェルミ女史は例の2倍回転で話し続ける。

「浄化・聖天、いきなり2つも覚えてしまいましたけれども、本当の事を言うと、解呪・鎮静・解毒などなど、前段階にあたる魔法が色々あってですね・・・、普通は浄化・聖天魔法のグリモワールの沈黙に打ちひしがれながら、それを目標にたくさん覚えて行ってですね・・・、終に、努力の末にこの2つに至る。

こう言うストーリーになっていたのですが・・・、ものの見事に裏切られてしまいました。

もうあなたは、卒業です!

そう、まほ~の べんきょ~は そつぎょ~ です。」



午後にフィオレンツィ師を訪ねて行くと、師は修道院の中庭に居て、他の修道士たちと歓談、・・・ではなく、神学論争をしている。


「人とは何か・・・、・・・信仰によって人たり得るわけで・・・、であるから・・・人は自ら人たらんとして初めて人であり得るわけであり・・・、」


何やら、絵にかいたような神学論争を誰かとしている。もっともこの中庭での討論は、公式のものではなくて自由な仮説を試すものである、という了解・前提があるとかで、かなり自由な議論を展開することが許されている。

フィオレンツィ師もその相手も顔を真っ赤にして、唾を飛ばして大声を張り上げ、赫々と論争していて、その周囲には大勢の修道士が取り巻き、この論争の行方にジッと耳を傾けている。

相当にヒートアップしているので喉(のど)も乾いているだろうと思ったので、木のカップに水を汲んで、お盆に乗せて両者に差し出すと、こちらを振り向きもせずにゴクゴクと飲み干してしまい、また討論を始める。

半時間ほどもすると議論が煮詰まってしまったようで、もうこれ以上論じようともしなくなった。両者ともウンウンと顔を真っ赤にして俯いて、考え込んでしまった。

「どうやら、時間を置いた方がよさそうだな、ゲルべ兄弟。来週まで休戦だ。」

「良かろう、にげるなよ、フィオレンツィ兄弟。」

こう言ってにらみ合っている。

周囲を取り巻いていたギャラリーも三々五々と散っていった頃、二人は離れ離れに分かれた。


フィオレンツィ師は食堂の方に向かっている。食堂に着くと、カウンターでパンとスープと干し肉を取っている。どうやら、昼食をまだとっていなかったようだ。

私自身は既に済ましているので、粗茶を入れたカップだけをもって、フィオレンツィ師の真向いに席を陣取る。

「熱心な議論でしたね」

「そう、あのゲルべ兄弟と互いに切磋琢磨しておるわけです。」

興奮はもう冷めてきているようだ。

「で、どのような御用事です?」

「ええ、報告しようと思いまして。後、質問と。」

「ほう~、ではどうぞ。」

「今日フェルミ師にテルミス神社に連れて行ってもらいまして、浄化と聖天のグリモワールを読んできました。それで、2つの魔法を覚えたのですが、どういう魔法か教えていただけるでしょうか。」

フィオレンツィ師は話を聞いて、ほんの一瞬固まった様に俯いていたが、いきなり口の中のものをお盆の上に噴き出し、

「プー、なんだって。浄化と聖天をもう覚えた!

アッハッハッハ、あのゲルべ兄弟は20年かかっているはずです。

来週言ってやりましょう、学生のエリーセは一日で覚えたぞって。

アッハッハッハ~。」

まだ討論の時の固執は残っていたようだ・・・。フェルミ女史の3年と言うのは、かなり早い習得だったんだ。

「本当に素晴らしい、これで、聖職者の技能として望まれる魔法は全て身に着けたことになります。

どうです、このまま神学校に入る気はありませんか?

ふつうは神学校を卒業してから魔法の修行に入るので、逆ですが・・・。でも神学校を卒業してもこれらの魔法を完全に習得できるものは2人に一人もいません。しかも、覚えたころは、50歳前後と言うのが当たり前。

ですから、あなたは教会での将来を約束されているようなものですよ。」

「いえ、まだ・・・、決心しかねています。それに、出世したいのかと言うと、そうでもないし・・・。」

「ふ~~、残念です。しかし、こういうことは無理に勧めることではありませんから。気長にお待ちしましょう。

で、そうでした。浄化・聖天魔法の何たるかを知りたいと言う事でしたね。

浄化というのは、呪文でいっているように、清めることです。では清めるとはどういうことか、人にとって有害なものを取り除くという事になります。つまり、病人から疾病の毒素を取り除く、汚染された水から毒素を取り除く、と言う事は簡単に理解できますね。

しかし、ここで問題になるのは、”人”。人とは何かという事です。人とは単に肉体の事か?いや、その肉体だけでもって人と定義してよいのか?先程のゲルべ兄弟との議論になってしまいそうですが。人とは肉体だけで構成されているのではない、心、いや魂が伴って初めて人であるのです。

つまり浄化と言う魔法は、心・魂にも働きかける魔法なんですよ。ですから、この魔法は肉体だけでなく精神の状態異常の回復にも効果があります。

それだけではない、人と人でない物の境界、それをこの浄化と言う魔法は仕切っている。

わかりますか?

正常な人の肉体・魂に矛盾する存在であるアンデッドの破壊にも効果的なのです。そして、人の魂の抜け殻、つまり遺体の焼滅もできます。死により、人であった肉体はもう人でなくなった、つまりアンデッドの領域に入ったわけです、だから遺体の焼滅もできるというわけです。

まあ、これが現状の神学的な解釈ですね。

次は聖天魔法について説明しましょう。聖天と言うのは、魂に働きかける魔法です。では魂とはどういうものか、生ける間は心として感じられ、死せる後は神の御元に戻りいずれ復活する、つまり輪廻をたどる。

ところが、生ける人の心は邪念に囚われてしまうこともあり、同じ様に死したのちにもその邪念に囚われ、怨念として現世に残ってしまう、つまりアンデッドの魂ですね。浄化はアンデッドの肉体を破壊できるが、魂にまでは強く働かないのです。この魂に直接働きかけ、邪念を解きほぐして魂を開放してやり、神の摂理である輪廻に戻してやる。これが聖天魔法の働きです。

そう、邪念を浄化してやる、と言うわけです。ですから、生きている人にも有効です。変な邪念に囚われている人、特に呪いや洗脳を受けて、心が操作されている方に対しては特に有効な魔法であります。まあ、このあたりは高レベルになりますが。また同じ理由で”呪い”と言う邪執を解きほぐす、つまり解呪にもなるわけです。」

「じゃあ、怒り狂っている人にも有効ですか?」

「もちろん、冷静になります。

でもですよ、そんな場合には精神魔法の鎮静で十分でしょう。聖天を使うのはいささか贅沢と言うか、いや、相手に対して邪念に囚われているということになるので失礼になるんじゃないですか・・・。まあ、ゲルべ兄弟に掛けてやるのは適切かもしれませんが。」

よほど、先程の論争にこだわっているようだ、フィオレンツィ師に聖天を掛けてあげたくなってきた。


その晩、就寝して気持ちよく夢を見ていたら、いきなり、夢の中にてっぺん禿げ爺神が現れる。


”どうじゃ、機嫌良くやっとるかな。

聖魔法・肉体魔法の修練も進んでいるようで、結構な事じゃ。

で、一つ知らせる事がある。

今日テルミス神社に来たじゃろう。その時、与えた力のうち一つが覚醒したのを覚えておるかの。

そう、下腹が熱くなったじゃろ、あれじゃよ。

別に漏らしたわけじゃなかったろう。

”強欲”が覚醒したのじゃ。もちろん前から”強欲の子宮”で様々なスキルを吸収してきたろう。でも今回覚醒したのはそれではない。”略奪の手”というスキルが発動し始めたのじゃ。

離れた所にあるものを獲る、そう言う力じゃ。そして略奪の手で獲ったものは、そのまま解析され分析されて、内容や成分や内部構造やスキルとかが知識として蓄えられる。

まあ強欲の子宮が飛んで行って対象を喰うと考えたら、ええ。

意味が解らん?そのうちありがたみがわかる様になる。

目が醒めたら、練習しておけよ。最初は、近くにある小さな物しか喰えんがの。

葉っぱや石ころでも喰ってみたら、ええ。”


翌朝、目が醒めてもこの夢の記憶ははっきりとしている。

修道院の庭に出て、言われた通りに、葉っぱや石ころや色々と”喰って”みる。

他者からは見えない魔法の手が伸びてゆき、離れた所にある物を喰らう。喰らったものは、細かく解析され、その知識が吸収される。そして、喰らったもの自体は手元に来るのである。石も、葉っぱも。

噴水の水を喰ってみる。少し藻が入っていた、そして、細菌も繁殖していた、そして、砂や泥の成分も入っていた。手元は水でびしゃびしゃに濡れてしまった。

地面を這っている黄金虫を喰ってみる。雌だった。2週間ほど前に蛹から孵化して、葉っぱを喰っていたようだ。おなかの中には卵がたくさん入っている。そして、手元にはコガネムシが死骸となって転がっていた。

生きた物を”略奪の手”で喰うと、死んでしまうらしい。

次は、木の枝を喰ってみた・・・、いや、喰おうとしてみた。大きすぎて喰えなかった。また、硬すぎて喰い千切る事も出来なかったようだ。

大きな葉っぱを喰ってみた。葉っぱの一部だけが喰えた。5㎝程の千切れた葉っぱが手元に取れる・・・。

あんまり試すと、他の修道士から見咎められるかもしれない。これ以上は人目の無いところで試して見ようと思う・・・。








 

 

 

 

 

 

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